不思議だ。
知ってるのに、知らない人みたい。


「ダリルくん、だよね」

「なに、いまさら」

「いや、ほら。だって、急すぎて」

「そうでもないだろ。僕研修でここ3週間はずっとあの学校に通ってたぞ」

「うそっ」

「だってお前、1週間は日本行ってていないし、非常勤とか言って1〜2時間授業やったらさっさと帰っちゃうし。それも2〜3日に1回あるかないかみたいなペースで」

「そ、そんなこと言われても…」

「土日はバイトとレポート作りでこっち来るどころじゃなかったし」

「いや、それは知らない。
ていうかバイトしてたの?」

「社会勉強って言ってやらされてんの。刑務所出たときの契約でね」


5年ぶりに寄せた肩は、少し大きくなっていた。


頭を彼の肩に預けて寄りかかると、彼の頭が私の頭に寄りかかる。目は合わないけれど、ぬくもりを感じられて、それでいて懐かしく思う。変わったのは、彼の石鹸みたいなにおいと、私がどきどきしてることくらい。


彼は、この5年間の半分以上を病院で生活したらしい。



「バイトってどこでしてるの?」

「教えない」

「えー」

「教えたら来る気だろ、お前」

「そりゃあ…ねぇ?」

「ねぇじゃないよ、可愛く言って誤魔化してもだめだからな」

「そんなつもりじゃなかったんだけどなー……
じゃあさ、何してるの?」

「…………喫茶店のウェイター」

「うわあ、見てみたいなぁ」

「だからだめだって!」



私はくすくすと小さく肩を揺らしながら笑う。
ダリルくんは、照れたようにまたケーキを食べ始めて、暫くの間話してくれなかった。




5年前、彼は法廷に立って、こう言った。



「チャンスをください。お願いします」



アメリカでは、呆気なく極刑が確定する。
少年犯罪の域を越えた大量虐殺犯、ダリル・ザ・マサカーは、かつての気高いプライドを捨て、初めて生き繋ぐために命乞いをした。


少尉という立場で、計画の詳細は知らされずとも、士官の一人でありエリートオペレーターとして戦場の最前線で活躍していた彼。
彼の家庭環境、欠落した感情部分、そして過去に組織に実験体とされ様々な研究の被験者になっていたこと、その貢献具合を差し引いても、彼の罪はけっして軽くはならなかった。

特に、親殺しはアメリカでは重罪だ。
彼はいいとこで終身刑、どちらにせよ死刑、そんな判決の間を彷徨っていた。


そこで、彼は法廷で頭を下げた。
声を張り、決死の思いで訴えた。
涙を流しながら、何度も何度も、生かしてくれと叫んだ。


罪を認めたとて、それが消えるわけではない。
だけど、償いたいと思った。彼女が繋ごうとしてくれたこの命を、彼の上官が身体を張って逃がしてくれたこの身体を、もう一度新しい人生のために使いたいと思った。


少年犯罪と呼べる域の罪ではないにしろ、状況判断が正しく行えなかった当時の精神状態や、これから彼が社会に再び貢献することを考慮した上で、彼はついに生きるという選択肢を与えられた。
それも、獄中ではなく、社会復帰する道を与えられたのだった。

彼は2年間、ゲシュペンストを操縦するために行われた肉体改造から回復するため、幾度となく手術を繰り返し、厳しいリハビリに耐え、その後は精神鑑定を経て医療少年院に送致され、社会復帰するに必要なことを一通り学ばされた。
彼の異例な更生スピードにより、懲役期間は短縮され、彼は判決からおよそ3年で刑務所を出たという。
何か特別なことをしたわけじゃなかった。根っこにくすぶるものがからきしなくなってしまったわけでもない。時には殺人衝動に似たものに駆られたし、短気なところが改善されたわけでもなかった。

ただ、待っている人がいる。会いたい人がいる。その一心で、彼はひたむきな努力を続けた。

彼は2年間観察保護者となる少年院の役員と同居すること、社会勉強としてアルバイトの形で働くこと、15年間の執行猶予が付加されることを条件として自由の身となった。


彼は今、とある大学に復学し、機械工学部の生徒として日夜勉学に励んでいる。
すべては、やりなおすため。過去を清算し、無に帰すことで改めるのではなく、過去を踏まえた上でもう一度人生を歩むため。


そして、そんな彼の姿を、彼女が知るはずもなく。





「なんで職員室で会わなかったのかな…」

「担当が全然違うからじゃない?僕はエンドレイヴオペレーター志望の生徒のクラスを持ってたし、そうなると教室校舎も違うから」

「ダリルくん、先生になるの?」

「いや、今は作る方向で考えてる。昔から携わってきた身だし、それなりに熟知してるつもりだから」

「そっか」



野菜ジュースをちびちびと飲みながらぼやけば、デザートフォークを唇に当てながら彼は言った。


彼が、きちんと未来を見据えてこれから生きることに真摯に取り組む姿に、心底安心する。
自分のエゴで勝手に連れ出して、背負わせて、結局彼に何もしてやれなかったんじゃないかとひどく不安だった。だけど、彼はいまを生きていて、こうして自分に会いに来てくれた。それだけで、いまは満足で、幸せだった。


「せっかくお前の勤務先がわかって、漸く渡りつけて研修に来たのに…
やっぱりマンションの前で待ってて正解だったな」

「なんで私がここ住んでるってわかったの?」

「僕の担当教諭に教えてもらった」

「え…?だれ?」

「リリア・シギース」

「あぁ、リリア先生が…って、フルネームだし呼び捨てだし」

「いいじゃん、学校では先生って呼んでたし敬語も使ったよ」

「ダリルくんが敬語って、なんか慣れないね…」

「お節介眼鏡みたいなこと言わないでくださいサーシェ先生」

「うわあ、新鮮」

「なんだようわあ、って」


やっと慣れてきて、会話が続くようになってきた。
5年もの月日は、人を変える。彼がそうだったように、私も少なからずは変わっただろうか。

でもまだ、なんだかぎこちない。
こんなでいいのかなって、そんな感じだ。

そんなふうに思っていたとき、ふと彼が呟いた。


「……なんか、変わったな」

「うん」

「髪伸びたし、眼鏡だし」

「眼鏡はね、パソコン使うときだけかけるの」

「ふうん」

「ダリルくんも、最初誰かわかんなかったよ。髪伸びたね」

「あぁ、これね。みっともないから手術の跡隠してるだけ」

「…そっか」


二人でちょっとずつ食べて、テーブルいっぱいにあったケーキもあと2つだけになった。

レモンタルトと、ショートケーキ。
私がだいすきな味と、彼がすきだと言った味のふたつ。


「ねぇ、バースデーソング歌おっか」

「は!?いいよ、子供じゃないし」

「でも、毎年お祝いするとき歌うよ?」

「ひとりで?しかもお前音痴じゃん」

「こういうのは気持ちが大事なんだよ」

「ローワンが言ってた?それとも嘘界か?」

「ふふ、二人とも」


買ってきた蝋燭を一本、ちょこんとショートケーキに刺して、マッチで火をつけた。
部屋の電気を消すと、ゆらゆらと危なっかしく小さな灯火が揺らめく。

結局私ひとりで歌って、私ひとりで小さな拍手を贈った。


「はい、火吹き消して」

「…ねぇ」

「なーに」

「……約束、覚えてる?」


不意打ち過ぎた。
いまそんなことを言われると思っていなかったせいか、どくりと心臓が跳ねて、ひゅ、と呼吸の音がした。

蝋燭の薄明かりの中、小さく頷く。
蝋が溶けて、ケーキに落ちてしまいそうだった。


「やりなおそうって話、覚えてる?」

「………うん」

「そっか」


ワンルームにぬいぐるみだらけでより狭く感じるその空間を、少しぎこちない沈黙が支配する。

床についていた手のひらに、彼の体温が重なった。



「今までの僕らは、友達≠セ」



私が、なりたいって言った。
彼は、それがどういうものかわからない、なんてぼやいてた。

私がこれまでの人生で学んだ友達というもの。
それは、その人の人格を形成する、大切な大切な柱のひとつ。

友達と過ごした時間が、その人を成長させる。何度も失敗して、それでも立ち上がって、その背中を追って追われて、一緒に歩く。



「だから、もう友達はやめよう」



鼓動が、速くなる。
息がつまった。苦しい。
胸の奥が、息苦しい。


彼の体温が、私の手のひらを優しく包み込んで、そっと握った。


「僕、叶えたい夢があるんだ」


静かな空間に、彼の声と、私たちの呼吸だけが響く。



「子供がほしい」

「…………

  え?」



突拍子もない発言に、思わず隣の彼を振り仰ぐ。
相変わらず蝋燭を見つめたままで、頼りない明かりに照らされた横顔が続けた。


「一緒に遊んで、ご飯食べて、いろんな話をするんだ。時々一緒のベッドで眠って、夢物語の話をする。
あぁ、たまにはテーマパークなんかに遠出するのもいいな。賢い子になってほしいから、クラシックコンサートとか、いろんななかなか触れられないものに触れさせてあげたいし、単純に家でゲーム対戦するのもいいかもしれない。

勿論、その子の誕生日は家族全員で祝うんだ」

「……まって、ダリルくん?」

「やりたいことが、たくさんあるんだ。
僕が出来なかったこと、僕らの子供にしてあげたいと思うんだ」


僕、ら?

それって、つまり、要するに、


「だから、サーシェには、優しいお母さんになってほしい」


すみれ色が、やっと私を見る。
なのに、私の視界はくすんで揺らいで、あっという間にぼろぼろ崩れ落ちた。

会わない間に随分泣き虫になったね、なんて言って笑わないで。
だって、だって嬉しいんだ。

こんなサプライズってない。
だって、誕生日は彼のはずなのに。


「結婚は、もう少し生活が安定してからにしたいな」

「……は、話、早すぎるよ…、」

「うん、僕もそう思う」


嗚呼、なんて。

なんて、綺麗に微笑うようになったんだろう。



「だから、さ。


恋人から、始めよう」



しゃくりあげた私の背中を優しく抱き寄せながら、ずっと、ずっと待っていたそのひとは、蝋燭が短くなるのも気にとめず囁いた。



「サーシェ、君がすきだ」

「……ぅ、っく……」

「だいすきだ」

「……っ、うん……っ」

「だから、

だから僕と、」




さあ、やりなおそう。
もう一度、はじめよう。




「家族を前提に、付き合って」





I walk with you.



隣を歩くのが友達だとしたら。
手を繋いで、寄り添って歩くのが恋人だろうか。

約束するよ。

これから先、何年だって、何十年だって。
一緒に歩こう、走ろう、立ち止まろう。
思い悩むことがあったら、一緒に考えよう。素敵なことには、一緒に喜んで、寂しいことには一緒に悲しもう。

これから先、一緒に歩くひとが、肩を並べて前に進むひとが、きっともっと増えていくよ。
増えて増えて、また減るかもしれない。ふたりぼっちどころか、いつの日か、どちらかが先にいなくなっちゃうかもしれない。

でも、もう怖くないよ。
私達には、一緒に歩いてきた道が、時間が、思い出があるから。


もし、私が先だったら待ってるよ。君が先だったら、おんなじ場所で待っててね。
また二人会えたら、もう一度手を繋いで帰り道を歩こう。ゆっくり時間をかけながら、思い出話をしよう。


そうして、何度も何度も、また廻り逢って、手を繋ごうね。

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