「これは?」
「ちょっと…ゴツい」
「じゃあこっちはぁ?」
「んー…色がきつい」
「なら、これとか!」
「あー…でも、こういうのはつけないかも…」
女の子たちに引っ張られながら、あちこちのお店を回りまくり、片っ端からこれは?これは?と候補を見せられる。
ちょっと疲れてきたけど、関係無い子達を巻き込んでまで選んでるんだ、私がへこたれちゃいけない。
「んーじゃあじゃあ、上品な感じでゴテゴテし過ぎてないといいの?」
「多分、そんな感じ…」
「じゃあアクセサリーはこの辺ないかもよー?」
「え、そうなの?」
「お兄さん、渋谷初心者ぁ?」
「今日初めて来た」
「そっかぁ。この辺はねーそういうのと真逆な派手なものが多いよぉ」
「んー…そっか…」
「やーんお兄さん落ち込まないでっ!あ、あっちちょっとそれっぽくない?見てみようよー」
見た目は派手だけど、根はいい子達だ。一生懸命、一緒になってプレゼントを探してくれる。
日本人より少し高い身長のせいか、こっちに来てからはよく男の子に間違われるようになった。見た目が珍しいのもあってか、声をかけられることもしばしばだ。
今日までは、そういうものが皆煩わしいと思うことも少なくなかったけど、今日は本当にこの子たちがいてくれてよかったと思う。
「んーやっぱりいいのないねぇ」
「ごめん…皆ありがと」
「いいのいいの!ウチらが勝手に連れ回してるようなもんだしっ」
「っていうかそのまんまだよね」
「言えてる!ウケる〜」
そうして、賑やかな女の子たちに囲まれながら夜の街を歩いていると、ショーウィンドウに積むように並べられたクマのぬいぐるみが目に入った。
フレンチレースがあしらわれた可愛らしい衣装を着せられているもの、わざと縫いあとを多くつけて海賊風にアイパッチをつけているもの。いろんなクマがいる。
「あ、ベアーズだ」
「べあーず?」
「テディベアで有名なブランドだよ。可愛いから人気なの!ここにもチェーン店出来たんだねー」
「お兄さんクマすきなの?」
「すきっていうか…可愛いなと思って」
「やーだ可愛いって言うお兄さんが可愛い〜」
「真顔で言っちゃうところがクールでカッコいいよねぇ!」
入ってみよう、ということになって、引きずられる形で入店する。
店内には小さいものから大きいものまで、それも色とりどりのクマが並べられていた。
黒、白、ベージュ、ブラウン…それに加え、着せ替えできるクマ用の服なども販売されていた。
その衣装の細かさに感嘆の声を洩らしていると、一際目を引かれたクマがいた。
「あっ!これ可愛い!」
「えー、でもちょっとシンプル過ぎない?」
「…え、ていうかうそ、お兄さんそれにするの?」
「うん。これにする」
「そっかー」
手に取り、抱き締めたクマ。愛らしい表情が、圧迫されて少し苦しそうに潰れる。
「お兄さんヤバい!マジ可愛い!」
「ちょ、写メらせて!」
「え、」
束の間、視界が白で埋め尽くされる。端末のカメラ機能のフラッシュのせいだ。
眩しくてくらくらする。私の目に至近距離からのフラッシュは強すぎた。
暫くして撮影が終了すると、目にも止まらぬスピードで端末を操作し画像を保存する女の子たち。ゴテゴテにデコレーションされた長い爪の下で指が滑っていく。
「ありがとーお兄さん☆」
「え、あ、うん…」
「じゃあほら、お会計しちゃお!」
女の子たちに背中を押されながら、レジスターの方へ。
店員さんは少し驚いていたけど、笑顔で会計してくれた。
店を出て、女の子たちと別れることになった。
「今日はありがとう」
「ううん!ウチらもすっごい楽しかったし!」
「友達、喜んでくれるといいねっ」
「……うん」
「また会ったら遊ぼうねー!」
手を振って、街の中心に向かって歩き人混みに紛れて消えていった女の子たちを見送ると、駅に向かって歩き始めた。
クマを抱き締めながら歩く。行き交う人たちが、ちらちらと私を見る。そんなに珍しいのかな。クマ。
「(あ…持って帰る途中で、ばれないようにしなきゃ)」
少尉、喜ぶかなあ。
びっくりするかもしれない。私がプレゼント選びに1ヶ月もかけてたって知ったら、呆れるかもしれない。
でも、納得のいくものを用意できた。よかった。
ありがとう、嬉しいよ、って。
少尉は素直に言わないかもしれないけど、そう感じてくれたらいいな。
クマを抱き締めながら、ひとり微笑んだ。
***
約束の時間から、一時間が過ぎた。
「(パパ、まだかな)」
一時間くらい、どうってことなかった。
今日は一年前からの約束なんだ。来てくれるに決まってる。
貸し切ったフロアには、僕と、たまにコップの水を替えにくるボーイだけ。あんなに背が高かったケーキの蝋燭は、もう半分くらいまで溶けていた。
プレゼントはなんだろう。
新しいシュタイナーだったらいいな。この間もらったシュタイナーは、生意気な葬儀社のやつに取られちゃったけど、今度こそあいつらを皆殺しにしてやるんだ。そうしたら、きっとパパは誉めてくれる。
待っている時間も、楽しくてしょうがなかった。あれこれと想像を巡らせて、もうすぐ訪れる未来を、初めてパパと祝える誕生日を、心待ちにして。
まだかな、まだかな。きっと、今度こそ、来てくれる。今頃、あわてて車に乗っていることだろう。だとしたら、もうすぐ着くかもしれない。
遠くで、ちりりん、と古めかしい電話の音がした。シックな店の雰囲気に合った、静かな音だった。
パパかな。今出たから、遅れるって伝えてくれとか、そういう電話かな。大丈夫だよパパ、僕はいつまでも待てるよ。
なんてったって、今日は僕の誕生日なんだ。
一年前からの、約束なんだ。
5杯目の水を替えにボーイがやってきて、それと入れ代わるように支配人がやってきた。
「…………お客様」
「何?」
上機嫌に答えた。ふ、と見た支配人の顔は、しかつめらしい、難しそうな表情を浮かべていた。
腰を屈めて、囁いた。
「大変申し上げ難いのですが、お連れ様はおこしになれないと、今しがたご連絡が」
息が止まった。
「お料理はいかがなさいましょう……」
「……いらないよ」
支配人が、気配を消すように、すっと下がっていく。
僕だけが残された広いフロア。目の前で、吹き消されるのをずっと待っていた蝋燭の火が、ゆらゆらと滲んで…ばらばらと崩れ落ちていく。
ずっと、待ってたのに。
心の何処かが、やっぱりと呟いた。
諦めているふしがあったのかもしれない。でも、今年こそはって期待の方が大きくて…やっぱり、だめだった。
今年も、誕生日はひとりぼっちだ。
急に食欲がなくなった。その代わりに、重くてどんよりとした水溜まりみたいなものが、内側に出来て、どんどん膨らんでいくのがわかった。
もう、帰って寝よう。
窓に近い席だったから、店内の暖色系のライトだけじゃなくて、窓の向こうに見えるメガストラクチャーの青白い光も差し込んでいた。それが、立ち上がった僕の影になってうっすらと見えなくなる。
ぼんやりと、窓からボーンクリスマスツリーを眺めた。パパは、今頃まだ仕事に追われてるのかな。
せめて、一目だけでも会えたら。
ふと、視線を落とす。メガストラクチャーの麓、海浜のベンチ。薄暗い街灯に照らされて、ぼんやり浮かび上がったそこに、見慣れないものが座っていた。
クマだ。
大きな大きな、人の座高ほどもあるクマが、ベンチに腰掛けていた。
よく見ると、クマから人間の手足が伸びている。誰かが抱えて座っているようだ。
「!」
クマに隠れて見えなくなっているその後ろ。うっすらと、目立つ夕焼け色を認めた。
僕は、ごしごしと白いタキシードの袖で目元を拭うと、店を飛び出した。
3/4[prev] [next]