***

「失敗でしたねぇ、まさか捕虜にされるとは」


男は、ロビーのように広々と解放感のある休憩室のソファーに腰掛けながら、コーヒーにシロップをこれでもかと言うほど入れ、かき混ぜながらぼやいた。
休憩室の窓はほとんど壁のように一面に広がっている。方角的に、すぐそばの海ではなくごみごみと広がる東京の町並みが見渡せた。


「…で。彼女はいま、何処に?」

「は。軍専用病棟の一室で、大事をとって療養しています。向こうで自白剤を投与されていたようで、意識が混濁していましたので…」

「そうですか。まぁ…いつもよりぐっすり眠れた程度の負荷でしょうけどねぇ」

「…はあ…」


疲労しきっているにも関わらず、帰還したローワン大尉は目の下にうっすら隈を作ったまま、死神の名を持つ准尉の直属の上司に、彼女の代わりに報告に来ていた。
彼は、何かと彼女の面倒を見てきた。故に、この嘘界と呼ばれた上司とも随分な顔馴染みである。ただ、やはりこの人の異質な雰囲気には未だに慣れず、いつも変に緊張してしまう。


「まだ眠ってるんですね?」

「はい。帰還してからというもの、一度も目を覚ましません」

「ふむ。…ちょっと見に行きましょうか」

「え、…いや、あの、嘘界少佐。まだ目は…」

「良いじゃないですか。可愛い子が帰ったのですから、顔を見に行っても」

「子って…」

「あの子は僕の子供のようなものですよ、ローワン君。従順で実にかわいらしい」


コーヒーを舐めるように一口飲むと、貼り付けたような笑顔を浮かべて嘘界はローワンに座るよう促した。


「君もご苦労様でした。疲れたままでしょう、少し休みなさい」

「は、…しかし…」

「上司の気遣いを無下にするほど、君は頭が悪いわけではないはずです」

「……失礼します」


ソファーに腰を落ち着けると、一気に緊張感が緩んでしまった。疲れが微睡みになって襲ってくる。
上司の前で居眠りをするわけにもいくまい、と彼は銀縁の眼鏡を外し、眉間を摘まんだ。


「……にしても、ダリル少尉はともかく、我々にまで保釈金が出るとは思いませんでした」

「おや、簡単に部下を見捨てるほど私も血は凍っていませんよ?」

「ああ、いえ、そういうわけではありません…」

「冗談です。私一個人としての意思はともかく、軍としては実質皆ダリル少尉のおまけだったでしょうねぇ」


ローワンは嘘界にバレないよう奥歯を噛み締めた。
GHQの総帥ヤン少将の息子、ダリル少尉が捕虜になったなど、そんな情報が出回るわけにはいかない。軍の体裁を保つためにも、彼は解放してもらわなければならなかった。
歩兵に比べオペレーターやローワンのような技術武官は貴重であるということを含めても、他の者が一緒になって解放されたのはダリル少尉がいたからという理由に天秤が傾いてしまうだろう。逆に少尉だけを救出しても、軍の威信に関わるからだ。
金の代わりに、それもおまけとして解放される。軍人としてのプライドはズタズタだ。普段寛容で温厚な彼が、悔しさに歯噛みするのにも頷ける。

そんな彼に、やや明るい調子で嘘界は告げた。


「あの少佐の尻拭いも大変だったでしょう。いいんですよ、今回は彼の指揮ミスということで」

「………」

「保釈金も、僕が情報をいじっておいたので、君とサーシェの分はグエン少佐の手持ちから差し引くようにしておきました」

「え」

「秘密ですよ?」


にやりと微笑う上司に、彼は呆れ困った表情を隠しきれなかった。
この人の考えることはいつだってよくわからない。

コーヒーを飲み終えた嘘界は、携帯を開いて時刻を確認するとまたすぐに閉じ、そしてローワンに向き直った。


「わざわざ報告ご苦労様でした。もう下がっていいですよ、ゆっくり休んでください」

「は。ありがとうございます」

「さて、では僕はサーシェの様子を見てきますかね」

「D-2号室です」

「わかりました」


ではまた、近いうちに。そう残して、静かに扉を開閉し休憩室を出ていった嘘界の背中を見送ると、ローワンは緊張の糸が切れたようにソファーに倒れ込んだ。
アンチボディズのトップが殉職したとなれば、組織内でもまた動きがあるだろう。ただの異動では済まないはず。

ため息をひとつついて、寮室に戻って休もうと身体を起こす。サーシェではないが、目がやけに疲れている気がした。それもそのはず、もう総じて約2日程は睡眠を取っていない。
捕虜として捕らえられ連れられた車内でも、ぐっすり眠っていたのはサーシェと戦闘中に突然意識を失ったダリル少尉くらいだったようだった。
ダリル少尉はそのまま目を覚ますことがなく、タイミング悪く目を覚ましたサーシェはテロリストの一人に引きずられるように独房へ連れ込まれていった。
自分たちのうち数人も尋問を受けたが、話すような事項を知っている人間はいない。ローワンも薬を打たれたが、ある程度は訓練で免疫があったので何も話すことはなかった。

同じ牢に入れられていたのか、ダリル少尉と一緒に帰ってきたサーシェ。今度は逆に、少尉が目を覚ましていてサーシェが眠ってしまったまま起きない。

そういえば、突然意識不明の重体に陥ったダリル少尉も、原因究明と調整のために入院しているんだった。
階も違うし、目を覚ましたという報告もないあたりサーシェはまだ眠っているのだろう。二人が接触することもないはず。


自分は、何を気にしているんだ。


幼い彼女の世話役として昔からそばにいたせいか、やけにその動向を気にかけるようになってしまっている。もうサーシェは今年で17になるのに。
何処かぼんやり惚けている彼女にはそれくらいがちょうどいいのかもしれないけど…おかげで同僚には過保護呼ばわりされている。

そろそろ手をかけすぎるというのも…彼女が自立出来なくなってしまう。

性格に難のある少尉も、サーシェと関わることで少しは扱いやすくなるかもしれないし…


行き着く終わりのない考えが巡り、ぼんやりと睡魔が襲ってくる。
嗚呼、こんなところで寝てはだめなのに。常日頃、彼女に注意をしている自分が寝ては…

しかし言うことをきかない瞼はゆっくりと視界を暗くして、ローワンは眠りに落ちた。



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