「連射をするときは、ここをしっかりホールドして撃つの」

「こう?」

「そう、で……あ、」

「なに?」

「そのバングル、」

「あぁ、」


ローワンのやつが、誕生日プレゼントにって。安物だけど、もらってやったんだよ。
ぼやくように教えてくれたダリルくん。目は、的ではなく、じっと手首のバングルを見つめている。


「気に入ってるんだ?」

「なっ…ち、違う!別に、つけとかなかったらただのゴミになっちゃうだろ!こんなの!」

「うん、そっかそっか」

「流すなよ!」

「はい、じゃあ続き。そこをしっかり持ったら、肘を───」


頬を赤くしながら声を張り上げる。これは多分、怒りじゃなくて、照れから。ここ1ヶ月で、だいぶ彼の気持ちの動きも読み取れるようになってきた。
私が続きを促すと、しぶしぶといった体でしかめっ面をしながらも説明通りに構える。パン、パンと乾いた発砲音が射撃場内に響き渡った。耳栓をしている私たちにはくぐもって聞こえた。

弾倉が空になって、ダリルくんは弾倉を取り替えながら耳栓を外した。撃ち抜かれた衝撃で未だ震える人型の的には、眉間と心臓の位置にしっかりと穴が開いている。


「ダリルくん、覚えるの早いよね」

「は?僕を誰だと思ってんの?」

「うん、そうだった。ごめん」

「別に、謝んなくてもいいけどさ」


彼の、こういう尖った言葉は、最早口癖なんだと思う。所謂、減らず口。
そこまで怒ってなくても、強い言い方しか出来ない。多分、そういうところは不器用なんだと思う。


「サーシェはやんないの」

「ん、やる」

「え、2丁で?」

「うん。いつもこうだよ」


耳が痛かったのか、さすってからもう一度耳栓を嵌め直すダリルくん。少し下がって、斜め後ろから見物するようだ。
狙撃兵のための訓練プログラムのスイッチを押して、コンピューターを起動させる。女の人の電子音声が、スタートコールをすると、天井に吊るされた人型の的が次々とあらゆるレールを通って、様々な順序と方向から迫ってくる。私は、自分専用の自動装填式拳銃と今ダリルくんが使っていた訓練用のものを両手で構えると、的に向かって眉間と心臓部をひとつ残らず撃ち抜いた。
そうして全部撃ち抜き、プログラムが終了すると、熱を持っている銃を両方とも一旦置いて、耳栓を外した。弾倉を交換し、空薬莢を片付ける。


ダリルくんは、びっくりしたような、呆気に取られた顔をしていた。どうしたの、と聞くと、別に、と口を濁す。


「こんだけ撃てるのに、准尉止まり?」

「あぁ、私が昇格を拒否してるだけ」

「拒否?なんで」

「将校になっちゃったら、隊を任されちゃうでしょ。私、指揮するのは苦手だから。一人で動き回ってもある程度許される、今の立ち位置で十分だもん」

「変なの」

「よく知ってる」


捲っていた袖をもとに戻して、白い軍服を上から羽織ると、ダリルくんはさっさと射撃場を出ていった。銃をホルスターにしまい、訓練用のものも片付けると、私も後を追うように出た。


「ダリルくんは、このあとテスト?」

「そ。まったく、なんでキャンサー狩り程度で僕が出撃しなくちゃなんないんだか。ほんと、あいつの考えることってよくわかんない」

「ダンさん?」

「言うこと無茶苦茶だし、ガッツガッツうるさいし。あいつ、この間なんて言ったと思う?エンドレイヴにミサイルくくりつけて飛ばしてみようって言ったんだよ」

「わぁ…豪快、だね」

「あり得ないでしょ。ローワンが必死に止めてたけど、ガッツでなんとかなるとか言っちゃってさ。大体、エンドレイヴはおもちゃじゃないっつの。その度に付き合わされそうになる僕の身になってほしいよ、ほんと」

「大変だね…ダリルくんも、ローワンも…」

「僕、あいつ嫌いだ」

「こんなとこで悪口言っちゃ駄目だよ」


悪びれることなく、ふんと聞き流すダリルくんの隣を歩きながら、いかにもアメリカ人といった風貌、そして中身を併せ持つ上司のことを思い浮かべた。
彼は、一言で良く言えば寛大で豪快、悪く言えば規律に緩くて大雑把なひとだ。


「まぁ、悪い人じゃないと思うんだけどね」

「はぁ?あいつの肩持つわけ?」

「肩を持つっていうか…別に、嫌いじゃないけど」

「嘘だろ?」

「女の子だから、って変にフォローされるのは苦手だけどね」


明るく振る舞えるところは尊敬してるよ、と言えば、気持ち悪いものを見るような顔をされた。
お前も大概だな、普段から寝過ぎて頭緩んでるんじゃないの、と言われた。苦笑いするしかない。

そういえば、私は、こうして彼と過ごす時間が増えたことで、うっすらと出せる表情が増えてきた。
まだ、泣いたことはないけど。



***



「ガッツでミッションクリアだ!」

「了解です、ガッツですね」

「真に受けないでくださいサーシェ。処世術です」

「すみません、冗談です」


普段あまりしない敬礼をきちとこなすと、通信を切ったあと気だるげな眼差しで私を振り返った嘘界さんにツッコまれた。
ダンさんが上司になったことで、文句を言う人やあの明るい調子についていけないとあっけらかんとする空気は増えたけれど、私はこういうちょっとした和めるムードは嫌いじゃなかった。任務直前なら、なおのこと。


嘘界さんの護衛としてついて行くことになった私は、いつものタンクトップにスラックス、軍服を羽織った姿で彼のそばに立つ。


「では、ちょっと出てきます」

「お気をつけて」

「いってくるね」


監視カメラをハックして入手した映像を流し続けるモニターから一度視線を外すと、振り返ったローワンが言った。嘘界さんに続くようにして言うと、手を振って見送ってくれる。


「にしても、冗談なんて言うようになったんですねぇ」

「え?」

「変わった、と思ったんですよ。日々己との葛藤で精一杯だった貴方が、ここ数ヶ月でユーモアを覚えるほど余裕を持てるようになったのかと、ね」

「……あー…、」

「それもこれも、ダリル少尉のお陰ですか?」

「……………多分、」

「それはよかった。友人は大切になさい」


何処か上機嫌そうな嘘界さん。ここ暫く見ていないと思ったら、何やらプログラムをくすねて秘密裏にバイオプシープローブを開発させていたとのことだった。その遺伝子キャプチャー≠搭載したエンドレイヴを操縦するのは、言わずもがなダリルくんである。

標的、ナンバー816が潜伏しているショッピングモールの勝手口から死角になる建物の上に登りながら、嘘界さんはくすくすと笑った。別に、物陰でもいいのに。こういう変なところで、この人はアクティブだ。


「……あの、」

「はい?」

「嘘界さんは、どう思いますか?」

「どうって?」

「最近の、ダリルくんです」


私がホルスターから大口径リボルバー式拳銃を抜き出し、安全装置を外しながら問うと、嘘界さんはふむ、と一呼吸置いて、顎に手を置きながら言った。


「以前よりかは、落ち着いてるんじゃないですか?最近は、器物破損もめっきりなくなったと聞いてますよ」

「そうじゃ…なくて、」

「と、言うと?」

「………なんか、変なんです」


変、と反芻するように呟く嘘界さんを、一度ちらりと見上げてから、俯いて続けた。


「わざと、自分を追い詰めてる、みたいで」

「ほう」

「……二人でいると、ふとしたときに、苦しそうな顔をするんです。それに…無理して、一緒にいるような、感じがします」


ぽん、と。頭に置かれた、手袋を嵌めた大きな手のひらに、顔をあげると、緩く微笑んだ嘘界さんがいた。
小さな子供を慰めるように、骨ばった細長い指で髪をかき混ぜられ、ぽんぽんとまた手を置かれた。


「よしよし」

「え?」

「相変わらず、人のことを良く見てるんですねぇ。さすがは私の選んだ子だ」

「あの……」

「気にしすぎることはありません。優しいことは素敵ですが、そうやって気にして貴方がつらい思いをしてどうするんです」

「…………」

「今のところ、貴方が彼の居場所になっていることに違いはないでしょう?まぁ、逆も然りですけど」

「逆、」

「ただそばについてやればいいんです。彼が、そう望んでいるうちは」


含んだ言い方をする嘘界さんを見上げる。
どういうこと、と聞きかけたところで、彼はお気に入りの携帯を開き手早くボタンをプッシュして、電話をかけた。正しくは、エンドレイヴの通信回線にコールした。

ダリルくんと、用意の確認をする彼の横で、私は眉間に皺を作りながら、銃を構えた。
もやもやしていた気持ちが、更にこんがらがってややこしくなっただけだった。

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