「第7区画に新たな敵が上陸!
国連軍ではありません!」

「!…葬儀社か!」


報告を受けた俺はモニターを凝視した。
シュタイナーの新型が1機、ジュモウが2機、トレーラーが2台、サイドカー付きのバイクが1台。
この程度なら、大した戦力には見えないだろう。だが、問題はその先頭を走る少年だ。彼一人だけで部隊がいくつあっても足りない。


「!」


シュタイナーの肩に、見覚えのある夕焼け色を見つけた。見慣れない漆黒の服装をしている。
やはり待ち損か。敵に回った以上、攻撃はやむを得ない。

だけど、自分は知っている。彼女は簡単に手折れないことを。


「ゴーストを回せ!」


すると、直ぐ様黒光りする機体が現れた。
這いつくばるような体勢に切り替え、砲台から一発叩き込む。

大きな爆発に思わず息が詰まったけれど、モニターを見てみると銀糸がほどけるように舞うのが爆煙の隙間から覗いた。


「やったか!?」

『違うね。あれはヴォイドだ』


インカムからダリルの声が低く響いた。
相手の手段を、手の内を知っている者の余裕の声音。

彼はいま、機体こそ地下で待機させているが、眼裏のモニターに別枠で映るいまの映像を眺めて今か今かと待ち構えているようだった。


『ダミーだよ。前にも一回ウォールん中で学生が連れてきたことあったろ?』

「あれか…」


見た目、声、それこそ本人と間違わないほど忠実に再現されたダミーだが、サーモグラフに当てると一発で分かるダミー。
コピーが先に来たということは、本隊はもう少し後方にいるはず。その前に侵入出来ないよう守りを固めなければならなかった。


「っ!」


突然モニターランプが赤に変わり、サイレンがけたたましく鳴り響き出す。
モニターに映ったカメラの映像はクマのようなアイコンに変わり、それが瞬く間に作戦指令室全体に拡がっていく。


「何が起こった!?」

「システムに侵入されました!」


まずい。今回の主な戦力は、オペレーター不在のシステムが基盤なゴースト部隊だ。
予想通り、ゴーストシステムがブロックされ、表に出ている機体は揃って沈黙してしまった。


「セキュリティが解かれました!A6エリアに侵入してきます!」

「別の箇所でも障壁が解除、国連軍並びにPMCと思われる別部隊にも上陸されました!」


恐ろしいほど手際がいい。頭の中で配置や命令を組み立てるのは、未だに得意とは言えない。あっちこっちと仕掛けて手付かずにされる。
残りのセキュリティブロックを確認するも、次々と突破されていく。システムに侵入された瞬間から復旧作業は始まっているはずだが、なかなか時間がかかっているようだ。相当腕のいいハッカーがいるらしい。


「A4エリアに上陸されました!」

「連合軍隊、更に接近中!」

「っ…、復旧を急げ!
城戸研二はまだか!」

『なーに焦ってんの?こんなのちょこーっと引っ掛け混ざったただのパズルじゃん』


インカムから厭に弾んだ声が差し入るように聞こえた。
どういうわけかこちらに寝返った城戸研二は、世界で孤立したこの組織のありとあらゆる情報戦を担い、持ち前のハッカーとしての腕前を十分に活かしている。

それきり声は聞こえなくなり、しかし確実にセキュリティ奪還の作業は比べ物にならないほど素早く進んでいくのが分かった。


「A4エリア通路、障壁通過されました!」

「何!?そこはセキュリティのシステムが別だったはずだ!」

『…ヴォイドだ、ロストフォートのときに空港まで侵入してきたときのだよ』


次々と違うシステムの障壁が突破されていく。しかも、そこは本来図面にない通路だ。無理くりに壁を破壊して立ち入ってくるような強引さがモニターから見てとれた。


「システム、復旧完了しました!」

「よし、これで連合軍は暫く抑えられる。
だが…───」




***




『集!もうやめて!』

「いいんだ、綾瀬」

『…っ馬鹿ぁ!!』


アヤセの悲痛な叫びが、シュタイナーの外部スピーカーを介して耳に届いた。

私は弾倉を取り替えながらシュウを見る。
シュウは、右手を触れながら結晶化の始まった国連軍のひとたちからアポカリプスを引き受けていた。


「シュウ…!」

「もう大丈夫。行こう」


目元が結晶化してしまったシュウが振り返った。
結晶化の経験がある私は、あの皮膚の外と内両方を這いずるあの気味の悪い感覚を思い出して眉を潜めた。


「無理したらダメ。約束守って」

「うん、ごめん」

「悪いと思ってない」

「サーシェこそ、無理しないで。
全部僕が引き受けるから」

「シュウがそう言うから、だめなの」

「はは、そっか」


手元を見られたのを感じて、コートの裾で銃を握った手をそれとなく隠した。
もう震えは止まった。撃てるようになったけど、暫く訓練をサボっていた時期があったせいかなかなかうまく撃てない。


「ごめん」


通路の曲がり角から現れたアンチボディズの歩兵に向けて、銃を握った手を持ち上げる。
照準を合わせて、引き金を引く。命は奪ってしまわぬように、と精一杯の優しさでまず銃を弾いた。
丸腰になったそのひとが動けないように足を撃ち、腕を撃つ。


「ぐぁああ!!!」


私が撃てなくても、アヤセやアルゴは当然ながら撃つ。
違う。そのひとが死ぬことを忌み嫌っているわけじゃないんだ。私にとってそのひとが大事なんじゃない。私の手で、誰かの命を奪うかどうかが大事なんだ。

かつては、彼らを率いて戦場に出向いていた私が謀反を起こした。彼らは私に失望し、私に向けて銃を放つ。
私が撃ちきれないことをわかって、アヤセやアルゴ、シュウが代わりに彼らの命を摘んでいく。


「…ごめん」

「いいよ、気にしないで」

『撃つだけならいくらでもやるわよっ』

「おら、お前はしっかり前見やがれ!」

「うんっ」


また図面にはなかった通路に飛び込む。ツグミが案内してくれることになっていたのだけど、さっきからヘッドセットの通信機は沈黙を守っている。


「ツグミ?次は?」

「おいツグミ!どうした!」

「セキュリティが復活してる…!」

「システムを奪還されましたね」

「っち…何処だ、いのり!」


駆け付けてくる歩兵部隊を殲滅しながらも、ここまで駆け足で来れたから被害ゼロで済んだ。
このままここに立ち止まっていたら、たちまち囲まれてしまう。


「っ!…聞こえる」

「シュウ?」

「いのりの歌だ。こっちだ、ついてきて!」


「どうしたんです?彼は…歌なんか、何も」

「集にだけ…そうね、可能性はあるわ」

「行こう、どっちにしろ他に行く宛もないんだから」


私が一足早く駆け出すと、後ろから特有のモーター音を響かせてシュタイナーが駆けてきた。助走をつけて肩に飛び乗る。


『顔色悪いわよ、しっかりしてよね』

「うん、大丈夫」


先頭を走るシュウを追い掛けて辿り着いたのは、天井が高く開けた広場のような場所。
真ん中のモニターにむかって橋のように通路がいくつも渡っている。


「ここは…」

「中央作戦指令室よ、ここからなら最上階へも直接…」


そのとき、入ってきた通路が閉じた。障壁が下ろされてしまったのだ。



「ようこそ、桜満集君。
並びに、その従者の皆さん」

「従者じゃねぇ、仲間だ!!」



随分高い場所から声がする、と思ったら、白いコートを羽織った少年が宙に寝そべるようにして私たちを見下ろしていた。

アルゴが思わずアサルトライフルを乱射したが、少年に当たる前に絡め取られるようにして止まってしまった。


「おや、これはこれは。サーガ・シェリル=メノーム准尉」

「なに」

「いえ、盗み聞きのあとは敵に寝返ったのかと再確認しただけですよ…つくづくチートが過ぎますねぇ、あなたは」


彼が指を操ると、銃弾が反対方向に向きを変えた。


「ここ千年、そういった概念が流行っていることは知っています」


撃ち返された弾。シュウは即座に私のヴォイドを出して、放った。
空中で再び立ち止まった銃弾は、シュウが右手をついと動かすと更に少年に向かって放たれる。
少年は、ヴォイドのように銀糸にほどけてそれを回避すると、また違う場所に出現して、にやりと笑った。


「僕たちは、二人で話さなくてはならないことがあります。
従者の皆さんとは、残念ながらここでお別れです」

「シュウ!」

「僕は大丈夫!それより、皆を守って!」


少年が手をふわりと上げると、地盤が揺れ、床の一部が浮き出して上昇を始めた。
独り取り残されてしまったシュウを見上げるけれど、予想以上に上昇スピードが早く、もう見えなくなってしまった。


「仕方ないわ…ここはシュウに任せて、先に進みましょう!」


春夏さんがバイクを出した。
ツグミと連絡が取れない分、周りに配慮しながらの進行になるので、私とアルゴは走りながらついていく。


暫く行くと、さっきとはまた違った形に開けた場所へ出た。
向こうには大きな障壁がある。アルゴがそれを見て声をあげた。


「出口か?」


あの向こうに、恙神涯は、いのりはいるのだろうか。

刹那、呼吸を忘れて、立ち止まる。



『そうだよ、でも───
君らは永遠に辿り着けないけどね!』



聞き慣れた英語。
忘れるはずがない声色。

目前で構えられた大勢の銃よりも、目を見張るような巨大な鉄の塊に、私だけじゃなく皆が息を止めた。


『まさか、あんた…!』

『そのまさか≠ウ!
決着つけようぜ、葬儀社ら!!』







施設内に走る建物の隙間が青白く輝き出した。
誰にだって分かる。何かが、始まったのだ。

苦肉の策で、施設内を把握している春夏さんを先に行かせることにした。その間、春夏さんに攻撃が向かないよう私たちで引き付けなければならない。


「綾瀬、援護だ!」

『了解!だけど…──』


見上げるほどの大きな機体に、誰もが成す術を無くす。

ただ、私独りだけが、一歩前進して彼と目を合わせようと声を張る。


「ダリルくん!」

『……………

あんた誰だよ』


目は、合ったような気がした。

心は、通じなかった。



でも、もう行く先は見失わないよ。




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