「まさか、貴様と行動を共にすることになるとはな」
「…………」
「……何か言ったらどうだ」
倉知さんはカモフラージュの為に何処から調達してきたのか、アンチボディズの一般武装服を身に纏ってトレーラーに乗っていた。
オオグモはサイズがなかったらしい。彼の大きくて頑強な肉体には、並大抵の歩兵から強奪したものでは合わないということか。
私は私服姿ではあったけど、私が適当な格好で各地に赴くのは最早暗黙の了解であったし、寧ろ私がいた方がGHQの部隊だという信憑性が高くなるという理由で、全員と同じトレーラーに乗せられていた。
で、順悪く私はいま、彼の隣に座っているわけなのだけど。
「……何か言ってほしいの」
「………別に」
「あなたは、私のこと恨んでるんでしょ」
「……」
「なら、仲良くすることない」
「………」
「命令だから殺した。それだけ」
「…………」
「それだけ、だけど。
ごめんなさい」
オオグモは何も言わない。
私が膝を抱えて俯いても、怒らないし怨み言も言わなかった。
ただ、静かに拳を握り締めていた。
彼だって、GHQの人間を何十人と殺してきた筈だ。
私に味方を思う心はないけれど、同じことをしている人間として、彼は何も言う資格がない。
ないとは思うけど、ただなんとなく、謝りたくなった。
己の意志のままに戦った戦士たちには悪いかもしれない。自分が精一杯戦って死んだのを、ごめんなさいの一言で蔑ろにされたらたまらないかもしれない。
ただ、私は何も知らずに、何の覚悟もせずに、奪ってきてしまったから。
それきり、トレーラー内は沈黙を守っていた。
オオグモは、時折胸元を押さえるようにして、静かに瞬きを繰り返していた。
***
私の存在は、所謂チートだ。
「あとは、アルゴ待ちだな」
「倉知とかっていうあの姉ちゃんは?」
「屋敷の方になんか連絡があったとかで、様子見に行ったぜ」
扉の向こうから聞こえる、葬儀社の面々の声に、私は無意識に息を潜めた。
やっぱり、やめようか。私が彼らの中に混じるのはもう仕方がないにしたって、彼らはひどく気分を害するだろう。
上の階にだって部屋はある。留まるために必要な備蓄が揃っている、物置のような部屋だ。
オオグモは先に部屋に入ったけれど、私が首を振ったから、中にいれないまま戸を閉めた。オートロックが音を立てた、葬儀社の符丁を知らない私はもうここに入れない。
ずるっこをしてここにいるんだから、これくらい、仕方ない。
元は敵。それも、私はGHQの主力。いくら立ち位置は歩兵で高々准尉クラスにしたって、殆どの主だった戦闘には配備されるくらいの力量がある。
下っ端が寝返るのとはレベルが違う。人は私を、負け犬と、弱者だと罵るだろう。持っている力量が力量なだけに。
だから、オオグモも最初、私をひどく醜悪なものを見る目で見ていた。当然だ。誇りを持って戦う戦士と対極になるようなことを、私はしているのだから。
倉知さんと歩いていたオオグモは、私を見つけて反射的に殴りかかってきた。私も反射的に避けて、そのまま関節をきめようとしたけど、なんせ相手との体躯の差が尋常でない。
暫く取っ組み合いを続けて、彼が最後に握った拳を、私は避けなかった。殴られて然るべきだと思った。
だけど、彼は寸でのところで、勢いを殺した。ぴたりと頬の横で止まった拳は、力を抜いて彼の元へ引いていく。
「今の貴様は、殴る価値もない」
その通りだと思った。
死神と呼ばれた自分は、面影もなかった。
殴られた程度で自分の腑抜けさを自覚できると思ったら、大間違いだったのだ。
誰にもわかってもらえなくたって、私はそれでいい。
立場も過去も捨てる。
私がいま一番守りたいものは、大事な人と過ごす時間よりも尊い。
そこに、私はいなくてもいいから。
彼らには、生きてほしい。
よくよく考えれば、この状況で生きろというのは死ねと言うより酷な言葉かもしれない。
嘘が露見したいま、私達には裁判の後の死刑が一番分かりやすい未来として据えられている。
生きたって、所詮死ぬのだ。
ならば、名誉の戦死を遂げる。その方が、誉められた生き方だろう。
頭が悪い私には、ここからどうやって生き繋ぐ道を作り出せばいいかはわからない。
もしかしたら、延々と政府から逃げ回る日陰の身の生活になるかもしれない。また、スラムに戻るようなことを、私はしようとしているのかもしれない。
でも、それでも。
彼らには、生きる価値があると思った。
生きる大切さを損なわないでほしいと思った。
これは、ただの私のエゴ。
わがままだ。
EGOIST。
楪いのりがボーカルを務める、私の好きな地下バンド。
あれが、葬儀社のひとつの手段として用いられていたと考えると、歌に込められたメッセージも、なんとなく解釈出来る。
葬送の歌。
淘汰され行く人々を送り続ける、贖罪の唄。
彼らの、エゴだ。
葬儀社は、死に行く者に花を手向ける。
私は……どうか生きて、と彼らの盾になろうとする。
導く先が、全くもって重なりはしない。
対極だ。真逆だ。平行線のまま、交わるはずがない。
私に、居場所はない。
「おや、サーシェさん。まだこんなところに居たんですか?」
ぴくりと、肩が跳ねる。
振り返ると、エレベーターの方からこちらを見つめる女の人が二人。
声をかけてきたのは倉知さんだ。後ろにいるのは…
「おう、ま…博士?」
「あら、私のこと知ってるの?」
「……私も、GHQの人間だから」
明るいブラウンの髪を揺らしながら倉知さんと一緒に近付いてきた彼女は、桜満春夏博士。有名な、セフィラの主任研究員だ。
そして、シュウの母親。
私が消えそうな声で呟きながら俯けば、くしゃりと頭を撫でられる感触。
視線だけ上げると、桜満博士は柔らかい微笑みを向けていた。
「そう…なら、入りにくいわよね」
「……いいの。私、上にいます」
「しかし、何かあったときのことを考えると、あなたにもここに居て頂きたいのですが…」
倉知さんがそう言うと、桜満博士は優しく口元を緩めて私の手を取る。
「何か、理由があって出てきたんでしょう?
私だってそうよ。同じ穴の狢同士、気にしないでいましょ」
何処か傷付いた微笑が、私の心に染み入るようで、いやだとは言えなかった。
……そうか、このひと、いま指名手配されてるって…。
「桜満博士は、私のこと、知ってるの?」
「……そうね、ちょっとだけね。
一度だけ、昼寝をしているあなたに毛布をかけたことがあるわ」
メノーム准尉、よね?
首を傾げながら問うてくる桜満博士。小さく頷けば、やんわりと手を握る彼女の手のひらに力が籠った。
「シュウと同い年なのよね?
春夏って呼んで頂戴」
嗚呼、そうだ。
逆境に立ち向かうことを、自分で選んだじゃないか。
くよくよしてちゃ、いけないのに。
倉知さんが、事前に教えられていたのだろう、葬儀社の符丁で扉をノックした。
ロックが解錠されて、私も一緒に通される。
何の変哲もない事務所内の視線という視線が、全て私に向けられる。
居心地の悪いそれに耐えようと力む私を安らげるように、春夏さんはそっと私に寄り添った。
私に、居場所はない。
ないのに、私に居場所を作ろうとしてくれるひとがいる。
優しいひとに、巡りあえる。
本当、ずるっこだ。
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