「シュウは、いのりを知ってる」


彼女に手渡された飴玉を手の上で転がしていると、不意にサーシェさ…、サーシェが呟くように言った。
いのり。ついこの間まで、ただの憧れの存在だった彼女。今は、すぐ傍にいて、一緒にご飯を食べたり、学校に行ったりするようになった。


「シュウは、いのりが好き?」

「す…っ!!?」

「私は、好き。いのりと喋ったこととか、ないけど。彼女は、素敵なホンモノ≠持ってる」

「……ホンモノ…?」


好き。その単語に赤面していると、飴を舌で転がす音を立てながら立ち上がり、鏡と向き合った。
暗い深い海の蒼を連想させる彼女の瞳が、鏡に写る。窓から射し込む太陽の光に照らされて煌めく、眩しい夕焼け色の髪とは正反対の静けさだ。


「私はね、シュウ。自分の中のホンモノ≠探してる」

「………」

「人のホンモノを奪い続けてたら、私は私が分からなくなっちゃったんだ」

「…………」

「だから、自分を……表現できるホンモノを持ってる人に、憧れる。そばにいて、観察したいと思う」

「あ……それで、いのりを…」

「彼女は、不思議なホンモノを持ってる。見目は美しいけど、内側が分からない。でも、だからこそ、彼女のホンモノは、きらきらまぶしい」


そっと瞼を閉じるサーシェ。前髪で右半分の顔を隠す彼女は、その左目で、いのりの中に何を見たんだろう。
くるりと振り返って僕を真っ直ぐ見つめてくる視線に、何故か目がそらせなかった。


「君は、大切な、素敵な自分を持ってるよ。君が武器を振るうときの拙さが、私は好き」

「………僕に、」

「………だからこそ、分からない。君は、何に迷っているの。ミルクを紅茶に注いだみたいに、今の君のホンモノは、濁って見えなくなっている」


咎めるような、諭すような、不思議な視線が、僕の内側を探っていく。


「君は、君を信じればいい。君が信じるものの先に、君のホンモノはきっと隠れてる」


不思議だった。僕よりも僕を知っているようだった。
迷っているなんて、自分でも分からなかった。いや、自分の足元も覚束無いくらい、僕は周囲の変化に飲み込まれていたんだと思う。


「私は、───死神だから。人を導けるほど、自分を知らない」


俯く彼女が、静かに、本当に静かに呟く。


「君は、嫌うだろうね。私みたいな…


人殺しを」


感情を無くした瞳が、暗く怪しく僕を射抜いた。
さっきまで、うっすらとではあったものの、確かにあった彼女の感情が、一瞬にして押し込められたような。
その豹変ぶりは、確かに無感情に命をむしりとる死神のようで。僕は、得体の知れない恐怖に、飴玉を握り締めた。


重苦しい沈黙が僕を包んだとき、ガチャリと扉が解錠された音がして、横にスライドされたそこには先程のベレー帽の青年が立っていた。



***



バギーに乗り込むと、青年の運転で走り出す。
手錠を解かれた僕は、助手席に座るオレンジ色を一瞥してから、事も無げに窓の外を見やった。
やけに歩兵が彷徨いていて、あちこちにゴーチェも配置されていた。


「物々しくてすみません。非常警戒中でして…

塔の地下にいるある囚人の警戒を強化しなければならなくなりましてねぇ。ま、詳しい話は後で。
ともかく君に見てもらいたいものがあるのですよ」


握り締めた手の中で、飴玉のパッケージがよれる。
監獄塔ともうひとつの建物を繋ぐ橋を渡るバギーの中で、僕は周囲に広がる海を眺めていた。


「〜♪」


助手席から鼻歌が流れてきて、そっちを見やる。
サーシェは、僕と同じように窓の外を眺めながら、少し調子外れにいのりの歌を歌っていた。








「行かなくて良かったのか?」


助手席に未だ座ったままの准尉を見やる。
彼女は、欠伸を溢しながらシートベルトを外した。

自分は待機していろと言われたからここにいるものの、彼女は少佐の側近だ。それも、准尉に留まっているには勿体無いほどの実力を持っている。


「ねむい」

「また…」


思わずため息をついてしまった。こういうどこまでもマイペースなのは、いつまでたっても変わらない。半ば職務放棄にも見えないことはないが、自分が興味あることにしか動こうとしないことも、少佐がそういう点を理解し許していることも、昔からではあるが。
リクライニングを操作して、横たわれるようにすると、ジャケットを脱いで毛布のように被り、さっさと瞼を閉じてしまった。


「桜満集に会うの、楽しみだったんじゃないのか?」

「…楽しみだったよ。楽しみだった…けど、」


そろりと開かれた瞼。青色が、つまらなそうに細められる。


「今のシュウは、シュウじゃなかった」


この間の作戦で、一度二度会った程度だろうに。そこまで入れ込んでいたのか。

確かに彼女は、同年代と関わることで、少しずつ変わっているようだった。


「……キャンディ……
たべてくれたかなぁ………」


うとうととまた瞼を下ろした少女に、微笑むしかなかった。

こんなにも、真っ直ぐなんだ。


死神と恐れられる彼女は、こんなにも真っ直ぐ命を、他人を見つめる。
他人の中に存在する自分を探しているのだ。

どこまでも、子供のようで、それでいて……優しい。
感情は確かにあるのだ。表現出来ないだけで。人の子なのだから。


昔やってやったように、その夕焼け色を撫ぜる。
細くて柔らかいそれ。彼女の心のよう。


「……………」


軍人なんかじゃなかったら。

君は、どんなに優しく、あたたかい子になれただろうか。


人の痛みを、命の儚さを見つめ続けてきたその蒼の瞳は、まるで哀しみの色のようで。



***



目が覚めたら、ボーンクリスマスツリーの、いつもの休憩室にいた。
起きて一番に目に飛び込んできたのは、赤。燃える炎の色。
宵闇とは違う黒が立ち込めて、またそこに赤が咲く。


「……あれ…」

「寝過ぎだよ、サーシェ」

「ローワン…」

「あれっきり揺すっても起きないんだから、困ったものだよその熟睡の仕方。リクライニング起こしても気付きやしないんだから」

「……ここまで運んでくれたの…?ありがとう…」


いつもの簡易ベッドでなく、私はソファーにくの字で寝かされていた。起きると、隣に座ったローワンがPC端末を操作している。
不意にシャッター音が響いて、聞こえた方を見ると、いつも通り行儀悪くデスクに足を乗せて椅子にふんぞり返っている嘘界さんがいた。
彼が手にした携帯で撮った方向を見ると、ついさっき行ってきたばかりの第4隔離施設が襲撃を受けていた。


「少佐。第4隔離施設長からの連絡です。施設は我々で守り切る。手出しは無用≠ニのこと」

「了解。ではいってきます」


立ち上がった嘘界さんを振り返るようにしてローワンがまた言う。
ローワンは嘘界さんのこのペースが苦手だと言っていた。予測不可能すぎる、と。
いつだったか、私もそれそっくりだと言われた覚えがある。


「いえ、ですから手出し無用と」

「勿論手出しはしません。見るだけですよ、見るだけ。

サーシェ、ついてきなさい」

「ん…はーい」

「お前、そんな寝ぼけ眼で大丈夫か?」

「大丈夫…いっぱい寝た…」

「だから心配なんだよ」


被っていたジャケットに袖を通し、前は閉めずにそのままで立ち上がる。
ふああ、と大きく漏れた欠伸を手で隠しながら嘘界さんの後ろについていく。
ローワンはいつまでも心配性さんだなぁ。



きてるくせに
(目をそらしたら、勿体無いよ)




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