最後の一台が、ゴーチェに横倒しにされた。砂埃が舞い上がり、ずしんと大きく地面が揺れる。
ゴーチェは、そのままドラグーンを掴みながら膝をついた。つらそうな声が外部スピーカーから洩れる。


『っはぁ───ッ……!』

「少尉、お疲れ様ー」

『お前……っ、はぁ、もういいや……、』

「いいぞボーイ!やればできるじゃないか!」


文句を言うのも疲れる、とでも言いたげに息を吐いた少尉。この港に数多く設置されたドラグーン、その数実に30以上。全て少尉が操縦するゴーチェを用いて横倒しにされた。
最初は『なんで僕がそんな面倒なこと、』とぶつくさ文句を垂れていたけれど、GHQから派遣された上司の命令は即ち長官、彼の父の命令でもある。結局おとなしく言うことを聞いて作業をした少尉だったけど、途中からはスピーカーから洩れる声だけでなく、ゴーチェそのものもつらそうにふらついていた。
なんでも、オペレーターの精神を接続しているエンドレイヴで大きな力を出すためには、より高くエンドレイヴとシンクロしなければならなくて、しかもその分オペレーターに返る精神的疲労がいつもの倍になるんだそうだ。緊迫感の欠片もないこの任務で、彼だけがつらい思いをしていた。


「じゃー始めようか!ガール!用意はいいかい!?」

「えっと………、あ、少尉、ちょっと肩借りるよ」

『はぁ?…もう好きにしろよ…』


ぴょこんと跳び上がって、体育座りをするゴーチェの肩に乗った。ドラグーンの側面部に背を預けて休憩するゴーチェなんて、そう簡単には見れまい。
そのまま座り込み、降ろした足をぶらぶらとさせながら、「大丈夫でーす」と手を大きく振って返事をした。


「ようし!それじゃあいってみよう!目標R-14、ドラグーン、撃てぇ!!」


高らかに命令するダンさん。大きな音を立てて、彼の真横に設置されたドラグーンから1発ミサイルが発射された。
本来空中に流れていくはずの煙がそこらじゅうに広がって、最早視界はゼロだ。見えるわけがない。パーカーの袖口で口と鼻を押さえるも、煙が目に染みてひどく不快だった。


「けほっ…」

「どうだい!!?当たったかな!?」


だから見えないって。息するのでいっぱいいっぱいだよ、ダンさん…。
寧ろ何故彼は真横で発射されたにも関わらず噎せてすらいないんだ。不思議すぎる。ガッツ?ガッツなの?

小さく通信機にローワン、と言えば、私の代わりにドラグーンの行く末を語ってくれる、モニタールームの彼。


『ドラグーン、消失しまし…た………』

「え、」

「なんだってぇ!?」

『そんな馬鹿な!!計器不良じゃないのか!?』

「ガッツが足りなかったんだ!」

『はぁ!?』

「ガッツって」


腕をぱしんと叩いて意気込むダンさん。少尉が意味わかんないよ≠ニ言いたげに声をあげる。
やる気の問題じゃないと思う。皆の心が一致するのが肌で空気を感じて分かった。でも話の通じないタイプのダンさんは一人で暴走を続けた。



「よーしそれなら…

次は全弾発射だぁああ!!!!」



ダンさんの大きな声。エコーが掛かって、反芻するように何度も頭の中に響く。



『………。しかし…』

「さーぁ本気出していこうぜ!」



私も、モニター越しのローワンも、おそらくはカメラアイ越しの少尉も。唖然と彼を見つめるしかなかった。
嘘界さんさっきから全く反応無いんだけど。あの人こういう面倒なとき居眠りこくからなぁ…寝てるんだろうなぁ…いいなぁ…


「さ、ガール!仕事だ、発射の指示を頼むよ!」

「はぁ…。じゃあ、機体番号D28、G7、K11、O2」

「発射ぁああ!!」


ダンさんが、艦艇があると思われる方向に向けて腕を降り下ろす。
リズムよく発射されるドラグーン。私が次々と機体番号を述べていき、発射の合図はダンさんがする。

ミサイルの発射音に紛れて、少尉がぼそっと話し掛けてくる。
暫くだんまりだったけど少しは疲れ取れたのかな。


『…………船、見えてんの?』

「見えない見えない。指示とか適当」

『だよな』

「にしても煙い…」

『そりゃ御愁傷様』

「うー…エンドレイヴずるい」

『うっさい。さっきまで見てただけのくせに』

「生身じゃドラグーン横倒しなんて無理だよ」

『あいつはやりそうだけど』

「あー…否定はできない」


そうしているうちに、少しずつ煙が晴れてきて…視界が完全にクリアになる頃には、発射音も止んでいた。
すっかり煤臭くなってしまったパーカーの袖口を見つめていると、ダンさんの困ったような声がした。


「おいおいおい、どうして撃たない!」

『………その……。…弾切れです』


通信機から洩れたのは、こちらも困ったような、ローワンの声。その向こうから嘘界さんの寝息が微かに聞こえる。
ダンさんは、あぁ…と、がっかりとびっくりが混ざったようなため息をつくと、大袈裟に肩を竦めておどけるように笑って見せた。


「なら、仕方がない。今回はこれまで!次はもっとガッツ入れていこう!そうすれば次は勝てるさ!」

『はぁ!!?』


もううんざりだとでも言うように大きな声を上げた少尉。ゴーチェの頭部がくるりと回転し、カメラアイがダンさんを見据えた。
ちらりとカメラアイを見る。ゴーチェの向こう側の少尉と目があったような気がした。いや、それはそうか、こんな至近距離で見たら目も合うか。
掛け声もかけていないのに、私と少尉は全く同じタイミングで、ため息をついた。



***



「うおわー」


24区に戻る道中のバギーの中で、死神が変な声を出した。
何事かと横目に見やれば、手のひらで目を覆いながらあーだのうーだのと声をあげていた。それに気付いて、運転していたローワンがなんだどうしたと声をかける。


「目に煙が染みてすごい痛い…しかも見ろ≠チて言われて前髪留めてたから…両目とも痛い…うおぅ…」

「……なんでもいいけど、その変な声やめてよ。耳障り」

「痛いー…少尉は痛くないのー」

「エンドレイヴの目は明るさとかには反応しても煙にまでは反応しないんだよ。だから痛くも痒くもないね」

「意地悪…」

「誰が」

「少尉」

「今すぐその目ン玉に指突き立ててやろうか」

「遠慮しますごめんなさい」


ふん、と鼻をならして、僕は足を組み替えた。腕も組んで、窓の外に目を移す。
するとくつくつ喉で笑う嫌な声がして、発声源を睨み付けると、楽しそうなガーネットの瞳がバックミラー越しに僕を見た。


「いやぁ、二人ともいつの間に仲良くなられたと思いましてねぇ」

「なかよく…?」

「はぁ?誰が?誰と?」

「少尉が、サーシェとですよ」

「言われなくても分かるよっ」


目を押さえながら小さな声で繰り返す死神を遮るように言った。
バックミラー越しに睨み付けると、細められたガーネット。僕は面白くなくて声を荒げる。


「別に仲良くなんかないっ!誰がこんなやつと、」

「おやぁ?サーシェはどうやらそうでもないようですね」

「っ!」


ばっ、と勢いよく隣の奴を振り返る。涙目を擦りながら、僕を見る奴の海色と、僕のすみれ色が絡まるようにして焦点を合わせた。
暫くぼうっとそうしていて、はっと我に返って視線を外した。なんだよこれ。居心地悪い。


「私、少尉と仲良し?」

「えぇ、とっても」

「違う!別に仲良くない!!」

「少尉…」

「だってそうだろ!?こいつが、勝手にいつも付きまとってくるだけだ!僕は迷惑してるんだよっ」

「少尉」

「フンッ」


諫めるようなローワンの声に更に反抗心を露にすると、今度は咎めるような強い声が返ってきて、僕はまた窓の外に目をやった。


「少尉、迷惑だったの?」

「っ、」


不意に、後ろから弱々しい声が聞こえて、全身が強張った。違う、これはいつもの淡々とした声だ。断じて僕の発言に落ち込んでいるわけではない。きっとそうだ。

しかし、窓に写った僕の後ろの死神の瞳は妙に潤んでいて、僕の頑なな意志を揺らがせる。違う違う、これは煙が目に染みて…っていつまで痛がってるんだよ!


「……っく、……ククッ…」

「おい嘘界!お前何笑ってんだよ!あーもう、放っといてよ!」

「迷惑…?」

「サーシェ、少尉のは照れ隠しだ」

「何言ってんだこのクソ眼鏡ぇぇええええ!!!」

「っちょ、ダリル少尉暴れるな!」

「誰のせいだとっ!!」

「……クククッ…」

「せぇえええがぁぁぁああああいぃぃぃぃいいいい」


全く、不愉快この上ないったら。



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