「……70分後?」


オートマチック拳銃、合わせて4丁。最終メンテナンスを終えて、新品の弾倉に取り換えると、腰脇とその後ろのホルスターにしまいこむ。
耳にあてた端末から発せられる落ち着いた、でもどこか楽しそうな声がそう伝えた。


『日没の時間です。と言っても、そこじゃあ太陽の傾き具合なんてわかりませんかねぇ』

「……とりあえず、上が騒がしくなってきたら作戦開始だと思っていいんですね?」

『えぇ。あちらには天才爆弾魔、城戸研二がいますから、静かでも気を付けなさい?気が付いたらドッカーン!…もあるかもしれないですし』

「………気を付けます」


端末の向こうから、くつくつと含み笑う声が聞こえて、何がそんなに楽しいのやらと私は首を傾げた。
そうして考えて、一瞬で分かった。ああ、この人、シュウを待ってるんだ。

あの日。第4隔離施設が襲撃された日。
私と同じように、いや、それ以上に感動を覚えたような恍惚の表情を浮かべた彼は、美しいと言うが早いか、日本製の古い型の携帯電話を取り出して、あの光景を録画していたのだった。
ということは、またなにか一計を案じていそうだ。巻き込むのは勝手だけれど、そういうことならきちんと説明が欲しいと常々思う反面、この人のこういうよくわからない行動力だとか、気になることはとことん突き詰めて追求して、探究心を満たそうとするそのしつこさは、基本何においても淡白で興味を示さない自分からしてみれば憧れる部分だなあなどと思ったりする。


『では、くれぐれも死なないように』

「はい」

『君の働きにも期待してますから』


ぷつり。通信が切断され、無機質な音を流す端末のボタンを押し、それを腰のホルスターとは別のポケットにしまった。この武装スーツは、機動力を重視して設計させているから、収納力があまりないところが欠点ではある。


「………さて」


静かで、暗くて、モーターとは違う機械音だけが響く通路を改めて見渡した。

私の配置は、コントロールルーム手前の通路。
所謂最後の砦≠チてやつ。ここに配置されているのは私だけだけど、この通路に辿り着く手段になるルート、例えばエレベーターとか、Eポイントの通路の曲がり角だとか、そういう箇所にはアンチボディズの一般兵が配置されている。
私は、下手に周囲に味方がいるより独りで戦った方が伸び伸びできる、ということを見越した上での配置。嘘界さんかローワンかはわからないけれど、ありがたい配置だ。


くぁ、とあくびをひとつ。眦に浮かんだ涙を拭うと、座り込んで膝を抱えた。暇だなあ。


えっと、少尉は外の配置だっけ?あぁ、ここダムで敷地が広いから、エンドレイヴを基本に外の防衛線を張ってるんだっけ。
話し相手もいないしなあ。さっき移動中に装甲車の中で寝ちゃったし。何してよう。まだあと一時間もある。


端末を入れたポケットから、ロリポップキャンディを取り出すと、封を切って、薄暗い施設内の明かりに翳した。
最近、ずうっとこの味ばかりを食べる。透き通ったブロンドを思わせるイエロー、レモン味。

少尉は、やっぱり全然優しくない。キャンディをくれたのも、いらないからくれただけなような気がする。
まあ、私が勝手に興味を抱いてついて回ってるだけで、少尉は興味もなければ迷惑なんだろうけど。少尉が、迷惑だからあっちいけ、と言わないのをいいことに、私は飽きもせず彼の観察をしている。

悪口ばっかり言うし、極力触れないだけで怒れば叩くし殴ってくる。私はそれを避けるか受け止めながら、それでも少尉にくっついている。
なんでだろうね。そうまでして彼に抱く興味は、どうしてか追求したくなるもので、知りたいと思うと同時に一緒にいたいと思うんだ。そう、彼の近くは落ち着く。


キャンディを口に含み、舌で転がす。甘やかな酸味と、すり抜けていくような香りが私を満たしていく。
食べれば食べるほど、その味を好きになる。私は、少尉の持つちょっと癖ある味が結構好きだった。

彼は、私の瞳を綺麗だと言ってくれた。
子供が夜空に瞬く星を見たときのように、自然に言ってくれた。
あのあと、彼は恥ずかしかったのか照れ隠しかわからないけれど、「おっお前の目の色も結構珍しいって意味だよ!誉めたわけじゃないからな!!」と一通り叫ぶと全速力で休憩室を出ていってしまった。
だけど私は嬉しかった。嬉しいなんて気持ち、持っちゃいけないのにね。少尉と一緒にいたら、どんどん自分の中味がわかるような気がして、でもわかっちゃいけないような気がして。


私は、自分の中味なんて知る必要ないのに。だって、私の中は空っぽだ。なにもないんだ。

…あっちゃいけない。


きつく膝を抱え込んで、額を押し付けて、瞼を閉じて。
小さくなって、視界を閉じて、世界を遮断する。

少し、冷静になろう。
だめ、こんな気持ちじゃ、引き金なんて引けない。



感じるのは、自分の鼓動、呼吸音。
それと、彼に見立てた甘く優しいキャンディの味わいだけ。



最近の私はおかしいんだ。
おかしくなっちゃったんだ。

どうやったら治るかな。
引き金を引き続けたら、いつか戻るかな。

また、心無き死神に。



***



轟音と微かな悲鳴を聞いて、私は立ち上がった。
耳に小型通信機を嵌め込む。ローワンにお願いして、ヘルメットはやめたのだ。

視界を無機物で覆うことで、私はリアルから目を背けてしまうから。
より現実的に、命の損なわれる感触を、光景を感じれば、きっと心なんて奥底に沈んでいく。
前は一瞬でできたのに、最近は何故か感情を閉じ込めるフィルターがうまくかからない。戦闘中に命の重みを考えてしまう。

思い込め。私がこれから撃つのは、的≠セ。命≠カゃない。


両腰脇に手を差し込み、拳銃を抜き出す。安全装置を外し、意識を集中させ視界のくまなくすべてに気を配る。
さっきの爆音は斜め後方からだった。なら、こっちから来るか。

振り返ったその瞬間、何か固いものが床を転がる音がして、本能的に後方へ跳躍、距離をとった。
更にバック宙し空中から音の正体を確認すると、私は咄嗟に視界を庇うように腕を交差させた。

刹那、赤い光が爆発する。光のあとを追うように、熱と衝撃波が体当たりしてくるのを感じながら、私は着地するなり低い体制から煙の中を動くそれに向かって発砲した。


「やーっぱりね。涯、どーする?」

「研二、さっさと済ませろ」

「りょーかいっ」


城戸研二。天才爆弾魔。
テロリストのリーダー、恙神涯にそう命令されると、楽しそうに口元を歪めて、ボールのように手元で弄んでいた手榴弾を投げ込んでくる。

着火するまでの一瞬を縫うようにかわしながら、爆風に身体を乗せて跳躍、彼らの背後に回り込む。
城戸の脳幹目掛けて銃の照準を合わせた。

「ゲ、やばっ。…なーんて言うと思ったぁ!?」

「ドカーン!!」と効果音を口で付け足しながら宙に放った手榴弾。爆圧で打ち込んだ弾の起動が逸らされ、通路の壁にめり込む。
嘘界さん、私、爆弾とは相性悪いかも。そう胸中で独りごちながら、視神経に意識を集中させて、微かにでも動く気配と煙の動きを追い、弾を撃ち込む。しかし壁に弾かれる音がした辺り、外したようだ。


「涯ー?どうしよ、こいつけっこーしつこいよ」

「そろそろだ…よし、二人ともこっちへ」


恙神涯の誘導の声がして、そちらへ銃を向けた矢先、こちらへ向く殺気を感じて跳躍しかわす。案の定、私がいた場所を弾丸が舐めるように抉っていく。


「いのり。任せていいな」

「行って」


通路の暗がりから姿を現したのは楪いのり。私がいま憧れてやまない歌姫、そして葬儀社の幹部。
あの金魚服を纏い、裾を爆風で棚引かせながら凛としてそこに立つ彼女。他の人の気配がしない辺り、配置されていた一般兵総員が彼女に仕留められてしまったのだろう。
そうしている間にも、恙神涯、城戸研二、…そしてシュウが、コントロールルームに向かって駆け出していく。
あーあ、最後の砦≠セったのに、逃がしちゃった。あの爆弾魔さえ押さえられたらな。


「初めまして、楪いのり」

「挨拶はいらない。邪魔するなら、殺す」

「物騒だなぁ。私、君のファンなのに」

「!」

「残念。…でもまぁ、話をするより、弾丸交えた方が、君は面白そうだ」

「………手加減はしない」

「こっちこそ」


話しながら、いのりは弾倉を差し替えた。

両者、両手で拳銃を構えると、

合図もなしに、同時に駆け出した。




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