拳銃を捨て、腰脇のもう2丁を素早く抜き出し宙を駆けるオレンジに4発連続で撃ち込むも、あと少しのところで身体を捻りかわされる。
不安定な姿勢から連射してくる弾丸を転がり避けながら、通路の端までめいいっぱい走って距離を取りながら彼女が着地するのを視界の端に捉える。

休むことなくお互い撃ち合い、暫し間が空く。呼吸の乱れはどちらにもなかった。


「意外と強いんだね」

「あなたこそ」

「…ねぇ、今度歌、聞かせてほしいな」

「…敵なのに?」

「だから、ファンだってば」

「へんなひと」

「よく言われる」


なんだか、楽しくなってきた。
こんなに華奢な少女──いや、同い年か──が、あんなにひとの心を揺さぶるホンモノを内に秘めているんだと思うと、改めて気持ちが高ぶってくるのがわかった。
お互い、互角。殺し合いというより、少しゲーム感覚のように思えてきた。いのりは真っ直ぐな瞳で私を見据えると、再び拳銃を構えた。殺すのは勿体無いから、動けなくなる程度の怪我で済まそうか。

と、その時、何処からか機械音がくぐもって響いてきた。いのりも聞こえたのか、不思議そうに四方をちらちらと見ている。

途端に地響きのようなものがして、大きな揺れに踏ん張っていると、よく聞き覚えのある声が通路の向こうからエコーがかかって聞こえてきた。


『Hello!!』

「え、少尉?…っ!」


驚いた。だって彼は、地上で敵機とやりあってるはず。それが、どうしてよりにもよって、こんな地下に。
大体、コントロールルームの中心にあるコントロールコアは、物理的衝撃を受けたら自閉モードに切り替わって制御不能になっちゃうんじゃなかったのか。
そうして考えを巡らせている隙に、一発撃ち込まれた。ギリギリで身体をよじったけれどかすったようだ、右二の腕に焼けるような痛みが走って、床に血が滴り斑点を描く。


「余所見は禁物だったね」

「あなた、しぶとい」

「わ、それさっきも言われた」


嫌そうに眉を寄せたいのり。嗚呼、彼女はけして無感情ではないんだ。あんな繊細な、不思議な歌を紡ぐ彼女の心は、やっぱり確かにそこにあるんだ。
いいな、と思いが過った。それを打ち消す勢いで引き金を引く。

相変わらず弾は当たることがない。自分も化け物呼ばわりされることは多々あるが、それと同等の力量を持つとは、彼女もなかなかにすごい。

と、少尉の叫び声がして、程無くして狂ったような笑い声が響く。思わず撃つのをやめた瞬間、ブザー音が鳴り響き、異常を悟ったいのりが拳銃を降ろすと、轟音と衝撃波が地下全体を揺さぶった。
えええ。嫌な予感しかしない。案の定、飛び出してきた恙神涯たち。その表情には、焦りと困惑が見てとれた。

耳に馴染んで、嵌めていたのを忘れていた通信機から洩れた音声は、ローワンのものだ。


『緊急事態発生!ルーカサイト1、軌道下がってます!!コントロール出来ません…このままでは、質量の殆どを保持したまま───東京に墜落します!!』


「……嘘でしょ」


驚くほど、自分の口から洩れた声音は淡々としていた。
いつものように感情が込められていないのではない。感情が籠ったからこそだ。あまりの事態の不測さと、驚きすぎて呆れるしかない気持ちが複雑に絡んだ末に、ぽつりと洩らすしかなかった。


「シュウ、何したの」

「ぅえっ、サーシェさん…!…、えっと、あの」

「コントロールコアが破壊され、フロートゲージが爆発した。お前のとこの気違いオペレーターのせいでな」

「…………」


本当に、複雑な思いだった…。
あーあー、と城戸研二まで息を吐いた。まあ、でも彼は、少し楽しそうではあるけど。不測の事態をスリルとして楽しんでいる。

私はこのあと、上機嫌な様子で現れた嘘界さんの言葉に、思わずため息をついた。
ため息をつくしか出来なかった。やっぱり、私の親代わりは私同様へんなひとだ。


***


元がダムとはいえ、ルーカサイトの管制施設として改装されたここには大きな発電施設があった。恙神涯は、シュウから受け取った奇妙な形のペンを手に独り、そこに立っていた。
十分離れたダムの高台に避難した私たち。いのりに撃たれた傷口が思ったより深かったのかなかなか血が止まらず、そこを手で押さえて止血しながら私は横に立つ嘘界さんを見上げた。さすがに今は携帯をいじっていない。東京が消えるか否かの事態だ、クロスワードパズルをやっている場合ではないことも重々承知しているのだろう。…あ、違う。この人、すごいわくわくしてる。右目がぎらぎらと燃えるように煌いていた。
嘘界さん、と声をかけると、はい?と少し上ついた、機嫌のよさそうな声が返ってきて、ちらりと私のほうを向いた。てらてらと違和感ある光を反射させながら、左の義眼がくるりと一回転する。


「随分大事になっているんですけど…」

「ですねぇ」

「楽しそうですね」

「それは勿論ですよ!君はあの奇跡を、もう一度見たいと思わないのですか、サーシェ?」


奇跡。彼をここまで興奮させた非現実的な出来事。
私も、最初はあれに物凄く興味を引かれた。神をも連想させる、王の能力=B
だけど、その美しさを認めるたび、自分の内側の醜さを、汚らわしさを隠せなくなっていくのが分かって、いい気分にはなれなかった。
私は、あんなふうに輝けない。暗がりにそっと息づく化け物、死神だから。

ふいと目を逸らし、柵にしがみつくようにして恙神涯を見守るシュウの後ろ姿を見た。私が返答しなかったことを気にも留めない様子で嘘界さんは微笑う。
肩が、震えている。怖いのだろうか、仲間が目前で、自害とも取れるデコイになったことが。強大な力を手に入れてなお無力な自分を、叱咤しているようにも見える。
その隣に寄り添うようにして同じく恙神涯を見守るいのり。感情があるようでない不思議なその姿は、私とよく似ているようで全く違うものだった。
城戸研二はすこし離れたところで高見の見物といったところだろうか。その表情は嘘界さんを思わせる、やはり場にそぐわないものだ。

途端、シュウがばっと勢いよくこちらを振り向いて駆け寄ってきた。何事かと嘘界さんもぱちくりと瞬いた。


「嘘界さん!」

「はい?」

「ここにいるんですよね、シュタイナーの元操縦者!」

「ダリル・ヤン少尉ですか?いますよ?」

「ここにつれてきてください!」


私はふと直感した。彼の、輝く星のような万華鏡。あれを使うつもりだろう。
嘘界さんは、一瞬怪訝そうな顔をしたあと、にやりと口角を上げて了解の返事をした。携帯電話を取り出し、呼びかける。相手は少尉のサポートオペレーターであるローワン。
楽しそうな色を赤錆色の瞳に乗せてローワンに命令をするその口からは結構物騒な言葉が飛び出てきた。え、猿轡?ストレッチャー?普通につれてこようよ。
程なくしてローワンが少尉の縛り付けられたストレッチャーを押しながら現れた。成る程、納得した。目を血走らせて威嚇する少尉。相当ご機嫌斜めなようだ。大丈夫?と声をかけるとすごい眼力で睨まれた。気の弱い人はその眼光だけで気絶してしまいそうだ。まあ、私はいつもの理不尽な暴力同様あっさりと受け流してやったけれど。
シュウは、そんな少尉の必死の威嚇にも負けず(あ、でもちょっと怖そう)、彼の胸元に手を伸ばした。どういう原理か、エンドレイヴスーツを着込んだ少尉の胸元が白光を放ち、シュウの腕を伝うようにして二重螺旋が飛び出してくる。直前まで睨みつけていた少尉だけど、シュウの手が手首までずぶりと埋まると、雄叫びの様に大きな声を上げる。猿轡のせいでくぐもった感じのそれは、シュウが手を引き抜いたと同時にか細く、甲高いものに変わり、苦しそうに端正な顔を歪めると、ふつりと電源が切れたように気絶してしまった。
嘘界さんは目の前で奇跡≠目撃したからか、顔を綻ばせてシュウと会話している。少尉の万華鏡は相変わらず綺麗な輝きを纏ってはいたけれど、私はそれよりも、少尉本人の方がすこし心配だった。以前にもこうして気絶した彼を見ているし、無事なのは分かるのだけれど…その、扱いがあまりに手荒だったものだから。
なんとか自分の傷の出血は抑えられたようだ。手についてぬるぬるする血が少尉に触れないよう注意しながら、膝をついてロープを解いてやる。解放されてさらにぐったりとした少尉の身体。最後に、猿轡として括り付けられていた布を剥がしてやる。ほんの少し表情が和らいだように見えて、そっと息をついた。

ふわりと見上げた空は、星ひとつ瞬いてすら居なかった。どこまでも暗く、どんよりと東京の上空を覆う。
それはまるで、私がひた隠しにして見ないようにしていた、私の中の暗闇のようで。

空を見ないように、と目を逸らし、立ち上がる。わざわざ柵の近くまでいかなくとも、私の目には遠くの発電施設にいる恙神涯が見えた。いつの間に移動したのか、そこにはシュウといのりもいて、何やら口論のようになっていた。シュウの、一生懸命な横顔が見えた。あんな、必死な表情。私は持ってない。…持つ必要はない。


ふと、彼らがいのりを振り返った。何かを話しているようだったけれど、恙神涯は、不思議そうな表情をしていた。シュウが、万華鏡を手放す。解けるようにして二重螺旋に姿を変えると、宙を漂い、それは少尉の胸元へ吸い込まれていった。彼を振り返る。表情は変わらないけれど、とりあえず無事なようだった。


刹那、少女の声が脳の奥に響き渡る。


聞いたよ


────これは

邪魔しないで

あのときの────

視界がちかちかと明滅して、無重力のように身体が軽くなったような気がしたその瞬間。
頭が真っ白になって、奥底から止め処なく溢れてくる濁流のようなそれに恐怖して、私は声を上げた。
身体が自然とのけぞって、それでも収まらないそれは、私の身体を突き破って外にも溢れ出す。

やだ。いやだ。やめて、さわらないで。

感じたことのない恐怖感に襲われる。体を食い破られてしまいそうな。突き抜ける痛みは、私の内側の何かを掬い取って、そして掠めていく。感じたことのないその感覚。上ずる擦れた悲鳴が、頭の奥でいつまでも響くようだった。
それを最後に、私の意識はホワイトアウトした。




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