「そう…あなた、拾い子だったの…」


葬儀社の一人に紙コップに入れたお茶を出されて、しかし私の分がないと気付くなり「この子のもお願い」と言ってくれた春夏さん。
ここでの扱われ方なんて分かってたことだし、その程度なんでもないのに、いちいち気にしてくれる。

春夏さんがあそこを出てきた経緯や、ヴォイドに関する難しい話。
ロストクリスマスの日の出来事。それから、家族のこと。
一通り話終わって、ふと、春夏さんに聞かれた。「サーシェちゃんは、家族は?」と。春夏でいいと言われたから、ニックネームを教えると「可愛い名前ね」と微笑まれた。

自分はいない。そして、スラムにいたところを、軍のひとに拾われた。それだけ話した。
具体的に誰かとまでは問われなかった。恩人であり家族のようなひとを裏切って組織を抜けてきた立場であるからして、お互いに深入りはしない。


「私、いまのGHQが何をしようとしてるのか、って…偶然、知ってしまって」

「うん、」

「大切なひとの命は、守りたかったから…組織を、抜けました」

「……そうね、頑張ったわ…」


隣に座った私の頭を、そっと抱き寄せて頬をくっつける。
あたたかい温もり。おかあさん≠フ優しさ。

私のお母さんって、どんなひとだったのかな。


「私、さっきも言ったけど…シュウのこと、ほったらかしだったから。
あなたは、家族と思える人がそばにいてくれたのね」

「……あの、」

「なぁに?」

「私に、毛布をかけた、って…」

「あぁ、あれね。
私、何年か前に用があってボーンクリスマスツリーを訪れてたの。その頃は、セフィラの研究棟に籠ってたから、あの施設の仕組みがイマイチ分からなくて…迷っちゃったことがあってね。
それで、いろんなところをぐるぐる回ってたんだけど、丁度皆訓練に当たる時間だったみたいで、なかなか人に会えないものだから道が聞けなくて。
そしたら、休憩室があったから、この際ゆっくりしてっちゃおうかなって思って入ったの」

「…そこで、私が寝てた、と」

「正解。あんまり気持ち良さそうに寝てたから、道を聞くにも起こせなくって。
それに、少し疲れたような顔が…不思議ね、誰かさんと似てたのよ」

「似てた?」

「えぇ、とっても。だから、毛布をかけてあげたあと、満足して部屋を出たの」

「……行きたいとこには、行けたんですか?」

「そうね。その時丁度休憩室に来た兵士さんがいて、……えぇと、ローワン大尉、だったかな。案内してもらったの」

「……そっか、ローワンが」


ローワンは、私の世話係という立場上、職務中でもちょくちょく抜けては私を訪れる。
訓練以外のときは大概あの休憩室にいたから、その時もいつも通り様子を見に来ていたんだろう。


……だめだなぁ、寂しくなってきた。


ポケットからひとつ、キャンディーを取り出した。
メロン味。残りはひとつだけ。

セロハンを剥がしてそっと口に運ぶ。
じんわりと染みてくる甘みが、胸の奥をちくりと切なく痛ませた。


私を大好きだって、ずっと変わらないって言ってくれたその人の輪郭を、感じる甘さで思い描いた。
優しくて、世話焼きで、いろんなことを教えてくれたひと。
一番お世話になったから、思い出せることも人一倍だ。


懐かしさに浸りながら、春夏さんに自ら頭を寄せていた、その時だった。


「───班長。誰か来ます」


不意に、葬儀社の一人が緊張を孕ませた声で言った。
私の向かいに座っていたオオグモは、ソファーから立ち上がるとひとつ頷いてから、ライフルのセーフティを外した。


「アルゴじゃないのか?」

「いえ、違います。一人です。
一般人のようですが……パスを知っている?」

「どうした」

「エレベーターを動かしました」


遠目にも、私にとっては目前のようにはっきりと見える。カメラの映像を確認する男とオオグモ。
画面には、ふんわりゆったりとした服装の女の子が映っていた。武装はしていなさげだけど、どこにでも武器は隠せそうだ。


「大丈夫だ。仲間だ」


彼女の顔に見覚えでもあったのか、確信めいた顔色で振り返る。
一先ず安心した、というように室内の空気は和らいだが、私と倉知さん、それから春夏さんは身を低くするように言われた。素知らぬ人間に驚いて武器を抜かないとも限らない。

オオグモが扉の横につくようにして立つ。


「来ます」


扉の曇りガラスに、女の子のものとおぼしき人影が映った。
他に誰もいなそうだ、と確認する。ノックの音がした。正解だった。オオグモは、仲間たちに頷きかけるとロックを解除し、扉を開けた。


「よく無事だったな」


オオグモの顔を見た女の子は、よほど安心したのか、ほろりと涙を溢す。
私はもう一度彼女を何とはなしに観察した。癖だからだ。
すると、服装には合わないチョーカーをしていることに気付く。
この子のセンスだろうか。にしても、真っ黒なチョーカーは少女めいた服装には似合わない。はた、と気が付いて私は声を張る。


「伏せて!」


一瞬、なんのことだとざわめく室内。
私が春夏さんごと身を屈めテーブルの陰に隠れると、倉知さんもよりいっそう身を低くした。

刹那、閃光が弾ける。
遅かった。


熱風が押し寄せてくる感触に、歯を食い縛る。
普段の武装スーツ姿ならばこの程度何でもないが、今はただの黒のジャケットにパンツだ。防熱性も何もない。


チョーカーには、超小型カメラが埋め込まれていた。
しかも、そのレンズの光が目立たないようにご丁寧にラインストーンで誤魔化されている。
リボンで隠された妙な膨らみには、爆薬が仕込まれていたというわけだ。

辺りを見回すと、衝撃で割れた窓ガラスの破片が散らばっていた。室内の人数も減っている。おそらく爆風でガラスと一緒に吹き飛んでしまったんだろう。
誰も彼もが動けないでいた。逸早く気付いた私と、春夏さんと倉知さんを除いて。


「大雲!」


倉知さんの声に振り返ると、床に叩き付けられたオオグモがじりじりと這いつくばっていた。
床のあるパネルを彼が押すと、カチ、と音がしてただの壁だったそこに薄い線が出来る。
パニックルーム──所謂、隠し部屋だった。


「……博、士と隠れ、ろ……」


惨状に身体が固まってしまっている春夏さんの腕を引っ張って、パニックルームの戸を開けた。
倉知さんが入ったのを確認して、戸を閉める。ぴったりと隙間なく閉まった其処は、またカチ、と音を立てた。おそらく、これでパネルを押されない限り外側からここの戸が開かれることはない。


多分、このやり方は残党の始末じゃない。
こんなやり方をするひとを、私は知っている。よく知っている。

身を低くしていたし、オオグモの大柄な体格のお蔭もあって、あのカメラには映っていないはずだ。


チン、と遠くでエレベーターの音がする。

革靴のコツ、コツ、という足音がして、すぐそこ、部屋の入り口で止まった。


「残念。はずれですか」


嘘界さんだった。


また室内を回る足音がして、時折銃声が重なる。
徹底的にやる。それが彼のポリシーだ。きっと、まだ息のあった葬儀社のひとを撃っているに違いない。


「やはり船≠ナすかねぇ……」


空模様を確認するようなとぼけた声がして、私は不思議な気持ちになる。
いつもなら、そばに立って彼の代わりに銃を振るって、「そうですね」とでも相槌していたかもしれない。
彼から身を隠して息を潜めている状況が慣れなくて、胸がざわついた。


「───嘘界少佐、貴様だけは!」


嘘界さんの、楽しそうな声の後に、オオグモの決死の雄叫びが聞こえた。
だけど、次に聞こえたのは彼の拳が肉を打つ音ではなく、鋭いものが肉を裂いた音だった。
呻き声とともに崩れ落ちたオオグモ。ああ見えてあの人は、私の組み手の相手をするほどだ。普段から動かない分、あまり身のこなしは早そうに見えないが。


「残念でした。……ああ、そのナイフは差し上げます。記念に、ね。

───おや?」


隣で春夏さんがずっと震えている。慣れないのだろう。もしくは、あのひとが怖いか。

彼の疑問の声を裏付けるかのように、かさりと音がした。
私はそこで気付く。隠れるとき、ジャケットのポケットからセロハンが落ちてしまったんだ。


「ほう…なるほどなるほど」


まずい。バレたかもしれない。
息を飲む。

だけど、彼はそれきり何も探すことなく部屋を出ていった。
近くに停められていたらしいトレーラーが発進する音もする。


居場所はバレなかったが、私が葬儀社及び反対勢力と行動を共にしていることはバレただろう。
これですっかり、私と彼は敵同士というわけだ。


「…待って」


戸を開けようとした倉知さんの手を止める。

念には念を。あのひとのことだ、最後まで警戒する必要がある。


「このまま迎えを待つ」


春夏さんは固く拳を握った。
きっと責任を感じているのだろう。オオグモは、私たちを庇うようにして死んだ。だけど私は、何も言えないでいた。
私がいたからセーフハウスがバレた、と言われたって何も言い返す気はない。


私のことは、どうだっていい。
なんとでも言えばいい。


ただ、私が何も声をかけられずにいたのは、そうじゃなかった。

今までぼかしていた溝を、はっきりと見せ付けられたことによる喪失感だった。








もう私は、仲間に戻れない。

ずっと一緒にいたかった、けど。
私が決めた、ことだった。




4/4

[prev] [next]
back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -