情報処理は苦手なんだけどなぁ。


溜め息とも取れる呼気を吐き出して、私は端末の画面に指を滑らせた。

昨日のうちに、フォートの住民から情報収集をしたらしい嘘界さん。その情報から、ある人物について調べろ、と言われた。
ちなみにローワンは、様々なメディアに削除した端からアップされる葬儀社の声明をまた削除するという単純ながら延々と続く作業の人員に回されていた。

嘘界さんはオウマシュウについて調べるから、と笑った。
そう、彼は私から聞いた話を元に、葬儀社を暴きにかかっている。
顔と名前が分かっている人物から、逮捕しより重要な内部の情報を吐きそうな人間を取捨選択するためだ。

そこで、私はあの桃色の髪の少女について調べることを任されたのだった。
理由は、フォートの住民が、あの日あのときあの場所で、戦闘終了後に、歌≠ェ聞こえたと言ったからだそうだ。
その歌声が、今日本人の間で大流行している人気ウェブアーティスト、EGOISTのものに酷似していたとか。


まぁ、そんなわけで、私は慣れないながらにもネットを漁って彼女の正体の欠片でも出て来はしまいかと端末を駆使しているのだが。

EGOISTは元々、動画サイトに投稿されたその歌声と独特のPVが反響を読んで周知されるようになったアーティストで、どこの音楽事務所にも所属していない。
故に、情報は少なく、大型掲示板や著名人のブログなどを回っても何一つ有力な情報は入って来なかった。

ずっと電子画面を見つめていたお陰で目が疲れてきた。くぁ、と欠伸が漏れて、くしくしと瞼を擦る。
こんなに有名で、こんなに目立つ容姿をしてるのに、目撃情報のひとつも出て来やしない。中には、最新式の超高性能音声合成ソフトなんじゃないか、なんて噂まで上がってきた。
まぁ、テロリストとして隠密行動を取っていたとしたらそれもわからなくはないけど。


文字の羅列を見るのに飽きた私は、別のタブウィンドウを呼び出し、噂の動画を見てみることにした。
検索エンジンにEGOISTと入力すれば、動画投稿サイトは勿論、掲示板やファンのブログからEGOISTを取り上げたニュース記事まで、多くのウェブページが引っ掛かる。

タッチして開いた動画。タイトルは≪Euterpe/EGOIST≫。日本の動画は世界各国でも高い評価を得ていたりする。これは、英語圏の人向けに複製された≪エウテルペ≫という曲の、英語字幕版。再生数は100万回を優に越えている。
ギリシャ神話で音楽や叙情詩を司る女神を曲名に起用するとは…葬儀社という組織の名前や、正体不明の歌姫という不可思議で厳かな雰囲気に確かに合っている。


何処か神聖さを感じさせる音色に続き、透き通るような少女の歌声が端末から流れ出した。


≪──咲いた 野の花よ≫

≪ああ どうか 教えておくれ──≫


宵闇に、少女の姿が浮かび上がる。
墓地を思わせるような場所が映り、少女はその中心に座り込み、囁くようにして唄う。
傍らには牛頭の悪魔、モラクスが控え、彼女の周囲を青バラが彩る。

綺麗だと思った。


≪─…小さく揺れた 私の前で≫

≪何も 言わずに…──≫


何度か画面が切り替わって、暗闇からステンドグラスのような煌めきが彼女を包み込む。
烏の羽根のような衣装が、吹き上がる風に乗って剥がれていき、それが一度画面を覆った次の瞬間。
あの、金魚のような衣装に身を包んだ少女が現れた。


≪──枯れていく 友に≫

≪お前は 何を思う≫

≪言葉を持たぬ その葉でなんと≫

≪愛を 伝える───≫


鏡のように彼女を映すクリスタルが辺りを埋め尽くす。
ひとつひとつが、たくさんの色と映りこんだ彼女を持って輝く。
……嗚呼、そう、例えるなら、万華鏡のように。


≪──…夏の陽は 陰って 風が 靡いた≫

≪二つ 重なって≫

≪生きた 証を 私は 唄おう≫

≪名もなき 者のため…──≫


「………………」


思わず、言葉を失った。
感動とはこういうもののことを言うんだろう。
目に映る煌めきが瞬くのを、いつまでも見ていたいと思った。
惹き付けられるような、心の隙間をすり抜けていく歌声を、いつまでも聞いていたいと思った。

純粋に、すきだと思った。

テロリストだとか、人気ウェブアーティストだとか、そういう俗世間の評価を抜きにして、私は一個人として、この歌声に、作品に、魅了されていた。
知りたいと思った。こんな、素敵な本物≠紡げる彼女は、どんなひとなのかと。

動画のコメント欄には、『EGOIST最高!』『やっぱり何回も聞いちゃう』『綺麗だよね〜』などと日本語でコメントが書き込まれていた。
ふと、動画を閲覧していたタブの後ろのウィンドウ、掲示板が更新されているのに気付く。
動画を開いていたタブを閉じると、流し読みしていたそれを、少し手前からじっくり目を通していく。

『EGOISTってグループ名?』

『ヴォーカル以外のメンバーは名前出してなかったっけ?』

『いのりしかわからんwww』

『いっつもPVいのりしか出ないもんな(´Д`)』

『いのり可愛いんだからいいじゃん』

『いのりLOVE』


いのり、いのり、いのり。
どうやら、あの少女の名前はいのり、らしい。それが本名なのか、ウェブ上で名乗るだけのハンドルネームなのかはさておき、ひとつわかった。

ひとつひとつに目を通していると、思わぬ情報が飛び込んできて、私はスクロールする指を止めた。


『昨日俺の学校にいのりが転校してきた件について』


は、と息が洩れる。目撃情報皆無の正体不明ヴォーカリストじゃなかったのか。
他の閲覧者も『嘘だろwwwwwwwwwwww』『夢見すぎwwwwwwwww』と信じていない様子。一気に書き込み数が増えて、また少し手前から目を通していく。


『マジだって』

『転校してきたって何処のラブコメだよ』

『楪いのりって名乗ってる』

『本名だったのか!』

『いいなー生いのりたん』

『何処の学校だよwww』

『ちょそれ個人情報wwwwwwwww』

『都内だよ』

『マジでか』

『都立結構あるぞ』


そこで私はウィンドウを閉じ、端末をポケットにしまいこむと立ち上がった。

見に行ってみるのが早いだろう。都立校といえど、葬儀社の拠点はフォートだ。遠すぎない距離にあるはず。
あまり発達した交通網を利用すると、多くの人間に目撃されて後々面倒になるだろう。つまり、利用者がある程度少ない交通手段…モノレールとか。

最寄り駅にモノレールの停車駅があって、フォートから遠すぎない距離にある学校…。
私には、ひとつ、心当たりがあった。

天王洲第一高校だ。



***



「居ました」

『そうですか。ご苦労様です』


天王洲第一高校からやや距離を置いたビルの屋上から、私は電話をかけていた。
見下ろす先には、一緒に下校しているオウマシュウに、楪いのり。夕焼け色に染まるアスファルトを、二人仲良く並んで歩いている。


『これで彼を揺するネタがひとつ増えました…フフ』

「…彼?楪いのりじゃなくて、オウマシュウの方ですか?」

『えぇ。パズルのピースを埋めるには、どうも彼の存在が必要不可欠らしいです。新しい情報も入ってきたことですし』

「…新しい、情報…」

『これから面白いことになりそうですよ。ではサーシェ、君は真っ直ぐ帰ってきなさい。明日の朝、捕縛を決行します』

「…………はい」


ぴっ、と電子音が鳴り響いて、通話が切れる。
目立つから、と白服から着替えた私服姿は、軍内の顔見知り殆どに少年のようだと常々言われている。

ポケットから取り出した、セロハンに包まれたキャンディー。夕焼けと同じ色のそれは、私の髪の色に似ていて、そしてあの金魚のような衣装を彷彿とさせた。
口に放り込んで、踵を返す。帰ったら、少し眠ろうか。

彼女は、彼は。
一体、何味なんだろう。

知りたい気持ちが湧き出てきて、こういう探求心は嘘界さんに似たのかな、なんて。



想像の
(また君に会えるね。オウマシュウ)





嘘界さんは集を調べると言いつつ谷尋からの連絡待ちをしてました。
ローワンは一応謹慎中の身ということでエンドレイヴ技術者としてのお仕事は控えさせられてます。


3/3

[prev] [next]
back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -