まず、順を追って話すことにする。



あの日、2039年12月24日。

昼から夕刻にかけて行われ、日本国東京都、お台場地区の南の埋め立て区にあったボーンクリスマスツリー≠ニ呼ばれていた旧GHQ本部を、テロ組織葬儀社≠ェ占拠し、その後自爆したとされる事件───ネオ・ロストクリスマス≠ェ起こった。


このネオ・ロストクリスマスと同じ年の秋に起きた六本木消失事件、通称ロストフォート、そしてそこから10年遡った2029年のロストクリスマス。3つをあわせて、トライロストなんて一部では呼ばれてる三大消失事件。
これらの事件は未だに全容を明らかにしておらず、また同時期に謎の病原菌アポカリプスウイルスを元とした感染症、鋼皮病がネオ・ロストクリスマスを境にぴたりと止んだことによる関連性も、まだはっきりとは分かっていない。
これらにおける政治や国際社会での詳細な動き、当時の表向きな詳細は、調べてもらえれば一発だと思う。あの頃の日本とアメリカについて、各国の専門家や政治家達は何度も考察を重ね、そして今もなお論争を繰り広げているのだから。


私がこれから話すのは、本当に私的な事実と考察。
あくまでも私主観の事件の全容であって、当時現場に居合わせた私にも事件の黒幕の存在や詳細はわからない。
だから、聞かなかったことにしてほしい。聞いても、忘れてほしい。全部全部、私の独り言。

これは、私の利己的行動が引き起こした現実であり、今も消えない、死んでも消えない、消してはいけない、罪の話。
そこから私が足掻いて足掻いて、漸く手に入れたいまの話。




あの日、私は泣いていた。


だいすきなひとの背中で、
泣いていた。



嵐のような凄まじい戦闘で全身に重傷を負っていた私が、最後まで気力を保っていられたのは、たったひとつの儚い願いのためだった。

私には、家族と思えたひとがいた。

スラムで捨て子として孤独に生きた私を、拾い、育ててくれた、何の血の繋がりもないけれど大事なひとたち。
親と思っていたひとは、とある戦闘で殉職した。私はその光景を目の当たりにしていた。

命の恩人で、へんなひとで、いまの人間関係を築けたのは彼が全ての始まりだと思う。
感謝してもしきれない。ただ、その恩返しをしきれなかった。一生ついていくつもりだった。最後には、肉体無き彼の遺志に、命を救われてしまった。


兄弟のように思っていたひとは、上官だった。
部所も所轄も違うのに、世話係としてたくさんお世話になったひとだった。私に言葉と常識を教えてくれた。身の回りのことをひととおり出来るようになったのは、全部このひとのおかげだった。

ネオ・ロストクリスマスで、崩壊する施設から避難する際に、私ともう一人を逃がすために残って、それからは行方知れずだ。
ただ、後に彼のものだと思われる血塗れの士官服が見つかったことだけは聞いた。あとは何もなかった。それしか、なかった。

ただいまが、言えなかった。


友人で、恋人のように思い慕っていたひとがいた。


私とおんなじようにひとりぼっちで、でも私と対極にいるようなひとだった。
ひとりぼっち同士ぬくもりをわけあって、一緒に過ごすようになるうちにかけがえのない片割れのような存在になっていって。

たくさん喧嘩して、たくさん仲直りした。
何度も交わしたあいしてるの言葉より、最後に彼が告げてくれたすきの言葉が愛しすぎて、どれも変わりない想いの形なのに、私はいまも思い出の彼から抜け出せずにいる。


みんなといる日常を守りたくて、
大切なひとのいのちを守りたくて。

そうやって、一生懸命やってきた。
なのに、最後の最後に、全部散り散りになってしまった。


守ると、助けると決めたものが、扉の向こうに消えた。
迫る軍靴の音に、鳴り響いた銃声が、全てかき消した。

額に残ったぬくもりは、今も消えないのに。


死神と呼ばれ、表情も感情表現も出来なかった私に、彼らと過ごした日常は人間らしさをくれた。
それでも流すことが叶わなかった涙。生まれてはじめて流したそれは、止めどなく溢れて、私の叫び声も濡らした。


私をおぶって崩壊から脱出した彼と、夕焼けに消えていく思い出≠フ崩落を見た。
全部、ぺしゃんこになって、なくなった。

咽び泣く私を、最後まで抱き締めて、背を叩いてくれた。
頭を撫でて、胸を貸してくれた。

やがて、国連軍の人達がやってきて、私と彼は別々に捕縛、連れられることになった。
顔をぐしゃぐしゃにして、泣き止まない私を最後に抱き締めて、鼓動を聞いて、またねと言ってくれた。


私は、いつまでもいつまでも、沈んでいく空に泣き続けた。



裁判は、簡素なものだった。
私には嘘界さんがくれた物的証拠があったし、計画の詳細を知らされていないこと、最終的にはそれらを阻止すべく行動していたことが認められて、数ヵ月の懲役だけで無罪放免になった。
死神とまで呼ばれた私が無罪放免だなんて、どういうことだろう。果たして赦されることだろうか。


赦されるはずがない。
私は、ずっとずっと、背負わなければならない。
一生をかけて、今まで摘んだ命の分、喪ったひとの人生の分、償わなければならない。


幸せじゃなくていい。



身寄りもなく、生きる道も無くした私。懲役の期間内に傷もほぼ完治し、行く宛もなかったそこに、あるひとが道しるべをくれた。

倉知さんだ。
供奉院家に短期間とはいえ貢献した身として、報酬のかわりに勤め先を紹介してくれた。
供奉院家の伝で、私はアメリカのとある海辺の町にある、軍人養成学校の実技科目担当の非常勤講師になった。

経験者の方が良い、と学生寮の一部を借りて住み込みで働かせてもらえることになって、私は新しい環境で新しい生活を始めた。
始めはやっぱり年齢や過去の実績、死神の二つ名のせいで距離を置かれたり、生徒も話を聞いてくれなかったりした。でも、めげなかった。やっぱり、私の取り柄はこれしかなかったから。

暫くして、皆が私にも慣れ始めてくると、逆に年が近いことに親近感を覚えてか生徒たちから信頼を得るようになった。
そうして他の教師の方々とも関係を築けるようになると、私は精神的に余裕が出来たことから他方面にも目を向けるようになった。



君の人生を生きるんだ



彼らが、私に遺してくれたもの。それをなんとかして、私のこれからの人生に活かしたかった。
新しい環境でも、私らしさを残しながら、生きたいと思った。

幼い頃、嘘界さんが読み聞かせてくれた絵本。
覚えの悪い私に、ローワンが繰り返し教えてくれた言葉。

ダリルくんがくれた、感情の豊かさ。


そうしてたどり着いた副業。
思いつきで投稿したものが審査員の目につき、更に反響を呼び、今では国内外に限らず出版され、話題の作家として雑誌にも取り上げられるようになった。


サリー・H=テッド。私は、児童文学作家として、その名で知られるようになったのだ。


経験をおとぎ話にすり替えて書いただけ。でも、この仕事に就けて良かったと今では心底思ってる。
寧ろ、今じゃこっちのが本業みたいになっちゃってるけど。

今の私の夢は、国際社会の暗黒時代として大人にさえ触れられなくなってしまったトライロストを題材に、お話を書くこと。
真実を子供たちに伝えられる大人になりたいと思った。あの悲劇のなかにも、優しいひとたちがいたことを、たくさんのひとに知ってほしいと思った。


あの頃じゃ、想像もしなかったこんな未来を、私は生きていて。



無くした分だけ、前に進みたい。
その一心でここまでやって来たけど、まだ果たせてない約束がある。




彼の消息は、私にもわからない。




必ず迎えに来る、と言ってくれたひと。
話に聞けば、あの日の戦闘を最後に組織内で死罪が確定していたそうだ。

私が刑務所を出たあと、いや、あの日別れたあの瞬間からそれ以降、彼がどうなったのかを、私は知らない。


ダリル・ヤン。彼はいま、生きてるのだろうか。
本当に、再会は叶うのだろうか。


すっかり女らしくなった私を見て、彼はなんて言うかな。
初めは男だと勘違いされていたのが、懐かしい。

ねぇ、約束を信じていていいよね。
生きようって、やりなおそうって。
だから、またはじめまして≠ゥらやれるって、信じてる。


未練がましくも、未だに捨てられずにいる黄色のセロハン。
彼に託したはずの願いは、今や私の手のひらの中。


どんなに変わったって、変わらない想いはいつまでも胸の中にある。

もし、もしも会えたなら。
なんて言おう。何をしよう。

今日もそんなことばかり、考える。



あるのかもわからない希望の星。
その輝きを探しながら、何かひとつ欠けたような毎日を、生きていく。



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