***


「どう?着心地は」


ブーツの留め具をきっちりはめて踵を踏み締めていたそこに、ひょこりと春夏さんが顔を出した。


「すごい楽です。動きやすいし、防具も重くないし」

「良かった!出来る限り防弾性はスーツに凝縮させてみたのよ。ただ、やっぱり関節だけは守らないとだから、上重ねする必要があったんだけど」

「今までのものよりずっと動きやすいです、防具もスーツに織り込まれてるから着やすいし」

「そう?なら嬉しいわ」


新しい武装スーツを着た私を満足そうに見る春夏さん。
ゴーストシステム開発時に、同時進行で私の武装スーツのニューモデルも開発してくれていたそうだ。厚手の生地は防火・防弾・防寒・防圧性を一手に担ってくれている。これならば多少無茶をしても大丈夫そうだ。

以前のものは上から無骨な防具をベルトでとめなければいけなかったのだけど、スーツそのものに防具が埋め込まれているためベルトの締め付け感もなければ動く際の抵抗も最小限なので、着心地はこちらのがずっと楽だ。

全身鏡の前でくるりと一回転する。エンドレイヴスーツのような全身を包み込む布地は、漆黒に白のラインがアクセントになっている。
ブーツはワンポイントに赤と青があしらわれていて、見目も洗練された素敵なデザインに仕上がっていた。


「すっかり女の子らしくなったわね」

「え?」

「ふふっ。ほら、鏡見てみて?」


春夏さんが私の肩に手を当てて、くるりともう一度鏡に向き直される。
こうして並んでみると、襟首の白いパーツは春夏さんのタクティカルスーツと似たものを感じさせた。


「成長途中の拙い肩や腰つきだったのが、しっかりしてきてる。
わかる?ほら、ちょっと丸みを帯びてきてるでしょ?」

「…あれ、本当だ…」

「体つきだけじゃないわ。表情も柔らかくなったし、綺麗に笑えるようになったわ」


スーツにやっていた視点を上にずらす。

あれ、本当だ。
私、こんな顔だったっけ?

記憶にあるのは、無機質で空洞のような瞳。頑なな表情。
緩んだ頬に、しっかりと芯のある光をもった深海色が、私を見返してくる。


「もっと自分に自信もって!」

「え…、」

「あなたは全然死神なんかじゃないわ。ただの家族を思う優しい女の子よ。変に気負う必要はない」

「………うん、」

「一緒に頑張りましょ!」

「…ありがとう、春夏さん」


鏡越しに焦点を合わせて、にっこり笑ってくれた春夏さんに向けてゆるく微笑う。

ひとりでじゃない、一緒に。
皆で頑張るんだ。



「おーい!ちょっちいーい?」

「あら、ツグミちゃん」

「春夏ママ、サーシェ貸してくれるー?」

「えぇ、今着替えも済んだところだし」

「なに?」


極力関わらないようにしてきた葬儀社の幹部。この子はたしか、ロストフォートのときに丸いロボット越しに会話をしたことがあった。


「別に、今さらあんたのこと信用してないとか言うわけじゃないわよ。ただ…まだちょっと、慣れないだけで」

「いいよ、無理しないで」

「ちっがーう!そうじゃないの!」

「?…じゃあ、なに?」

「ちょっと屈んでよ、ほら」


腰を低くすると、グレーに紺のオペレーションスーツを着た少女、ツグミは何やら手にしていたそれを私の頭に乗せた。


「…?なぁに、これ」

「ヘッドセット!通信機と、前髪止め一緒にしといたの!」

「え?」

「ほら、ここに引っ掛けて」


ぷんすかとしながら私の前髪をヘッドセットの留め具に掛けてくれるツグミ。怒っているというよりは、照れているように見えた。
片耳だけヘッドフォンをしているような不思議な形のそれ。前髪を避けたことで、ただでさえはっきり見えていた視界がより鮮明になって、少しくらりとした。


「…ありがとう、ツグミ」

「別に…、必要だから作っただけ!」

「でも、嬉しいよ」

「…………」


口を一文字に引き結んで、何も言わなくなってしまったツグミ。
でも、これだけでも嬉しいんだ、本当に。


「…んと、」

「ん?」

「ちゃんと、生きて帰って来なよ、そんで…」

「うん」

「………そんで、ちゃんと最初っから友達になるんだからね!」


びっくりした。
そんなこと、言ってもらえるなんて。

照れたのか、ぴゅっと猫が走るように部屋を飛び出して行ってしまったツグミの背中をぼんやり見ていると、後ろでくすりと微笑う声がした。


「ツグミちゃんらしいわ」


春夏さんを振り返って、それから思いもよらないプレゼントにそっと触れた。
嬉しい、な。うん、嬉しい。友達になってくれるって。嬉しいなぁ。


「(ほら、こんなに優しく微笑うんだもの。
負ける気しないわよね、なんだか)」


春夏さんが私を凝視するものだから、少し恥ずかしくなって、お礼だけ言って飛び出した。






「おい死神!」

「っ、え?」


呼び止められたのはアルゴだった。


「おらよ」

「!…あ、」

「そんな薄着一枚で何処に装備するんだよお前」

「ありが、と…」

「もう出んぞ、早くしろよ」

「うんっ」


投げ渡されたのは、薄いコート。外側にはホルスターベルトがついていて、内側には替えの弾倉が既に用意されていた。
使い慣れた拳銃を取りに行ってこなくちゃ。もう一度アルゴにお礼を言ってから走り出した。
確か、着替える前のコートに全部入ってたはずだ。


「おぉ…っと」

「ごめん、えっと…アヤセ」

「良いわよ。ちょうど良かった、これを渡しに来たの」

「え?また?」

「また?」

「ツグミと、アルゴにももらったの…このスーツだって、春夏さんがくれた」


車椅子のアヤセは、膝に乗せたものを手に取りながら笑って私を見上げた。


「全部許したわけじゃないけど、今さらあんたといがみ合う必要もないしね。
これは、ほんの気持ちよ」

「え…」

「集に聞いたの。あんた、エンドレイヴが好きなんでしょ?」

「弾倉…?」

「あんたなら使いこなせると思って。これは、エンドレイヴの動きを鈍らせる効果のある対エンドレイヴ用兵器の銃弾」

「…、それって…」

「涯を止めて、いのりを救えれば終わりよ。みんな殺すことないもの」

「……ありがとう、アヤセ」


これがあれば、エンドレイヴの動きを暫く食い止められる。
そうすれば、痛みを与えなくても、私が直接セメタリーにいって接続を切ってしまえばエンドレイヴは脅威でなくなる。

彼を、最低限の傷だけで救うことができる。


「アヤセ、もう接続する?」

「え、うん」

「お礼。連れてく」

「え、あっちょっと!」


コートを羽織って手を自由にすると、アヤセの後ろに回って車椅子を押した。急ぎなので駆け足だけど、車椅子の性能がいいからか全然振動しなかった。


「アヤセ」

「っえ?」

「ありがとう、本当にありがとう」

「……良いのよ、気にしなくて。
あんたは、ちゃんと大事なもの、守んなさいよ」

「うん……がんばる」



アヤセをコフィンのある装甲車まで送り届け、銃も装備した。これで用意はばっちりだ、いつでも出発出来る。


「メノーム准尉」

「……やめて。私はもう、軍人じゃないから」

「では、サーシェ。あなたの配置を説明します」


後ろからすぅと現れた気配に気付いて振り返ると、そこには宣教師のような格好をしたシブンギがいた。


「施設内を把握しているあなたには、集と一緒に先頭を走って頂きます。但し、機動力に欠けるので…」

「アヤセの肩に乗せてもらう。大丈夫、いつもやってるから慣れてる」

「そうですか。では、そのまま尖兵としてよろしく頼みます。あなたの視力は重要な戦力になりますから」

「わかった」


ボーンクリスマスツリーに突入出来る地下通路へ到達すると、私はアヤセの機体シュタイナーA9の肩に飛び乗った。
地上から吹き込む潮風が、弾倉を抱えた重たいコートをはためかせる。



「行きます!」



シュウの声が轟いて、反響して響く。

私の心は、彼に預けた。
始め、彼は私に自分のヴォイドを使うように言ってくれた。自分たちは涯を倒しいのりを救うためだけど、私の目的は別にあるから、って。
でも、本気で戦えるのは、使い慣れないハイスペックな心のカタチよりも、手に馴染む拳銃だから、と言って彼を納得させた。

彼は、私よりも私の能力をよりうまく使ってくれるから。その方が、いい。
父と思い慕っていた人を殺めるのを手伝ったそれを手にすることが怖いと、暗に言ったことをわかってくれた。


いまの私は、たくさんのひとに支えられて立っている。
あの樹の中でくすぶっていた頃より、ずっと強くなれた気がする。

いま、あいにいくよ。




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