「あ」
「あ?」
「ダリル少尉」
「え、少尉?」
ほら、そこ。とローワンが指差す方を振り返ると、男子ロッカールームから出てきた黒いカッターシャツに指定のスラックス姿の少尉がいた。
もう帰りかな。手には白い士官服のジャケットを持っていて、頭が濡れているのかタオルを被っていた。
今日も少尉にはばれずに済んだ。
「で、どうだったんだ?」
「あの店はだめ。値段が高いばっかりで、デザインはあんまりいいのがなかった」
「そうか」
「ローワンは何あげるか、決まった?」
「あぁ。バングルにしようかと思って」
「バングル?」
「腕輪だよ。あれなら、邪魔にもならないでつけれるかなと思って」
「そっか」
少尉のサポーターとして、よく一緒に行動することが多いローワン。
何か彼が欲しそうにしていたものはなかったか、彼に似合いそうなものはどれか。ここ一ヶ月、そんな相談ばかりをしている。
私は、少尉の誕生日プレゼント選びに、試行錯誤していた。
数日間の記憶を掘り起こせば掘り起こすほど、苦難の連続だった。
人にものをあげたことなんてないから、色々難しい。相手は男の子だから、好みも違うだろうし、そもそもほしいものなんてすぐ手に入ってしまうようなお金持ちだ。ますます何をあげたらいいかわからない。
それをローワンに言ったら、「こういうのは気持ちなんだよ。何かっていうのも勿論大事だけど、メインは物の価値じゃなくて、どれだけの気持ちが籠ってるかだからね」とアドバイスをもらった。
嘘界さんにも相談した。「プレゼントですか…そうですね、あなたにしかあげられないような、オリジナリティのあるものにしては?」とアドバイスをもらった。
気持ちが籠ってて、オリジナリティがあるもの。
「(ここでキャンディしか浮かばない私って…)」
自分のキャパシティの少なさに落ち込んだりもした。
「手作りの何かを作ったら?」
庶務課の顔見知りの女の子に聞いたら、そう返ってきた。
(一応誰にあげるのかは黙っておいた)
「手作り…?」
「例えば…女の子だし、料理とか」
「料理…」
「女の子の手料理をもらって喜ばない男なんていないわよ!」
早速、その日のうちにその子の自宅にお邪魔してキッチンを借り、簡単な料理を作った。
出来上がったものは、生ゴミとして処理した。食べられそうにないものしか作れなかった。あまりの料理センスの無さにため息をつかれた上、以後キッチンの貸し出しを禁止された。
銃はいじれても基本不器用なので、結局何を作るにしても失敗してばかりで完成には至らなかった。
「プレゼントに何をあげればいいかわからない?
ガール、そういうときはだな、自分の好きなものをありったけやるのさ!それが一番だよ!どうだい、参考になっただろう?」
HAHAHA!と明るく笑って答えてくれたのはダンさんだ。
(例に違わず誰にあげるのかは黙っておいた)
バンバン叩かれた背中が痛くて、夜シャワーを浴びる前に鏡で見たら彼の手形に赤くなっていた。
そうして考えた結果、
「(やっぱりキャンディしか浮かばない…)」
負のループである。
私、プロパティ無さすぎないか。
しかもキャンディって、私一度山程もらってるし。同じものを返したら、芸がない。
それに、少尉、いらないって。食べないからってくれたのに。あげてどうする。そのままゴミ箱行きは確実だろう。
そういうわけで、ここ一週間は、勤務時間後になると街に繰り出して、めぼしいものがないかと探して回っているのだ。
「どうするんだ?もう、明日だぞ」
「うん……」
何としてでも、今日こそは用意しなくちゃ。
私がこうも気合いを入れて、サプライズに力を入れているのは、やっぱり少尉に喜んでほしいから。
似合わない上に慣れなくて、うまくいくかすら不安だけど、それでも、彼には笑顔で誕生日を迎えてほしい。
長官と食事に行くんだと、あんなに機嫌よく言っていたから、それはもう約束されたようなものだったけど、違う。
私自身のちからで、彼をあたたかい気持ちにしてあげたいと思った。
夏真っ盛りと言えど、夕方が過ぎて日が陰ってくると少し涼しくなる。
加えてGHQ本部は海辺にあるものだから、吹き付ける潮風が肌寒いくらいだ。
ローワンと別れて、そのままボーンクリスマスツリーを出ようと向きを変える。いつもの黒のタンクトップに半袖のパーカーを羽織って出掛けた。ハーフパンツとスニーカーの間に晒しているふくらはぎが風に触れて涼しい。
今日は第7管区の方まで足を伸ばしてみようかな。
***
「ん〜………」
「どう?この辺のは最近特にV系の人に売れてるよ」
「………違う…」
手当たり次第男の子が入りそうなお店を回るけど、どれもなんか違う。
シルバーアクセサリーならまだ色々選べるかと思ったけど、駄目だ。少尉はこんなギラギラしたものつけそうにない。
「今日はやめとく」
「あっそう?また来てね〜!」
気さくな店員のお兄さんに手を振られながらお店を出る。
しかし参ったなあ。これじゃあ本当にどうしようもない。何あげたら喜んでくれるんだろう、少尉。
そっとため息をついて、頭を掻く。何かいいものないかな…。
一旦落ち着こう。そうしよう。ポケットから取り出したロリポップキャンディの封を切る。最後の一本だ。マンゴー味。
「(気持ちが籠ってて、オリジナリティがあって、私がすきなもの…なんだろう…)」
近くのベンチに座り込み、んーと呻きながら空を見上げた。日が長い夏とはいえ、夜はやってくる。よく澄み渡った濃紺のキャンバスに、散らしたようなほんの少しの星だけが瞬く。街の明かりが眩しいせいだ。
光の粉をまぶしたみたいにきらきら輝くブロンドが、懐かしく感じる。実質一ヶ月も口をきいていないのだ、そう思うのも仕方ないのかもしれない。
それもこれも、全部明日に迫った少尉の誕生日のため。挫けるわけにはいかない。
しかし行く宛がない。どうしようかな。
そんなときだった。
「あ、あのっ!」
「?」
「今暇ですかぁ?」
「良かったら、ウチらと遊びません?」
なんだっけ。ナンパ?ここ数日、店を回っていて何度か声をかけられたこともあった。全部女の子だけど。
「えっと…」
「あっ、お金なら全部ウチらが出しますし〜!ねね、一緒に遊びましょ?」
「絶対楽しいよ〜!」
派手に盛った草みたいな睫毛をぱたぱたさせながら瞬いて、血みたいな真っ赤なグロスが艶めく唇から甘ったるい猫なで声を出して誘う女の子たち。
最初はびっくりした。軍にいてあんまり女の子慣れしてないのもあるかもしれないけど、日本の女の子はこうも化粧ひとつで変身するのかと思ったものだ。
そこで、あ、とひらめく。
「ねぇ、私、プレゼントを探してるんだ」
「プレゼントぉ?」
「え〜だれだれ!?彼女さん!?」
「え、あ、えっと…違う。友達…?同僚?男の子の」
「わぁ、お兄さん見た目若そうなのにもう働いてるんだねっ!カッコいい〜!」
「…うん。でも、いまいちいいものが見つからなくて…そのプレゼント、一緒に選んでくれる?」
「「「キャーッ!選ぶ選ぶぅ!」」」
やっぱり。男の子に間違われてるみたい。だけど、まぁいっか。
女の子たちは突然慣れたように隣に座ってくると、「どんなひとぉ?」と顔を覗き込んできた。
「えっと……面白い人」
「それじゃわかんないよぉ!キャハハ!」
「んー…わがままで…子供っぽくて…お金持ちで…潔癖症っぽくて…」
「え〜なにそれ?どこぞのお坊ちゃんてかんじぃ?」
「だけど、優しい。表情もころころ変わるし、よく怒るけど…時々、優しくしてくれる」
「………なーんか。ね?」
「ね?」
「お兄さん、その人のこと大好きなんだね。そういう顔してる」
「大好き……うん、そう。だから、喜ばせてあげたいんだ」
私がそう言うと、女の子たちは揃って立ち上がり、私の腕をとって引っ張った。背中を押してくる子もいる。
「よーし!任せて!ウチらで最高にイイプレゼント選らんだげる!」
そう言って眩しく微笑う女の子たちが頼もしくて、つい、頬が緩む。うん、と頷いて、私も歩き出した。
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