次々流れていく写真は、彼女の思い出。彼女の軌跡。


眠っていたんじゃない。きっと、部屋にいる間ずうっとこれを眺めていたのかもしれない。

彼女がローワンと呼んだ士官は、見覚えのあるベレー帽に眼鏡の青年だった。
嘘界小佐や、あの皆殺しのダリルも、写っている。
…違う。たまたま一緒に写ったんじゃない。仲がいいんだ。大人だらけの軍で、同世代なんてきっと、彼だけ。


「わたしの…たいせつなひとたち」


ぼんやりパンを食べながら、呟いたサーシェ。
その瞳は、何処か現実味がなくて、夢を見ているように不安定に光った。


「この人たちが、サーシェが守りたいって言ってた人?」

「そう…私の、家族。仲間。友達で…宝物」


僕が目覚めてから、サーシェが教えてくれた、組織を離反した理由。
大切な人を、世界の崩壊から守りたくて、いまのGHQを止めたくて。
たった独りで皆を守ろうとした、優しい優しい女の子。

サーシェのヴォイドが時間を止める効力に変わってからというもの、使うのが躊躇われるほどその感触は温かくて、優しいものに変わった。
思い出が消えないように。これからまだまだたくさん増やせるように。大切な人との時間を、ずっとずうっと愛せるように。


ここまで気を張ってこれた最大限の活動源が大きく欠けて、サーシェは少し前のように戻ってしまった。
ぼんやりと空虚な瞳で世界を眺めて、表情のないまっさらな顔でいる。感情が表に出なくなっていく。


スライドショーが終わったところで、サーシェがぽつりと口を開いた。


「ねぇ、シュウ」

「ん?」

「………ハレは?」


どく、と心臓が一際大きく脈打った。
だけど、僕はもう彼処にいたときのようにはならない。祭が望んだ優しい王様は、あんな形じゃなかったって気付いたから。
……いのりが、気付かせてくれたから。


「もう、いないよ」


サーシェは、服の裾をぎゅう、と掴むと、掠れた声でそう、とだけ応えた。



「ハレが、教えてくれたの」

「?」

「私、今まで、命を摘むことの意味を分かってなくて…事務的に、ただ掃射してた」

「……うん」

「ハレは、誰にも優しいよね」

「………うん、」


中学から一緒だった。僕の素を知ってなお、好きだと言ってくれた。ありのままの僕が好きなんだって、抱きしめてくれた。
優しかったあの子は、もういない。守れなかったんだ、僕が。


「こんな、…撃つことしか能のない私に、優しくしてくれた。

怪我の手当てをしてくれて…、ケーキとクッキーを、ご馳走してもらって」


サーシェの、ずっと握りこんでいた拳の力が緩んだ。


「すこし、話をしたの」

「話?」

「すきなひとの、はなし」

「うん」

「ハレは、すきなひとに喜んでほしくて、お菓子作り、練習したんだって」

「……うん」


ハレがくれたバレンタインチョコや、クリスマスクッキーの味は今でも覚えてる。
ほんのり甘くて、ふんわり微笑うハレらしいなと思ったんだ。


「大切だって、言ってた」


思い出も、恋心も、みんなみんな。


「私、ハレを撃てない、って。思って、」

「うん」

「そうしたら、撃つって、命を摘むって、そのひとの大切も奪うんだって、思って」


僕は静かに相槌を打った。

きっと、言えなくて、言っても伝わらなくて、抱えていた気持ち。
組織から離れて、孤立して、ひとりの人間として確立して、やっと言えるようになった気持ち。

サーシェは、形にならない思いを言葉にして、心の内を整理する。


「シュウの大切は?」

「……みんな。でも、いのりは、特別かな」

「いのりは、どんな子だった?」


すっぽり被ったフードから瞳を覗かせて、僕を見上げるように問うてくるサーシェ。
そうだな、そういえば、こういう話は誰ともしなかったかもしれない。


「ものすごく強くて、…とても脆い、優しい女の子」


僕を導いて、支えて、守ってくれた、大切な女の子。

サーシェは、柔らかく微笑むと、端末をいじってEGOISTのPVを流し始めた。
僕も、また一緒になって画面を覗き込む。


「いのりの歌、私大好きだから…もう一度生で聞きたかったな」

「いのりの生歌は、すごい綺麗だよね」

「いいなぁ、シュウは」


それから、僕らは訥々とお互いの身の上話をした。サーシェは、GHQ勤務に至った経緯を、僕は家族揃ってロストクリスマスに関わっていたことを。
そうして、ゆっくり話をして、僕のヴォイドや、これからの話も少しして。


春夏がサーシェの検診をしたい、と言っていたことを思い出して、僕がそれを告げるとサーシェはひとつ頷いて見せた。


「多分、僕がヴォイドを引き出したことでアポカリプスウイルスが除去されたのかどうかを診たいんだと思う」

「うん、わかった。行ってくるね」


サーシェと一緒に部屋を出て、僕は最後に谷尋や颯太のもとへ行こうかと踵を返す。
すると、袖をくんと引かれて、振り返ると同時に目と鼻の先にあるサーシェの顔面に驚いて一歩後ずさった。


「…なに?」

「綺麗」

「え?」


元の姿勢に戻って、サーシェは笑った。


「シュウ、瞳、綺麗な紅茶色になったね」



君は、何に迷っているの。

ミルクを紅茶に注いだみたいに、今の君のホンモノは、濁って見えなくなっている




「ちゃんとホンモノ、見つけたんだね」


うん。見つかったよ。

僕のホンモノ。芯となる心のカタチ。
繊細で、脆くて、壊れそうな拙いそれを寄せ集めて、僕は僕になる。


「サーシェは、変わったね」

「ん?」

「優しくなった」

「…優しくしてくれるひとたちに、出会えたからね。
ううん…私が気付けなかっただけ。私、恵まれてたよ」

「いいことだと思う」

「私もそう思う」


朧気で儚い自分の本質を、願いをカタチにした右腕が、華奢な音を立てて軋む。
サーシェがぎゅうと抱きついてきた。これは、挨拶のハグとして受け止めていいのかな。
抱き返しながら彼女を見下ろすと、彼女は静かに唇を動かした。まるで、僕の心臓に語りかけるようだった。


「ちゃんと、掴んでね。
君の、大事なもの」


うん、とひとつ頷いて、僕は右手を強く握った。



***



ポケットから取り出した最後のひとつを照明に透かして、きらきら光るキャンディーに目を細めた。
私の一番好きな味。好きにさせてくれた味。


「元気かな……」


きっと彼は、最前線に置かれることになるだろう。
だって、そのためにローワンは一生懸命新型開発に取り組んでいたのだから。


二人とも、もう少しだけ待っててね。
いま帰ります。

帰ったら、嘘界さんはいないけれど、約束のうどん屋さんに行こうよ。
帰るの遅くなっちゃったから、うどんじゃなくてもいいよ。ダリルくんはおしゃれだから、イタリアンとか言いそうだなぁ。


そっと胸元に手を当てて、私の命を確かめる。

私は、生きてる。
生きてるんだから、いつまでも立ち止まれない。
進もう、歩こう。思い出は思い出のままだし、私には何も変えられないけれど、

未来なら、変えられる。
そんな気がするんだ。







世界は変わらない。
誰かを置いて、今日も何ら支障なく廻っていく。

でもだからこそ、その大切な存在を私の世界に留めるの。
空っぽにだけはなっちゃいけない。なれないよ、だってこんなに満たされてるのに。

友達も、家族も、恋人も。
私の中で、私を作る大事な大事な人欠片。


私のわがままで、また困らせるね。ごめんね。
でも、だからこそ。
明日だって、変わらずに廻ってもらわなきゃ困るんだ。



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