「はい、サーシェさん」

「ありがとう、ハレ」


簡単に包帯を取り替えただけだけど、それでもさっきよりはましになった左腕を見ながら、手のひらをぐっぱと握ったり開いたりを繰り返す。左腕も、いくらかキャンサー化が進行していた。レベル2くらいだろうか。
皆の名前を聞いて、オートインセクトロボットのふゅーねるから音声を通して話し掛けてくるツグミを振り返った。


『あたし、あんたのこと信用してないからね』

「うん。それでもいいよ。ありがとう、ツグミ」

『……っ今回だけなんだから!それとっ、あんた、通信機とか持ってる!?』

「あるよ」

『貸しなさいよっ。信号解析して、情報聞きながらこっちで指示出してあげるから!』

「わかった」


ふゅーねるに通信機を持たせると、頭の蓋部分が開いて、そこのホルダーにセットされた。


「皆、ちゃんと乗った?」

「大丈夫!」

「おうっ」

「いつでもいいわ」

「俺も大丈夫だ。集?」

「大丈夫!」

「よし…、ちょっと手荒な運転になるから、しっかり掴まっててね。行くよ」


エンジンをかけ、思い切りアクセルを踏み込む。ここからは、時間が勝負だ。
細かいことは考えていなかった。とにかく、会いたい。会って、言葉を交わしたい。ただ、その一心だった。

軍用通路を爆走していくバギー。走って走って、少しずつ羽田に近付いていく。時々カーブで車内の全員がぐらりと揺れる。

「サーシェさんっちょっと…!」

「すぐ着くからもう少し我慢して!」

エンジンを更に吹かし、もっとスピードを上げる。ちなみに嘘界さんの運転の手荒さはこれくらいが通常だ。


「歌だ…」

「えっ?」

「いのりだ、いのりが歌ってる!!」


シュウがそう言うと、たしかにさっきまで気味悪く鳴り響いていた歌もどきの音声に対抗するようにして、いのりの透き通った声音で旋律が紡がれているのが聞こえた。同時に、頬に張り付いていた結晶が剥がれ落ちた。
私が歌うと、ダリルくんによくへたくそだと笑われたのを思い出す。彼は音感がいいみたいで、一度綺麗な声で正しいメロディを歌ってくれたこともあった。
耳に心地好い旋律が、次々とまた思い出を沸き上がらせる。涙の膜で視界がぼやけそうなのを、頭を振ってごまかした。

懐かしさを思い起こさせる、子守唄みたいな歌だ。
心臓の裏がいたい。


長い長い橋を渡る。ここは、空港を出るときにも通った。


「この先にバリケードあるよ!」


「供奉院さん!」

「お使いなさい!」


屋根の上にいるシュウが叫ぶと、サンルーフから顔を出したアリサが声高々に言った。屋根の上で白光が弾けて、崩れ落ちてきたアリサをハレが受け止める。

バリケードからの銃撃。シュウがアリサから取り出した盾が、それをものともしない様子で弾いていく。花のように開いた盾から跳ね返された攻撃が、光の粒子になって美しく散った。


『後ろからミサイル来る!』

「シュウ!」

「任せて!」


一際大きな音を立てて弾かれたミサイル。しかし、それは前方に落ちて、爆発し橋を崩していく。
すかさずシュウが叫んだ。


「サーシェ!止めないで、走り切って!!」

「…っ了解(ラジャー)!」

「祭っ!!」

「うん!」


アリサをそっと置くと、また身を乗り出す。白光が弾けたと同時に、バギーが崩落した橋の瓦礫と共に沈みかける。
こんなところで止まるもんか。私は、彼のそばに行きたいんだ!

大きくうねるようにして伸びた白い包帯が、橋を包み込んでいく。ふわりと足場が戻って、バギーがまた加速する。ソウタが、すごいと呟いた。
バックミラーで後ろを見る。座席には、アリサとハレがくたりと意識を失ったまま凭れかかり合いながら座っている。


『サーシェ!』


ハンドルを握る手が一瞬震えた。
ローワンの声だ。ふゅーねるの中の通信機の音声が、拡大されて車内に聞こえるほどになる。


『何をしてるんだ!!戻ってくるな!!』

「いやだ!!」

『命令違反だ、キャンサー化して死にたいのか!?』

「キャンサー化したって死なない!死なないでみせる!」

『いいから戻れ!!頼むから…っ』


ローワンに怒鳴られたのは初めてだった。心臓が、怖くて震えるけど、私も怒鳴り返した。


「私は、ダリルくんのそばにいるって決めたんだから!!」

『!』

「ダリルくんは、私の特別≠セから…っ!これからだって、ずっと、一緒にいたいんだ!!」


「なんかうじゃうじゃ来たァ!!」


私が叫ぶと、ソウタが後方を振り返って大きな声を出す。エンドレイヴゴーチェが3機、上空にもヘリが追ってきている。
ミサイルを上でシュウが弾いて、弾丸を私が運転で左右にバギーを揺らしながら避けた。ブレーキの耳鳴りな音がうるさい。


空港敷地内のトンネルに入ると、封鎖用防御壁が降りてきて行く手を阻まれる。
私は、シュウを信じてアクセルから足を離さない。

「颯太、君の出番だ!!」

「え、俺っ!?」

ぱしゅん、とシャッター音がして、防御壁が瞬く間に消失した。
私たちが通ったあとに降りてきた防御壁に激突し、後ろでエンドレイヴが爆発するのが聞こえた。


谷尋がソウタを受け止め、後方を確認してもう追っ手がないことを教える。


トンネルを抜けると、フェンスが続く道に出た。隣は滑走路だろうか。


『あんた、なかなかやるじゃない』

「どーも」


ツグミ扮するふゅーねるにウインクをして、大きくハンドルを切った。シュウがソウタのカメラでフェンスを撮ると、道が開ける。全速力で通過した。


「……いた!サーシェ、レーダー塔の方だ!!」

『そこを右に曲がると最短距離だよ!!』

「オッケー、皆、ちゃんと掴まってて!!」


ハンドルを振り切り、がつんと手に衝撃が走る。左腕の傷を覆うように結晶が張り付いているせいか、もう痛いと感じなくなっていた。
道から外れて、道なき道を走るバギー。整備されていないそこをがたがたと車体を揺らしながら走る。


『!もう1機、ゴーチェ来たよ!!』

「!……まかせ、て!」


サイドミラーから見えた機体の番号は、823。アクセルを限界まで踏み込んだまま、ハンドルを逆方向に振り切った。すんでのところで体当たりをかわす。

ダリルくんなら、次はどうする?
模擬戦のときは…弾丸を叩き込んでた!

「シュウ、来るよ!」

ぎりぎりで向けられた盾に、ゴーチェのライフルの弾は弾かれて光に散る。
スピーカーから舌打ちする音がして、私は、いつの間にか笑っていた。

やっと、近くまでこれた!


『っこの…くそがぁぁぁあああああああ!!』

「っ!!」


弾道を読んで、外れるようにハンドルを回すも、スピンしてしまった。レーダー塔の壁にバギーを打ち付けて、がくんとエンジンストップを起こした。
その際に力が戻ったのか、衝撃でハレとアリサ、ソウタが目を覚ます。

屋根から転がり落ちたシュウが見えて、バギーを飛び降り駆け寄った。

「大丈夫?」

「うん…サーシェ、」

「…いいよ。わかった」

胸元に翳される手のひら。
もう、怖いとは思わなかった。私は、私のホンモノを知っているし、それを綺麗だと言ってくれた人がいたから。

白光が爆発して、私は、ホワイトアウトしていく視界に、ゴーチェを認めて…微笑った。




(そばにいたい、それは私の願いです)


目をさましたら、謝るより何を言うよりも先に、君にふれたいです。
君を抱きしめて、だいすきだからそばにいたい、と伝えたいです。

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