翌日。


休憩室の扉が開かれる音がして、そちらを見やった。
そこにはすっかり見慣れたブロンド。グレーの特製エンドレイヴスーツを着こなした少尉が立っていた。
すみれ色をぱちくりとさせて私を見たかと思えば、つかつかとソファーへ行って腰を下ろすと、ローテーブルに足を乗せた。行儀が悪い。
手に持っていたボトルのキャップを捻ってドリンクを一口飲むと、見上げるように首を仰け反らせて逆さまに私を見た。


「珍しいじゃん、お前がここで寝てないの」

「これから射撃訓練だから。銃のメンテナンス中」

「ふぅん」


体の向きを変えて、ソファーの背にしがみつくような格好で改めて私を振り返る少尉。
ちらりと横目に見るだけにして、視線を銃に戻すとまた手を動かし始める。
一度分解して、磨いて、油を差して、また組み立てる。それの繰り返し。
射撃訓練はあらゆる銃器での射撃に慣れるため多くの銃を用いる。私は普段大口径の自動装填型拳銃かリヴォルバー拳銃を使うけど、訓練のためとなると小銃やライフル、機関銃とかマシンガン…は的が変わるから一緒に訓練しないけど、そういった普段好んで使わないような拳銃の手入れもしなきゃいけない。一通り使えないと、戦場では意味がない。
簡易ベッドの上を銃器でいっぱいにしながらメンテナンスをする私を、いつまでも視線が離さない。いつもは見られてるの嫌がるくせに。


「珍しい?」

「え?…あぁ、お前が日常で軍人ぽいことしてるの、初めて見たような気がしたからさ」

「…む。失礼だな、これでも最低限職務は全うしてるよ」


目を細めて、少尉を見た。きし、と唇を歪ませて笑うと、あっかんべーをされた。ちょっといらっとした。
ぴょんぴょん跳ねた癖っ毛が、今日はいつになく上機嫌そうだ。私は、また銃に目を向けて手を動かしながら、少尉に問うた。


「なんか、いいことあったの?」

「なんだよ、お前まで」

「え?」

「それ、昨日ローワンにも言われた」

「ローワン…?」

「いいことは、これからあんの!」


ボトルをテーブルに置くと、嬉しそうにソファーの背にかじりつくような勢いで乗り上げ、肘をついた。両手で顎から頬にかけてを支える。頬杖を両手でやったような格好。ちょっとお茶目だ。
るんるん気分とは、今の少尉のようなことを言うのだろうか。


「もうすぐ僕の誕生日なんだよ!」

「……ぇ、」

「今年はパパも一緒に祝ってくれるんだ!レストランも予約したんだよ、うらやましいだろっ」


きょと、としてしまった。
誕生日。それが少尉の機嫌がいい理由。


「たん、じょうび?」

「そうだよ。……何?」

「………祝う、の?」

「………は、」

「………生まれた日を、祝うの?」

「なんだよ。言いたいことあるならはっきり言えよ」


手を止めて、銃に視線を落とす。
そうか。誕生日って、祝うものだったんだ。


「世界で一番、不幸な日」

「っ!」

「誕生日は、私が生まれてしまった%────」


ぱしん、と乾いた音が休憩室に木霊する。
遅れて頬に痛みを感じて、はた、と見上げると、目を血走らせて怒りに満ちた表情をしている少尉が、立っていた。
どん、と肩を押されて、ベッドに倒れこむ。がしゃがしゃと銃器が擦れる音がした。

少尉はそのまま、いつもと違って怒鳴りもせず、足早に休憩室を出ていってしまった。

暫く呆然として、ベッドに倒れたまま天井を見上げていた。
すると入れ換わるようにして、今度はローワンが入ってきた。私を見て、うわ、と一言。腕を引いて起こしてくれた。


「なんだ、また何か言ったのか?少尉ひどく怒ってるみたいだったけど」

「………誕生日を、祝うんだって」

「あぁ、言ってたな」

「………祝うの?めでたいことなの?」

「………え、」

「生まれてきて良かったって、そう思うの?」


ここに来てから、ローワンや嘘界さんに、誕生日にはものをもらったりした。けど、いまいちしっくり来なかった。
だって、私は私が生まれたことを快く思えていないから。愛されて生まれたなら、私は捨てられなかったでしょう。捨てられる前も、愛されていた記憶なんて欠片もないのに。どうやって、誕生日を嬉しい気持ちで迎えろって言うの。

誕生日は、生まれてしまったことを後悔する日だと、ずっと思っていた。
一年で一番大嫌いな日だった。


「サーシェ」


ローワンが、腰を屈めて、私と目線を合わせる。


「誕生日は、感謝を伝える日なんだ」


膝を折って座り込むと、私の手をとって、そっと包んでくれる。


「感謝…?」

「生まれてきてくれて、ありがとうって。今日この日まで生きてきてくれてありがとう、って」

「………」

「そうして、また来年も、再来年も、その先も、また一緒に祝えたらいいねって、そういう日なんだよ」


ありがとうを言う日。

今まで生きてきた時間に、感謝をする日。


ありがとうを、言いたい。


「ね、ローワン、」

「ん?」

「私が、お祝いしたら…だめ?」

「そんなことないよ。きっと少尉も喜ぶさ」


少尉には、たくさんのありがとうを言いたい。

少尉本人も、綺麗なホンモノを見せてくれた。いつも文句言いながらだけど、そばにいるのを許してくれる。
少尉と一緒にいると、私の中もくるくるしているような、いっぱい感情が動く感覚がして、心があるって思えた。

少尉は、私のホンモノを、綺麗だと言ってくれた。


「ローワン、少尉の誕生日って、いつ?」

「えっと…8月23日だったかな」

「わかった」


なんだか、急に楽しくなってきた。

少尉は、どうやったら喜んでくれるかな。
プレゼントは、お祝いの日には必ず贈るもの、だったよね。
何をあげようかな。キャンディは、少尉あんまり好きじゃないみたいだったけど…お菓子は好きかなあ?

お給料なら、使い道があまり浮かばなくてたくさん残ってる。
そうだ。私が好きなお店のお菓子を、ありったけ用意しよう。何かひとつくらい、少尉も気に入るものがあるかもしれない。


銃を片手にあれやこれやと考えを巡らせる私を見て、ローワンがくすくすと微笑った。
ローワンは何かプレゼントするの、と訊けば、うんと頷いた。


「消え物もいいけど、どうせなら形の残る何かをあげたらどうだ?」

「形の…残る、」

「そう。例えば…タイピン、とか」

「ありがと、考えてみる」


手早くメンテナンスを済ませると、銃器を抱えて休憩室を飛び出した。早いとこ訓練済ませて、勤務時間が終わったら街までお店を見に行ってみよう。


私は、今まで、人を悲しい心にしか、させてこなかった。
家族を、友人を、恋人を、その命を摘み取って、悲しみと怒りに包まれた人間を、また鉛玉で撃ち抜いて。
化け物呼ばわりされて、死神と恐れられて、遠巻きに嫌われて、それでも、今までは別に良かった。


今度は、笑顔に。
嬉しいとか、楽しいとか、そういうあたたかい気持ちに、私がさせられるかもしれない。

少尉は、私を何度もそういう気持ちにさせてくれたから。
今度は、私が。



孤独はしい
(ぬくもりの大切さを教えてくれるから)




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