は、と我に返り少年を目で追うと、その大剣でオペレート車の一角を切り落としていた。

いけない!

瓦礫から飛び降り、走り出した時。
少年は、コフィンを開き一人のオペレーターの胸元に手首まで突っ込んでいた。光の螺旋が噴き出す。


「少尉…!」


最終的に少尉が無事なら良かったはず。
…なら全然良くない状況じゃないか!

胸元に手を突っ込むなんて、昔のホラー映画みたいだ。そのまま、心臓を抜かれてしまう。
昨日はミサイルに怯えていた少年が、そんな残虐なことできるはずもない。少尉みたいな、ちょっと変わった人格してたら別だったかもしれないけど。
とにもかくにも、その手を引き抜いてもらわないと。私はカチャリと銃を向ける。


「!」


……興味を惹かれたら、任務を放棄してまで見入る癖…直さなきゃなあ。
頭の隅でそうぼやく私がいて。瞳は、撃ち抜く先の頭ではなく、螺旋を引き抜く彼の右手に釘付けだった。

なんだろう、あれは。

彼の右手は、白光の螺旋を纏いながら、それとは正反対のごつごつした無機質さを感じさせる結晶のようなものの塊を手にしていた。
石とは違う。結晶…というほど、輝いてもいない。
…そうだ、磨く前の宝石。原石だ。あれに、似たような感じがする。

しかし、どうして少尉の胸からあんなごつくて大きなものが出てくるんだろうか。
どういうイリュージョン?エンターテイメントにはあまり興味がないから、その辺は詳しくない。

完全にそれを引き抜くと、ばらばらと屑になって石が剥がれ落ちていく。彼の手に残ったのは、奇妙な形をした、銃のようなものだった。
…いや、少し違う。スコープのような、覗き穴がある。少年は、小さく「できた!」と呟くと、走り出す。

……興味からじゃない。処分しなきゃ、だから。私は少年を追う。
ちらりと横目に少尉を見やる。意識を失っているようだけど、顔色は普通だったから多分死んでない。…あ、良かった、微かに胸が上下しているのが見えた。

とにかく、私は少尉の護衛ではけっして無いので、そのまま放置して少年の背中を追いかけた。


急ブレーキをかける足に、砂利を擦る音がする。
角を曲がった先の道路で立ち止まった少年は、その銃らしきものを構える。やはり、スコープを覗き込んでいるようだ。

私も、彼の少し後ろで立ち止まり、銃を構えると同時に照準を合わせた。


「動かないで」

「!」


一応、日本語で言ったから、通じてるはず。でも彼はこちらを見向きもせず、構っている場合ではないとでも言いたげに狙いを定めた。


「…っ行け、万華鏡…─ッ!!」


彼がトリガーを引くと、発砲音というより、データ処理をするような機械的な音が鳴り響く。
すると、銃口から煌めきが発射された。レーザーなんて無愛想なものじゃない…繊細で、でもしっかりと芯のある輝き。

発射された先を見て、はっと気付く。あっちには、指揮車があるはずだ。
ということは、レーザー光線が───彼らのリーダーを、射抜く瞬間なのではないか。


廃ビルの割れたガラス窓の向こうに、赤い光が見えた。



私は、声を出すこともできず、瞬くこともできず。大きく目を見開いて、食い入るようにその光景を見つめた。



煌めきが、花開いたのだ。



一瞬の出来事で、全てを網膜に焼き付けるよう集中しすぎたせいで、眼球の奥がつきりと痛む。
と、爆発が起きて、皮膚を焦がすような熱風がビルの隙間から吹き込んできた。反射で、両腕で顔を覆った。


煌めきは、レーザー光線の攻撃を受けると、瞬時に球体の透明な防御壁を展開した。
跳ね返るレーザーが壁に当たる度、不思議な音を響かせながら蜂の巣のような六角形の防御壁が蒼の燐光を弾いていく。
ドーム内を赤の線が駆け巡り、最後に爆炎へとその赤の姿を変えた。


なんだ、あれは。
すごく…綺麗、だった。


「……ねぇ、」

「っうぁ、はい!!って、やば…っ!」

「撃たないから、ひとつ、教えて」

「……っ、え…?」

「それ、何?」


「ま…万華鏡、です」


万華鏡。マンゲキョウ。
えぇと、えぇと…英語で、何て言うんだろう。

私がマンゲキョウ、と繰り返しているのを見兼ねて、彼がそっと口を開く。


「た、たしか…、カレイド、スコープ…です。万華鏡を英語で言うと」

「…カレイド、スコープ…」


あぁ、あれか。くるくる回すと、中がきらきら変わる、不思議な玩具。
でも、なんでそんなものが、少尉の胸から出てきたのだろう。


「……もうひとつ、聞いてもいい?」

「ぇ、あ、はい…、僕が答えられるなら…」


気弱そうにびくびくしながら応答する少年。彼の本来の性格がそうさせるのか、それとも私がアンチボディズだからか。
あまり気にすることなく、問うてみた。どうして、少尉の胸からそれが、出てきたの?≠ニ。


「…えっと…すみません、答えられません」

「そう」

「僕にも、よくわかって無いんです…どうして、ここにいるのかも、曖昧で」

「でも、君はテロリストに協力した」

「しろって言われたんだ!」

「結果は同じ」

「……そう、です…けど、」


自分の手の中のマンゲキョウを見つめる少年は、悔しそうな、自分でもあまり納得いってなさそうな表情をしていた。


「君、名前は?」

「……、…桜満、集…」

「私はサーシェ」

「…サーシェ、さん…」

「また会うかもしれない」

「っ、」

「…次は、君の命をもらう、かも」

「!」

「…でも、君に、興味がある。…から、よろしく」

「…え…?…えっと、よろしく…」


おどおどしながら、首を傾げて見せる、オウマシュウ。

ふと、空を見上げると、まだ昼間と言える時間帯なのにも関わらず空が橙を帯びていた。燻る炎の陽炎の色が重なっているのだろうか。
すると背後に気配を感じて振り向こうとしたら、強く腕を掴まれ、後ろ手に拘束された。
銃もスられた。弾だけあっても使えない。


「涯!」

「そのまま拘束して、他の残存兵どもと一緒に捕虜にしておけ」

「了解」


見上げると、年の近そうな、尖った雰囲気の男がいた。
捕虜。…そうか、負けたんだ。あの爆発の真ん中にいたんじゃあ、グエン少佐も生きてはいないだろう。
元より抵抗する気などない。命令をする上官がいないんじゃ、どうしようもないし。他の残存兵も、ということは…オペレート車も、押さえられてしまっただろうか。

テロリスト殲滅作戦は逆にこちらが殲滅されてしまったし、私に課されたオペレート車を護衛する#C務も失敗してしまった。
捕虜かー、ご飯まずかったら嫌だなぁ。痛いことされたくないなぁ。

あの人≠ノは、なんて報告すればいいんだろうか。


黙って連行されていると、葬儀社の人間にコフィンからダリル少尉が引きずり下ろされているのが見えた。力なく項垂れているその姿に、ちょっとだけ心配になった。
あんなに勢いよく手突っ込まれたら、痛かっただろうなぁ。叫んでたし。


つきり、また目が痛む。
使いすぎたかな。疲れがどっと目にきてる感じがする。
瞼を閉じて少し立ち止まったら歩けと急かされた。いっそ少尉みたいに担いで運ばれたら楽だろうな。いいなぁ、少尉。


ロープのような紐状の何かで手首を縛られると、ヘルメットを取られた。アジトまでのルートを見せないように、目隠しをするためだろう。
ヘルメットを外したことによる解放感と、目隠しの暗闇で微睡み始めた私を装甲車の中に押し込む男。やれやれと座り込むと、次から次へと、生き残った第二中隊のオペレーターたちが詰め込まれてくる。瞼を閉じていても、光の陰りで分かった。

ふと、何か横に衝撃を受けて、バランスを取るために足をやや広げて踏ん張ると、何かが左足に引っ掛かった。…えっと、足?

どうやら、私たちと同じように拘束と目隠しの処置をされたダリル少尉が放り込まれてきたらしい。彼が最後だったようで、装甲車の扉は閉まってしまった。
……意識のない彼に寄り掛かられるということは、彼の全体重を私が支えてやらねばならないということで。正直、腕を拘束されているのでしんどい以外の何者でもなかった。
なんとか体勢を変えられないかと身を捩っていたら、重みが肩ではなく太ももに落ちた。……あー、まぁ、少し楽になったしいっか。


彼のすやすやと眠る息の音を聞いていたら、先程の微睡みが暗闇になって襲ってきた。
嗚呼、呑気に寝ている場合ではないのだろうけど、眠いものは眠いのだ。


そういえば、あのマンゲキョウの煌めき。
夜空の星みたいで、綺麗だったなぁ。


をつくる人
(汚れをしらない、曇りなき輝き)




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