嘘界だと紹介された男と、その部下だと改めて自己紹介されたサーシェさんの間に着席させられ、アンチボディズのマークが入った装甲車の座席で揺られること数分。
さっき閉じた携帯をまた開いて、何やらかちかちといじっている嘘界さんが、落胆して肩を落とす僕に不意に声をかけた。サーシェさんはあれきりだんまりだ。


「桜満集君、君に質問があります。…足にフィットするパンツやタイツのこと。スパッツやカルソンとも。4文字…なんだと思います?」

「…………わかりません」


突き刺さるというより、舐めるようなじりじりとした視線を当てられながら、僕は答えた。思ったよりもか細くて、それを聞いてまた僕は深く俯いた。
なんで、なんでと繰り返される自問自答に、事実としての結論がぼんやり浮かんでくる。

騙された。…馬鹿だった。僕が馬鹿だったんだ。

自嘲的な笑みを浮かべて、僕は肩を震わせた。信じていたのは僕だけ。友達だと思っていたのも、僕だけ。


「レギンスだぁ!!…レギンス、と」


横で、嘘界さんが大きく体を揺らしたあと、目にも止まらぬ速さでキーを打ち込んでいく。


「私はパズルの空欄が大嫌いでねぇ、君にはそのパズルを埋める協力をしてほしいのです。
少し狭いですが、静かに考えられるよう部屋を用意しました。パズルが解けるまで、好きなだけ居て頂いて結構ですよ」


睨み上げるというより、観察されるような。あまり居心地のよくない視線が、僕を見上げてくる。
嘘界さんは、携帯を手にしたまま、膝に肘をついて屈んだ格好でにやりと口角を上げた。



***



「寒川君からのプレゼントです」


囚人服に着替えさせられた僕は、早速取調室に連れ込まれた。
サーシェさんともう一人、これまた長身の青年の軍人さんが、取り調べに立ち会うことになって、一緒に部屋に入ってくる。取調室には僕の向かいの壁一面に、マジックミラーが嵌め込まれていた。
大きなモニターテーブルを挟んで真向かいに座った嘘界さんは、相変わらず胡散臭い笑みを張り付けている。
彼がテーブルをなぞるように手を翳すと、いくつもの画像データが現れた。そのうちのひとつが、タッチされて開きながら中央にスライドされる。
そこには、先日出された葬儀社の声明で、覆面をしたアルゴさんや四分儀さんと並び、独り顔を晒して高らかに声明文を読み上げていた、不敵な笑みを浮かべる涯の姿が。


「これは恙神涯。葬儀社のリーダーだ…何故君のような少年がこんな所に居て、こんな男と話さなければならなかったのかな?」

「そんなの…涯に聞いてください」


嘘界さんが指を滑らせる。涯に手を差し伸べられている僕の姿が写っていた。

僕は半ば自棄になっていた。
好きで手に入れたわけじゃない、こんな力。僕はただ協力してただけ。しかも、殆ど無理矢理にだ。
自分の命を守る引き換えに手を貸しただけ、それの何が悪いの。咎める相手が違う。僕だって詳しいことは知らないんだ、それこそ涯に聞いてくれよ。

暫く僕を見ていた嘘界さんは、椅子を回して姿勢を変えると、深く息を吸って抑揚をつけた柔らかい声を出した。


「……桜満君、ここのご飯は美味くないよ?あのソフト麺ってやつを、僕は給食以来初めて食べました。そのへんのことをよぉーく考えて話したまえ」


彼は話しつつ指先を滑らせる。黒革の手袋をしていた。
テーブルに次々表示される葬儀社の皆の姿。
戦利品を見て笑顔を滲ませるアルゴさん、大雲さん、微笑む綾瀬さん。最新式のモニタールーム装備の装甲車を手に入れてはしゃぐツグミ。

ふと、横から小さな声が洩れて、そちらをちらりと横目に見た。


「私は、結構ソフト麺好き」

「こら、サーシェ」


サーシェさんが無表情でそんなことを言うから、僕は脱力してしまった。隣の士官さんにも戒めるような声で何か言われてるし。


僕が、何も話すことはありませんと黙り続けていると、分かりましたと嘘界さんが腰を上げた。


「仕方ないですね、何か思い出すまで…部屋で休憩していてください」


取調室をいち早く出た嘘界さんに、サーシェさんが声をかける。


「嘘界さん」

「はい。なんですかサーシェ」

「私も、シュウと部屋に居ていいですか」


え、と声が漏れた。部屋とは独房だ。軍人が一緒になって入るところじゃない。
ベレー帽を被った青年将校は目を見開いて驚いているし、僕も驚いて彼女を凝視した。
嘘界さんもおや、と声を上げて目を丸くしている。サーシェさんだけが、ただひとりポーカーフェイスを保っていた。


「私、シュウと少し話がしたいんです」

「それはそれは…。ですが、それでは桜満君が休めないんじゃありませんか?」

「え……あ……え、と……」

「大丈夫、葬儀社の話じゃない」


僕を振り返る嘘界さん達に、独房内でも取り調べのようなことをされるのかと口を濁していると、サーシェさんが緩くそう言った。
僕は、じゃあ何の話?という疑問もあって、独りで独房でまたぐるぐる自問自答するくらいなら、と「あ…なら、僕はいいです、けど」と返事をしていた。


***


「いいなぁソフト麺。美味しそう」

「……食べます?」

「む。人のご飯取るほど飢えてないよ」


結局僕と一緒に独房に入ったサーシェさんは、さっきから支給された僕の昼食を、テーブルに顎をおいてかじりつくように見つめている。
不満げに唇を尖らせると、そう言って体を起こした。彼女はジャケットのポケットをごそごそと漁ると、机にセロハンで包まれた飴を並べ始めた。


「……?飴、」

「………んー……」


苺、葡萄、レモンにオレンジ、こっちのピンクは桃だろうか。
それらを眺めて、時々僕と見比べて。サーシェさんは、唸り声のようなものを上げた。

じっと瞳を覗き込まれる。真正面からしっかり見た彼女の容姿は、意外と整っていて、見つめられることに抵抗感があった僕は、キョロキョロと視線を彷徨かせた。


「あ、わかった」


徐にジャケットのもうひとつのポケットを漁り出し、ひとつ、パッケージの違う飴玉を取り出した。
てらてらした茶褐色の飴色のそれをまた僕と見比べて、うん、とひとつ頷くと、サーシェさんはそれを僕に差し出す。


「君は紅茶味」

「………っへ?…え、これ紅茶味なんですか…?」

「そう。前嘘界さんに、お土産でもらったのがまだあった」

「……はぁ…」


食べて、と差し出されたそれを、手のひらで受け取る。ビニールに包まれた飴玉がころん、と僕の手の上に落ちた。


「君の瞳の色とおんなじ。君は紅茶味だ」

「あの、さっきからその、紅茶味≠チて…なんですか?」

「敬語はいらないよ、シュウ。私、君と同い年だから」

「っえ?そうなんですか!?…あ、」

「珍しいでしょう。でもね、私よりひとつ階級が上のひとにも、同い年さんがいるよ」


独房だから、椅子はひとつしかない。簡易ベッドに座るなり、彼女は単調ながらにも、転がすような声音で、楽しそうに目を細めた。


「彼はまだ何味かわかんないけど、君はわかった。
くるくる、砂糖やミルクを混ぜられて、自分が分からなくなっているね」

「………!」

「だから、君は紅茶味だよ」


本当は、素敵な香りを持ってるのに。味にこだわって、自分を見失ってる。

そう言って、サーシェさんはappleと書かれたパッケージの飴玉を口に放り込む。ころん、飴玉が歯に当たる音。


机に置き去りにされたままの飴玉達と彼女を見比べて、ああ、これがしたかったんだ、と納得する。
僕が、何味なのか。考えて、当てはまったときの和らいだ雰囲気が、何処と無く嘘界さんに似ていた。




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