連鎖する、銃撃音。

木霊する、阿鼻叫喚。


ぞくぞくする。武装スーツの下の皮膚が、足元からぞわぞわと鳥肌を立てているのが分かる。
人殺しが好きなわけじゃない。仕事の一貫。ゲームの的と同じ。リセットボタンはないけれど。
でも、慣れてしまえばこの叫び声も銃声も、始まり≠フ合図として身体に染み込んでしまう。

さぁ、狩りの始まりだ。






寝起きの目には、爆炎が眩しく感じられた。
月明かりよりも、より鮮明に、克明に照らし出し、全てを焼き付くしていく。

炎とも血ともわからない赤いものが目前を横切った。
何人かなんて数えていない。目の前で、私の弾で命を抜かれた人間が倒れる。
中心部の残りはゴーチェに任せて、少し離れたまだ爆発や銃撃の聞こえない方へ向かった。


鳥のように軽やかに跳躍し、数回身体を捻る。ちょうどいい高さの廃ビルに降り立つと、全部が見渡せた。

まるで、ここが世界の全部みたいだった。


と、そこに2機のゴーチェがモーター音を唸らせながらやってくる。
…私だけで良かったのに。


私はエンドレイヴに乗ったことがないから分からないけれど、よりシンクロ率を上げなければスムーズに操縦出来ないらしい。
それこそ鎧を纏うように、滑らかに鋼の無機質な感触の内側に袖を通して、ぴったりと着心地を確かめるように操縦する。エンドレイヴは、一昔前の戦車と役目は同じなのに、その存在感はやや異質だ。
その異質さに馴染めないのか、それともやはり元が機械だからなのか。生身の人間が行き交う中にぎこちない動きの人間がいるような、そんな違和感がエンドレイヴにはある。

私は、命のやり取りをするこの場所に、そういう不完全な人間とも兵器ともつかないものが彷徨くのが苦手だった。だって、本物じゃない。
エンドレイヴが開発されたのは、やはり換えがきくこと、そしてオペレーターの命をある程度守りながら戦えることが理由だ。
チートにも似たその感じが、私にはとても納得いかなかった。気分が悪くなる。胃がもたれたような感覚に、ずっと慣れないでいた。

だから、私が伸び伸び戦う世界にはそのぎこちなさというか、気持ち悪さを入れたくなかった。
皆殺しなんだから、集団行動する必要なんてないのに。相手はフォートの一般人、少し抵抗力があるだけのテロリスト。
ましてや私が生身の歩兵だから、なんて心配で来られたんじゃたまったものじゃない。とにかく何故か、私はその2機のゴーチェに苛立ちを覚えていた。寝起きだから多少機嫌が悪いのかもしれない。

ふと、もうひとつモーター音が迫ってくるのが聞こえて、そちらを見やると1機のジュモウがビルの影から出てきた。
すぐジュモウに気付いた片方のゴーチェが、大きくビルの角を曲がって体当たりをかます。ジュモウは大きく仰け反ると、やや後退してミサイルポッドを跳ね上げ発射した。
スピーカーからオペレーターの声がする。日本語だ。それも、女の子の。


『何するのよ!』


私は目を見張った。

ジュモウは旧型。ゴーチェ以上に機械の動きが残る、ぎこちなさが目立つ。だけど、彼女の操縦は完璧だった。
彼女は、本当にジュモウを着ていた=B制限されたその機械的動作の中でも、人間らしい滑らかさを生みつつ、きちんとこの戦場に立っていた。動きでわかる。彼女は、ジュモウを操縦しているのではない。ジュモウを着て、そこに立っている。
あれが、きっと昨日のテロでうちのゴーチェを3機ともやったというオペレーターなのだろう。さっきまでの苛立ちも忘れて、私は心を踊らせながらその光景を眺めた。


「…ッ!」


ゴーチェは素早く後退して先程のミサイルを回避した。着弾する先を見失ったミサイルはそのまま私が立つビルの足元にぶつかり、派手に炎と煙を噴き出す。

ミッション中だった。夢中になることが普段あまりないものだから、我を忘れてジュモウに見入っていた。いけないいけない。
少し名残惜しくはあったものの、ジュモウはゴーチェを見失ったことで退いてしまったらしいので私も自分の戦闘に意識を集中させる。
瓦礫を伝うようにして崩れかけたビルから降り立つと、同じビルの足元に停まっていたトラックが爆発の衝撃で横転した。見覚えのある車体だ。アンチボディズの装甲車だろうか。


歩兵用ヘルメットは目の下、鼻の上まで覆っている。頭の前頭葉辺りからゴーグルの色付きレンズのようになっていて、外側からは青いただのレンズに見えるが内側からはモニター画面のように映る。埃や爆煙から目を守るのと同時に、熱反応のある箇所や赤外線なども表示されるようになっている。
そして今、横転したトラックから人間がよろよろと這い出てきた。熱反応を感知したモニターがそれに円型のポインターを当てトレースする。

不思議な格好をしていた。炎と同じようにゆらゆらと棚引くオレンジ基調の衣装のようなものを着ている。金魚のようだった。
桃色の変わった髪色の華奢な女が、縛られていたであろう紐を捨てながら瓦礫の上を登っていく。あれは──昨日、重要機密を持ち出したという少年兵?


「ローワン」

『なんだ?』

「捕獲してたっぽいテロリストがいる。殺っていいの?」

『…君に任せるよ』


彼はすぐに応答した。若干判断を投げられた感じではあるが、つまるところもう用済みなのだろう。いらないのにとっておく必要はない。私は銃を向けた。
すると、煙がある程度晴れて向こう側にゴーチェが見えた。少女に気付いて、向こうもガトリングを向ける。いら、と鎮まっていた苛立ちが頭を掠める。


「…邪魔だなあ」


私の獲物なのに。我が物顔で戦場に聳え立つ人骨型走行車輛を睨み付ける。
すると、すぐ脇の小道から学生服姿の少年が雄叫びを上げながらフェンスを乗り越えて走っていく。身を呈して守るつもりなの?武器も何もない、ただの人間なのに。

何処か褪めた目で見たそれは酷く滑稽で、二人まとめて殺ってしまおうともう片方の銃も向けて狙いを定めた。

私のか、それともゴーチェのか、銃撃音が轟く。



刹那、光が爆発した。


「っう!」


眩しすぎる白光に、思わず両手をかざす。
空まで突き抜ける真っ直ぐな白が、網膜を焼くようで目を開けていられなかった。

段々弱まっていくそれに、そうっと瞼を開けば、何処から取り出したのか大剣を手にしている先程の少年が白銀の螺旋を纏いながら佇んでいて、少女はその足元に力なく座り込んでいる。


悪い癖だとわかっていながら、動けなかった。暗闇の、炎の灯りに浮かび上がるような光、光、光。
ゴーチェがいち早く気が付き、後退してミサイルを撃ち込む。咄嗟にそちらへ剣を向ける少年。リィン、と聞いたことのない不思議な音がした。剣で斬られたわけでもなく、弾かれたらしいミサイルは彼と私の間の路面に着弾し爆発を起こす。
駄目だ、ここからじゃ何も見えない。爆風に身体を乗せるように跳躍して、隆起した道路の上に着地した。


『サーシェ、退くんだ!!』

「っ、なんで」

『いいから!!』

「まだ、」


焦りにも似たローワンの叫びのような命令がスピーカーから漏れる。
ゴーチェが螺旋に切り裂かれていく。腕をもがれ、動きを一切停止したそれを見て、様子をうかがっていたもう1機も少年に向かっていく。

ミサイルに驚いて後ずさる少年の足元に、光の円盤のような足場が生まれ、彼は空中を駆け上がっていく。迫るミサイルを切り捨てると、爆風に呑まれ弾き飛ばされた。

使い慣れていない?
見たこともない兵器だ。対エンドレイヴ用兵装にしたって、あんなの何処から…─。

視界の全てを情報に変えるようにして記憶し、整理していると、付近のビルに仕掛けられていた火薬が爆発し生まれた瓦礫がゴーチェに降り注ぐ。衝撃で地中に埋もるそれに、螺旋が突き立てられた。
あれは、何だろう。興味が湧いてきたけれど、それよりも先に放置してはならない気がして銃を構えた。


『攻撃中止!繰り返す、生存兵は直ちに攻撃を中止しろ!』


先程まで聞いていたローワンのものとは違う声がした。グエン少佐だ。仕方なく私は銃を降ろす。
今の私はグエン少佐の指揮下。彼の命令は絶対だ。ローワンの命令は時々無視するけど…それとこれじゃ話が別。


『メノーム准尉は指揮車へ帰還せよ、作戦を立て直す』

「……了解」


驚きとも戸惑いとも言えない何かが胸の内で燻るのを感じながら、私はくるりと背を向けた。
螺旋が、空に伸びていく様子が頭を離れなかった。



今日も世界はしい
(人々は、偽りの殻だけを見つめていた)


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