セメタリーに飛び込むと、そこにはダァトの人達ばかりが詰めていた。


「貴様、何者だ!!」


銃を一斉に向けられたって、怖くない。
いのりの歌がついてる。絶対、負ける気がしない。


辺りを見回した。
一際目立つ赤色、腕章のそれが目に入って、私は呼吸を忘れる。


「……ローワッ、」


息を吸っても、呼吸が出来ない。
胸の奥がつきりと痛んで、鼻の奥がつんとした。


「サーシェ!!?」

「…っそれ、ダリルくんのコフィン!?」

「あ、あぁ…ベイルアウトしたはいいが、意識を失ってるようで…」


蓋が半開きになっている巨大なコフィンから、見慣れたグレーのエンドレイヴスーツの腕が覗く。
感傷に浸っている場合じゃない。やっと中間地点だ、気を抜くな。そう自分に言い聞かせて、コフィンに駆け寄り、絶句する。


ぼろぼろだった。


いろんな管が繋がれたままの彼は、変わり果てた姿で。
スーツの切り開かれた胸元から鈍い輝きを放つ奇妙な機械が覗く。どうして穴が開いてるの。そこには本来、ダリルくんの肌があったはずでしょう。
なんで管が出てるの。それに、どうしてこんな、結晶まみれなの。

気を失って静かに瞼を閉じている彼の表情は、一見無垢に見えて、ひどく憔悴しきっていた。


ごめんね。ごめんね、ごめん。

こんなになるまで待たせて、ごめんね。


「ローワン…」

「なんで戻ってきた!?」

「っ、」

「君はもうアンチボディズじゃない!なのに、何故!?」


責めるような声音と、鋭い視線。
胸裏を抉られるような感触に、表情が歪んだのが分かった。


「貴様は何者だ!!答えろ!!」

「………」

「答えなければ、撃つ!!!」


バイザーをして顔のわからない青年の一人が、声を上げた。
彼、いや彼らの指が、トリガーにかかるのが音だけで分かる。

ローワンはダリルくんから一心不乱に管を引き抜いていく。
彼は一向に目を覚まそうとしない。


私は、深呼吸をすると、腰のホルダーからお気に入りの拳銃を二丁、引き抜いて構える。



「私はサーシェ。死神でも、此処の准尉でもない。


家族を、助けにきたの」



覚悟はとっくにしてたはずだ。

ほら、後は走り出すだけ。
立ち止まるな、走り切れ。



「ローワン、約束したよね」

「っ、」

「ねぇ、忘れてないよね、」



忘れないで。

生きることを、諦めないで。



「美味しい、うどん屋さんがあるの。
みんなで、食べにいこうよ」



うまく、笑えただろうか。

潤んだ視界から、滴が一粒、ぽたりと落ちていく。



「───待たせすぎだ。
今日くらい、奢ってくれよ」


「………うんっ、」



血が滲んだ右目を手の甲で拭った。
溢れたものが止まらない。
擦っても擦っても止まらなくて、でもすごく、嬉しくて。


ローワンが、ダリルくんを肩に背負って抱き起こした。
私とダァトの人達のにらみ合いが続く中、そこにアナウンスが鳴り響く。同時に、がくりと建物全体が揺らいだのが分かった。


『───ゲノム結晶体によるフレーム構造が暴走中。間もなく当施設は崩壊します。直ちに避難してください。繰り返します。ゲノム結晶体による───』


ざわざわとダァトの人達が騒ぎ出した。
ローワンが、最後に声を張り上げる。


「今すぐ全員、この施設を出るんだ!」

「っしかし…!」

「今すぐにだ!!!これは命令だ!!!」


すると、途端に慌ただしく皆が出入口に向かい出した。
私は残弾を確認しながら、ダリルくんをおぶったローワンと一緒に一番にセメタリーを出ると、1階に続く直通のエレベーターがあるエレベーターホールの方に向かって走り出した。


「ローワン、かっこよかった」

「やめてくれよ、向いてないんだ」

「でも、きっとこれでいろんな命が救われる」

「ほら、喋ってる暇あったら手伝って。俺たちも逃げるぞ」

「うん!」


ダリルくんのもう片腕を私が肩に背負って、二人三脚みたいにして急いで歩く。
本当は人の体重まで背負えるような状態じゃないし、足だって応急処置の意味がないくらいにもうダメになってるけど、それでも止まってるわけにはいかなかった。


ふと、隣のダリルくんの頬から結晶が剥がれ落ちて消えていくのに気付いた。


「え…?……あ、」


不意に訪れた、胸の奥のかたまりの喪失感。
そして、誰かを思わせる、あの引き抜かれる感覚が本当に一瞬だけ感じられた。


「シュウ…?」



思わず、通路の天井を見上げた。
地響きに似た音を立てながら、ゆっくりと崩壊に近付いている。

いのりの歌は、もう止んでいた。





***





全部、忘れようとした。

なかったことにしたかった。


僕が生まれたことすら。

愛してほしかった、ただそれだけの願いでさえも。


誰かに、必要とされたかった───




「────ン、走って!」

「…っくそ、」


痛む頭に、さっきから繰り返されているアナウンスがガンガンと響いて、ひどく不快で目を覚ました。
気分は最悪。思い出すのも、嫌になる。何が何だか…そうだ、エンドレイヴに乗って、それから────


「っもう、弾ないってば!」

「いい、サーシェ!無理するな!」

「大丈夫、あと少し───」


瞬いた世界の真ん中に、あいつがいた。


聞き慣れたお人好しの声に、ずっと聞きたかった、ずっと忘れていたひとの声がした。


残弾のなくなった拳銃を捨てると、今撃ち捨てたばかりの国連軍の奴からアサルトライフルをもぎ取って、また走り出す。
近くの角まで駆け寄って、靴音がすると発砲する。その横顔は、埃と血まみれで、疲れを集中力で捩じ伏せようとするような表情を滲ませていた。


「…サーシェ…、」

「気が付いたか!?しっかりしろ、少尉!」

「っ、うっさい、な……」


ぼやけていた思考が、少しずつはっきりしていく。
感覚共鳴が深すぎて、ゲシュペンストに記憶も何もかも持っていかれそうになっていた。

そうだ、こいつは、僕の上官。最後までお節介焼いてた。
迷惑だったけど、嫌じゃなかった。懐かしいとさえ思った。そうだ、こいつ、確か昔にも───


「少尉、」

「え、」

「サーシェのこと、頼んだぞ」


耳元で、そっと呟かれた声。
すると、お節介野郎は搬出用エレベーターのボタンを押して、開いた扉の中へ僕を押し込んだ。
頭と背中をしたたか打ち、呻き声が漏れる。殺してやる、そう思って睨み上げた。


「──生き直せるんなら、今度はもっと人に優しくするんだ!
本当はいい子だったじゃないか、ダリル坊やは!」


なんの、ことだよ。

待てよ、どういうことだよ。


そもそも、なんだよ。
サーシェを頼むって、なんで───


またひとつ、どさりと倒れこむ音がした。
足元を見ると、押し退けられて床に倒れているサーシェの姿。

手に、アサルトライフルがない。


「っ、ローワン!?」


あいつが、銃を握って立っていた。


「何してっ…、」

「もういいんだ、サーシェ。あとは、俺に任せろ」

「待ってよ!私撃てるよ!なんで…っ、返してよ、ローワン!」

「君はもう、銃を握らなくていいんだ」

「やめ、…っ」

「いいんだよ、サーシェ」


聞いたこともないような、サーシェの悲痛な声。
あいつは、滲んだような優しい微笑みを浮かべながらしゃがみこむと、サーシェを抱き寄せた。



「君の人生を生きるんだ」

「…っ、や、」

「生きていいんだ」

「……、まっ、」

「心配するな。
俺は、ずっとずっと、サーシェの味方だから」



額にキスを、ひとつ。

あいつの身体が離れて、扉の向こうに消えていく。


僕を一瞥したあいつの眼は、真っ直ぐで、どこまでも強い光をしていた。



「…まって、待ってよ、やだ、ローワン…!!
やだ、やだ、やだあ…っ!!!」



扉に縋りつく彼女の意思に反して、扉は閉まり、エレベーターは地上1階に向かって下降を始める。
何度も何度も扉を叩き、殴り付ける姿が痛ましくて、僕は息を詰まらせた。


「いやだあ!置いてかないで、待って、待ってよ!やだ、やだ、やだあああ!!!」


サーシェのこと、頼んだぞ


僕は、緊急ストップボタンに伸ばした彼女の手を取り、思い切り抱きしめた。


「やめてよ、なんで、離してよっ、ダリルく…っ、」

「………、」

「止めてよ、だってローワンが、ローワンがまだ…!」

「……………っ、」

「ローワ…ッ」


こいつ、こんなに小さかったかな。
僕の肩口で泣きじゃくる、大好きで大切な女の子。
彼女の唇を僕の唇で塞いで、離れないように、刻み込むように、吐息を分け合う。

震える彼女の身体を抱きしめた。いやだと首を振るのを、無理やり唇を重ねて黙らせる。
気持ちは痛いほど分かる。僕だって、僕だってあいつのこと、…大事だった。命張ってまで死刑から逃してやるくらいには、恩を感じてた。

ずっと一緒だったって言ってた。
こいつとあいつの心の距離に、何度も嫉妬した。
大好きなのも、知ってる。大切なのも、分かってるよ。


「……サーシェ、」

「………っ、……ぁ、」


視線を重ねて、額を合わせて、言い聞かせた。
自分にも言い聞かせるみたいで、ひどく胸が痛んだ。


「すきだ」

「……っう、…ふ、」

「サーシェが、すきだ」

「………っ」

「だいすきだよ。だから、


やりなおそう」


しゃくりあげるそいつを、しっかり抱きしめて、肩口でまだ泣いているその背中を撫でた。


「生きて、やりなおすんだ。
すきな気持ちは変わらないよ、でも、愛してる≠ヘ僕らには早すぎた」

「……っうあ、」

「だから、待っててよ。
迎えにいくから、今度こそ傍にいるから」


僕が、あいつのぶんまで。



「それまで、これで我慢して?」



ずっと、手に握りしめていた黄色のセロハンのキャンディー。
サーシェの手にしっかり握らせると、もう一度キスをして、頭を撫でる。


聞き分けのない幼い子供みたいに大声で泣き続けるサーシェをおぶって、開いた扉から僕は駆け出した。









必ず戻ってくるから、その時まで君が、寂しい思いをせずにいてくれますように



僕が、今度は守るから。
今度こそ、僕がお前の傍にいるから。

だから、泣き止まないで。
ちゃんと一緒にいるから。

いまくらい、我慢しないで泣いていいよ。


生きて、生きて、生きるから。

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