「ぬいぐるみ、ですか」


不意に響いた声に、ぴくりと肩を震わせる。


「あぁ、驚かせてすみません。ノックしたんですが、お返事がなかったもので」

「あ、いえ…こっちこそごめんなさい」

「いえ、お気になさらず。
可愛らしいですね、うさぎのぬいぐるみ」


端末の画面に映る、ぬいぐるみの写真を眺めながら倉知さんが微笑んだ。


「懐かしいですね…御老公が、まだ幼い亞里沙お嬢様のご機嫌取りに、クマのぬいぐるみをプレゼントしたことを思い出します」

「……あるひとが、私にって取ってくれて。景品だったんです」

「そうでしたか。それは良かったですね」

「はい。私の、宝物のひとつです」


ダリルくんが、天王祭の屋台の射的で取ってくれたぬいぐるみ。
持ってきたかったけれど、持ち歩くには不便だし、何より目立つ。いざというときにも手がふさがってしまうし、仕方なく写真に収めて持ち運ぶことにしたのだ。


「可愛いもの、お好きなんですか?」

「え…あ、はい…多分。
というより…動物が、好きなのかも」

「そういえば、先程は御老公とご一緒に庭の池にいらっしゃいましたね」

「鯉の餌やりをお手伝いさせていただいてました」

「ふふ…そうでしたか」


GHQにいた頃は、当然ペットもいなければあまり施設の外にも出なかったため、動物とのふれあいはなかった。
だから、ネットを漁って画像を時折見ては隣でああだこうだと動物に文句をつけるダリルくんとよく話していた。


「犬とか、猫とかも、勿論好きです。うさぎも好きだし、魚や鳥も。虫はちょっと苦手」

「ふふ…」

「?…何か、変なこと言いましたか?」

「いえ…死神の異名を背負う殺しのエリートが、ぬいぐるみの写真を眺めて微笑んでいたのが…少し、意外で」

「私、微笑んでた?」

「えぇ、それはもう」


視線を倉知さんから画面の写真に移す。
可愛らしいうさぎがそこに鎮座していた。私はうさぎとじっと見つめ合う。
なんだか気恥ずかしくなってきて、やめた。微笑ってた、なんて、そんな。頬が紅潮してきているのがわかって、顔を横にブンブン振った。
この子を見ていると、ダリルくんにプレゼントした、子供と同じくらいの大きさのあのベアーズのテディベアを思い出す。
彼はあの子を、「邪魔だから部屋の隅に置いただけ」と言っていたけど、ベッド脇に置かれたテディベアには彼のネクタイが巻かれていて、それなりに大事にしてくれていた。多分、私があの子を彼に見立てて買ったから。

仲良くなったばかりの頃を思い出して、少し泣きそうになった。涙は出ないから、倉知さんは気付かない。
端末をしまって、彼女に向き直ると、画面を覗き込むように屈んだ姿勢をとっていた彼女が背筋をぴんと伸ばした。


「それで、あの。ご用件は、」

「えぇ、サーシェさんにもこれからのことについて聞いておいて頂こうと思いまして」

「これからの…」

「我々供奉院家は、明日にも葬儀社の残存兵の方々と合流します。そしてOAUと提携しながら、GHQを阻止することになりました」


供奉院邸に戻るまでの間に、私もあのニュースを聞いていた。

恙神涯及びGHQ、日本国臨時政府による全世界への宣戦布告。
24区から300キロ圏内に立ち入ること、如何なる軍事行動をすることを一切認めない。

全世界を取り囲む256機のルーカサイトによって自らの命を人質に取られた世界、この3日間沈黙を貫く24区。
要求はただひとつ、邪魔をするな。ただそれだけ。

時間稼ぎとも取れる行動だけれど、ルーカサイトがダミーである確証が持てない限り行動は出来ない。
供奉院家の情報網から国連は密かに会議を重ねていることは分かっているが、3日前にステルス戦闘機を撃ち落とされ太平洋沖に近付いていた第7艦隊をルーカサイトによって消されて以降、目立った動きを見せていなかった。



「まず、この付近のビルに待機している葬儀社の部隊と合流し、後に迎えが来るので葬儀社の残存兵の大元が潜んでいるウォール内のターミナルへと移る予定です。
その後、OAUの戦力と合流、国連の動きを見計らいながらの行動となります」

「……わかりました」


準備をしておくように、と言い渡すと、倉知さんは部屋を出ていった。
あらゆる伝から入る情報を整理し、これからの戦略を考えるのだろう。オオグモも一緒に。
合流するということは、他の葬儀社の部隊とも連絡が取れたのか。

私は、駒として使ってもらってかまわない、と言ってある。下っ端である私が出来るのは、施設内に突入した際の案内程度。話せる情報は全てここに来たときに話したし、今出来ることはないだろう。


その志に誓って守り抜け


守りたいなら、撃たなくちゃ。

撃てなきゃ、自分も、みんなも、守れない。


手入れを済ませた愛用の自動装填型拳銃。弾倉の中身は満タンだ。
握れ。握るんだ。私。
引けるかどうかじゃない、必ずこのトリガーを、引かなきゃいけない。


端末のディスプレイに表示された日付が、もうゆっくりなどしていられないことを物語る。


もうすぐあの大災厄から、きっかり10年。



「………、私…今頃布切れ探して駆けずり回ってた」



くす、と微笑う。

私がまだ7歳の頃だから…スラムでの冬の越し方、命懸けで模索してたんだっけ。
他人に命を預けることは一切許されなかったあの場所で。

毎年この時期の寒さ凌ぎのためだけに髪を伸ばして、春先にはナイフでばっさり切り落としてた。
近くの町の洗濯物のシーツ盗んできて、自分で生きる力もない小さな子供たちを集めた部屋でおしくらまんじゅうしながら、皆でシーツにくるまって眠った。


ある日食べ物を盗んで帰ったら、子供たちがいなくなっていた。
汚い大人がやってきて、子供たちを人買いに売ってしまった。

売れば金になる。金が手に入れば町に出られる。そうやって、みんなみんな売りさばいてしまって、残ったのは私だけ。
だから私はナイフを握りしめて、銃を抱きしめて冬を越した。自分の命は自分で守るために。


自分で精一杯だったから、他人の命を奪った。
食べ物を、武器を奪った。半殺しにして臓器を売った。ひとの命を金にして、食い物にした。


とっくのとうにこの手は血塗れで、一生拭いきれない罪で染まってる。
だから、私はもう、どうなったっていいの。罪だって背負うし、死神だって、人殺しだって貶されたって構わない。

ただ、昔とはもう違うから。

守りたいのは、自分じゃない。
大切な人に、ただ生きてほしいから。


私に、命を。知識を、日常を、こころを、表情をくれたひとを。
ただ、守りたいだけ。


そのためになら、誰かの大切を損なうことになっても…

私は、撃つ。


そうするって、決めたんだ。



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