日陰のベンチに座ると、死神も一人分程度の距離を空けて隣に座った。
なんか変な感じ。なんで僕がこいつに気遣ってるんだろ。調子狂うなあ。


ベンチに足を乗せて、膝を抱え込む死神を横目に見た。
よくよく見ると、本当に細身だ。スラムで健康的な幼少期を過ごせていなかったのだから、当たり前なのかもしれないけど…それでいてあの身体能力。生きることに、必死だったんだろう。


右腕に巻かれた包帯をそっと撫でながら、死神は僕を見ずに言った。



「………見たの」

「…え?」

「………私の、中身」



暫く思考を巡らせて、合点がいった。ああ、昨日のあの弓のこと。

闇夜を切り裂く一筋の光、満点の星空、静かに降りてきたオーロラ。


「見たけど」

「………そう」

「……なに」


さらにきつく、ぎゅうと膝を抱え込むと、かたかたと肩を震わせる死神。何かに怯えるように、何も見ないようにするかのように、膝に額を擦り付けて身を小さくした。
こんな死神見たことない。いつものようにキャンディも舐めてない。
放っておくにおけなくて、とりあえず声をかけたけど、スルー。何がしたいんだよこいつ…まあいつものことか。

すると、ぽつり、溢した。


「汚かった、」

「………は、」

「でしょう。…汚いから、少尉は…嫌になる」

「………何の、」

「私の、ホンモノ……」


消え入りそうな声で。
そう呟く、死神。

僕は、何の話をしているのかわからなかった。
だって、あんな、あんなに綺麗なものが。汚い?お前のホンモノ?
よく、わからなかったけど。僕が見たものを、否定されたような気になって。
人気のない場所とはいえ、僕はベンチから立ち上がって叫んでいた。


「決めつけんなよ!!」


え、と死神が吐息を洩らす。


「すっっごい、不本意だけど!!お前の中から出てきた、よくわかんない…弓?みたいな、それが、ルーカサイト消して…っ、星みたく散って、」

「少尉…?」

「綺麗だったよ!すごくね!」


もう、何言ってんだろ、僕。
むしゃくしゃする。駄目だ、なんか知らないけど、最近こいつといると胸の内側をざらつく感触がして、掻き乱される。

立ち上がった僕を、恐る恐ると見上げてくる死神。
困惑、戸惑い。不安げに揺らぐ海が、僕を見つめる。


「………きれ、い?」

「……そうだよ。なんか文句ある?」

「私の…中の、ホンモノ……」

「………」


ゆっくりと。
瞳を、大きくして、唇を噛み締めて。

膝に額を擦り付けて、また身体を小さく丸めて。


「……ありがと、」

「……」

「………ありがとう…っ」


泣きそうな声が、零れた。



***



「ローワン」


ふと振り返ると、そこにはまだ病室で休んでいるものとばかり思っていた少女が、黒いタンクトップにオーバーオール姿で立っていた。晒け出された生肩が寒々しい。
まだ腕の包帯は取れていないようだったが、どうやらもう調子はいいようだ。


「退院したのか?」

「うん」

「そうか。あまり、無理するなよ」

「ありがと」


録画されていた、昨夜のルーカサイト消滅の映像を解析する作業に戻ろうとデスクに向き直る。
すると、サーシェは近くの椅子を引いてきて、隣に腰掛けた。
ちらりと横目で見ると、感情を思わせない無表情で「見せて」と一言呟いた。手には、少尉にもらったと教えてもらったロリポップキャンディ。


「え?」

「昨日の。その解析でしょ」

「あ、あぁ。見るのか?」

「だめ?」

「いや、だめじゃないけど」

「……少尉がね、」

「ダリル少尉?」

「綺麗だって、言ってくれたんだ」


嬉しそうに目を細めて、頬を緩ませる。
滲み出る感情。彼女が、ずうっと欲しがっていた、表情=B


「良いことあったって感じだな」

「……うん」


俺の肩に寄り掛かるように頭を傾ける少女にそう言えば、また顔を綻ばせて笑んで見せた。


「私のホンモノ。綺麗だって、」


良かったな、と頭を撫でてやる。もう、明け方のように払われることはなかった。
キーボードを操作して、解析中の映像を一度最初から再生する。


隕石かと特報でライブ放送されていたニュースの映像だ。似たような映像は動画サイトにも数多く投稿されている。
実際それは制御不能になったルーカサイトだったのだが、この国の民がそれを知るはずもない。アンチボディズ主導で秘密裏に進められてきた計画だ。それに、火の玉と化した衛星は、確かに隕石のようにも見えた。

すると、白い光の線が斜めに突き上げるように、真っ直ぐそれを射抜いて、宵闇の向こう…──画面には夜空に消えたように映っている──大気圏を通過し、ルーカサイト1を追撃しようとしていたルーカサイト2をも捕らえる。
爆発するかと思われたそれらは、しかし吸収されるかのように光を弱くしながら闇の中に消えていく。
そうして、次の瞬間、噴き出すように光の粉が舞い散る。真っ黒なキャンバスに砂を散らすように、光が瞬いてはゆっくりと降ってくる。
途中で、空に染み込むように消える光。すると、滲むようにしてオーロラが降りてくる。

ゆらゆらとたゆたうオーロラが、暫くすると残光を置いてふわり、空に消えていった。


解析しながら何度も見た、夢のような光景。
聞いたこともない悲痛な叫び声を上げて仰け反る彼女を受け止めたときは、驚きと心配で頭が真っ白になった。とりあえず首筋に手を当てたところ、温かい鼓動を感じてほぅと息をついたのを今でも鮮明に思い出せる。

サーシェの胸元から突如出現した、原石のような結晶。剥がれ落ちたそこから現れたのは、一瞬レイピアを思わせるような細身の弓。
あれは、なんだったんだろうか。二重螺旋を纏うその奇妙な武器。もしかしたら、セフィラゲノミクスにも解析、研究を申請しなければならないかもしれない。
ゲノム兵器なのだろうか。しかし解析を進める限り、同じように取り出された少尉の銃のようなものとも形状や効果は違うように思えたが…。


仮説を脳内で構築していると、ぽつり、サーシェが呟いた。


「これ、」

「え?」

「………私だ」

「え、サーシェ?何処かに写ってた?」

「…違う」

「……?」

「…………無いって、押し込めるの」

「は、」

「……有るのに、無いって。押し込めて、消すの」


私の心と、同じ。

そう続けられて、はっとする。
そうか、心の形が反映されているんだ。

再生が終わった画面をじっと見つめたまま、サーシェは真剣そうな眼差しで微動だにしない。


まるで、奥底の見ないようにしていた己の弱さを、改めて見つめ直すように。
確固たる意思の強さをその海色に秘めながら、頑として目を背けようとしないその姿勢に、嗚呼、変わったな、と思う。


いつも、何処か居場所を探しているようだった。
降り立つ大地を無くして、力なく漂う蝶や鳥のような。

保護されて、命の保証をある程度得たことで、生きる目的を見失ったかのように。
それまでは、生き続けることが彼女の目的で、強さで、だから、生きられるようになって、無為に殺戮を繰り返す自分に、時折首を傾げていた。

それが、前を見ようとしている。今まで見向きもしていなかった自分と、向き合おうとしている。
自分探しとは名ばかりの、ただの観察。他人を見ることで、己から目を背けて。人のことはよく見ているのに、自分のことは一切分からないような。本質を知るのを、何処か恐怖していたようにも思えた。

確かに彼女が常として言う通り、今までのサーシェは空っぽだったのかもしれない。
けれど、今はどうだろう。多くを見て、それをきちんと自分の中で理解しようとして、咀嚼し飲み下している。
前ほど、この子は空っぽではない。それも、年の近い、あの自我が強い子供のような将校の恩恵だろうか。
彼は彼で、サーシェとは逆に、周りが見えなくなっている。自分を保つので必死だ。耳を塞いで、目を閉じて、自分だけを感じるようにして、それで己を守っている。


両者極端だったのが、少しずつ影響し合っているのかもしれない。
そうして、二人が少しでも人間らしく大きくなれたらいいと思うのは、些か世話焼きすぎだろうか。

かたり、音を立てて立ち上がるサーシェ。椅子の足についたローラーが転がって、少し後退した。


「何処か行くのか?」

「うん」


何処に、とは聞かなくとも、なんとなく分かった。
彼女が今、最もそばに居るようになった少年のもとだろう。興味だけで近付くようになったみたいだけれど…いっそ友達になればいいのに。

そう思ったところで、気付く。嗚呼、前はずっと自分のそばに居たのに、と。
もう、自分はいなくてもいい存在なのかもしれない。いつの間にか、ああして自分無しであちらこちらへ行けるようになっていたんだ。
少しばかり寂しく思うと同時に、当たり前のように保護者面をしていた自分に嘲笑する。もう、そんな年ではないだろうと思っていたのは、何処の誰だったか。

ひとつ嘆息して、再びキーボードに手をつけた。



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