次に目が覚めたのは、昼前の10時45分頃だった。

あのあと、眠くなってきたからと死神が席を立った。溶けて小さくなったキャンディを噛み砕く音がして、僕は「こんな夜中に甘いもの食べるなんて、神経疑うよ」と言ってやった覚えがある。
死神はそれに嫌な顔ひとつせず、「ちゃんと歯磨いてから寝るよ」とさえ言ってのけた。さすがは僕のことを知りたいと言っただけはある。嫌みのひとつやふたつ、こいつにとったら個性としか感じない。


ここのやつらは、僕の立場を恐れて大きな物言いをしてこない。逆にでかい口叩かれるのも癪に障るけど、昼近くまで放置されるのだって気分は良くなかった。
暫く検査検査検査でトレーニングもろくにやらせてもらえなさそうだし、起きたところで退屈極まりないことは分かっている。

食事をとろうと、歯磨きをしてある程度髪を整えると病室を出た。ラウンジはこの3つ下の階にある。

朝とも昼とも言えない半端な時間、ラウンジにいる人間は疎らだった。
入院患者の検査服の薄い青緑と、そいつに会いに来てる士官の軍服の白が混ざりあって、なんだかやけに眩しかった。
ふと、目立つ黒を見つけてそちらを見やると、窓際の隅っこ、周囲にちっとも人がいないテーブルにいたのはあいつだった。


「あ、少尉おはよ」

「何で士官服なんだよ」


そう、死神は昨日や昨夜のような、僕と同じ検査服ではなかった。
白い軍服を椅子の背にかけて、黒のタンクトップに指定のスラックス、ブーツ姿で、あの武装スーツ姿よりかは幾らか人間味があるものの、やはり女っぽさは微塵もなかった。
向かいの席を目で示しながら、「座れば?」と言われた。変な反抗心から「いい」と言いつつ、斜め前のテーブルについた。

紅茶を啜りながら僕をじっと見てくる死神。この視線は慣れそうにない。


「少尉、今起きたの?」

「なんだよ、悪い?」

「いや、別に。私も、この時間くらいまで寝てたかったな」


奴のテーブルにあるのは、サンドイッチ。ひとつ、まだ手をつけることなく皿に残っている。
聞いてもいないのに、死神は訥々と話し出す。


「今日9時頃に連絡があってね、本部の人事異動が発表になったんだって」


あぁ…そういえば、そんな話もあったような。
アンチボディズの局長であったあの脂身がいなくなって、その始末と後釜は誰なのかとこの病棟の端々でも話題になっていた。


「今までは局長とは別の人が主任となって検疫や防疫行動の指揮を取っていたけど、これからはその指揮を局長…セフィラゲノミクス社出身の茎道さんが直接とるんだって」

「ふぅん」

「で、今回のテロ騒動に当たって特別対策班が設けられた。班長は、海兵隊法務部から異動になった嘘界さん」

「……セガイ…ハングマン=H」

「そう」

「……あれ、お前、そういえば昨夜、嘘界がどうのこうのって…」

「…言ってなかったっけ。私の直属の上司、嘘界さんだよ」

「…………」


そんなの初耳だ。

あのハングマン≠フ私兵で、アンチボディズ副官のローワン大尉とはタメ口きく仲って…いくらあの死神といえど、たかが准尉のはず。こいつ、どんな経緯持ってるんだよ。
どうなってるんだと思考を巡らせていたところで、何も分かりはしないし別に知る必要もない、とそれを放棄したとき、サンドイッチを一口ばくりとかじった死神が、咀嚼して飲み込んだ。意外と口がでかくて驚いた。


「で、嘘界さんが早速お仕事するから、側近として手伝いなさいって」

「……あぁ、それで」

「これから忙しくなるみたい。…お昼寝の時間削れちゃうな…」

「仮にも一端の軍人が悠々と昼寝するなよ」

「…少尉、ローワンみたい」


僅かに眉間をひそめてまたサンドイッチをかじる死神。
昼寝なんかするからああやって変な時間に目が覚めるんだよ。体が資本のこの仕事を、よく今までそんなだらだらとした生活リズムでこなしてたな。


「少尉は、まだ入院してる?」

「…、僕はなんともないって言ってるんだよ」


そうだ、なんともなっていない。なのに、おとなしくしていろと言わんばかりに何も僕のところには連絡がこない。
早く、早くシュタイナーを取り戻したいのに。気ばかり焦って、現実はそうもいかない。
また苛立ちが込み上げてきたとき、いつの間に食べ終えたのか皿の乗ったトレーを持って死神が立ち上がる。袖を通さずに、軍服を肩に引っ掛けるようにして羽織っていた。


「いまは、休む時間なんだよ。ゆっくり落ち着いたらいいと思う」

「な、」

「まだテロリスト…ソウギシャだっけ、向こうの動きも読めてないんだし。たしか、少尉もテロ対策班に配属されてたはずだから、復帰したらいっぱいお仕事できるよ」


じゃあ、いくね。軍服の袖と、ざんばらで切り揃えられていない夕陽色を棚引かせながら、死神は席を離れていった。
なんだか、見透かされてるみたいで、わかってて情けをかけられたみたいで、また胸のうちを掻き乱されるような感覚。

疎らとはいえ他人がそこここにいるラウンジで、思わず咬みつくように叫んでいた。



「慰めるな!!」



***



ふあ、と欠伸が思わず出た。
眠いのはいつものことだ。戦闘中でさえこの気だるさに苛まれることがある。

病棟を出て、隣接しているGHQ本部のボーンクリスマスツリーに入る。入り口のキーに軍人番号を入力して、虹彩認証システムと手形認証システムをクリアすると自動扉が開く仕組みだった。
空調が効いていてやや寒い建物内。いつも肩に羽織る士官服に袖を通した。

えっと…、嘘界さん、どこにいるんだっけ。
きょろきょろと辺りを見回すけど、嘘界さんの所在を知ってそうな人はどこにもいない。皆忙しそうに、せかせかと歩いて行ってしまう。

こうなったら、ローワンに聞いた方が早いかな。あれ、ローワンって今立ち位置なんだったっけ。副官のままなんだとしたら、今回指揮をとることになった局長の側近かな。それとも、彼もテロ対策班に配属されたんだったか。
ローワンの所在もあやふやで、行く宛が思い付かず困っていたところ、肩にぽんと誰かの手が乗る。
くるりと振り返れば、そこにいたのは嘘界さんその人だった。嗚呼、探す手間が省けて良かった。


「おはようございます。あ、こんにちは?」

「えぇおはようございます、こんにちは。急に呼びつけてすみませんね、目はもういいんですか?」

「あぁ、はい。一日ぐっすり寝たので」

「それはよかった」


嘘界さんは不思議な人。上司なのに、部下に向かって気遣いだとか、多少謙遜するような言葉を使うのに、頼み事≠ニ称した命令は絶対断れないような見えない圧力をかけてくる。
この人は、私の恩人だから。どんな汚い仕事でも、危険な仕事でも、喜んで引き受ける。彼が頼みたいことがある、と言ったとき、それは私に対する職務命令に等しい。


「で、頼み事ってなんですか」

「あぁ、ここではなんです、私の執務室に行きましょう」

「はい」


ふと、そういえばローワンは、と思い返す。
まだ言葉にしていないのに、私の意思を汲み取って嘘界さんは微笑う。


「昨日君の代わりに、彼が報告に来てくれましたよ」

「え」

「それで、まだ君が眠っているというから様子を見に行ったんですが」

「あぁ、それで起きてたのか≠チて」

「はい。彼には、今別の仕事を頼んでいます。安心なさい、彼も昨日のうちにしっかりと休養を取っていたようですから」


良かった、と唇から漏れたのを聞き取った嘘界さんが、くつくつと喉の奥で笑った。「まったく、君は優しいですねぇ」と。
彼は謙虚というか、引き受けた仕事は必ずこなす代わりに無理をしがちだから。休めたんなら、良かった。
皆に皆こうやって心配するわけじゃない。彼だって、私の大切な人に変わりない。


二人がいなかったら、私はいま、ここにいることどころか、生きていくこともままならなかっただろう。




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