少尉がオペレート車に入っていくのを確認し、ヘルメットに搭載された通信機の、こちらからの通信をオンにする。
イヤホンとマイクが起動して、無音からジリジリとノイズ交じりの音に変化し、聴覚を支配する。
「少尉、戻った?」
『あぁ、…いまシュタイナーと接続したところだ』
「早いね」
『コフィンに飛び込む勢いさ』
「そう。…除染作戦、再開します」
『ああ。生きてまた後で』
ローワン側から接続を切られた通信。また無音に返る。
コフィンとはエンドレイヴの遠隔操作用コクピットだ。棺桶≠ニいう呼び名は、エンドレイヴと接続している間オペレーターが骸のようにぴくりともしなくなることに由来する。
オペレート車にはローワンもいる。絶対手出しはさせない。
ふと、瓦礫と木々の隙間からシュタイナーが静かに滑り出てきた。なるほど、これは確かに人に近い。
白く滑らかな線を描く機体は、無骨なゴーチェなどとは違い、洗練されているように見える。
操縦するのがあの凄腕と名高い少尉なら、ニセモノだと嫌悪することもなく任務を遂行できそうだ。
ただ、観察はしたいけどあまり近付きたくないというのが本音だ。何かの拍子に踏み潰されそうだし、標的もろともレールガンの餌食にされそうだし。
そして、彼がそういったことをさして気にしない人格の持ち主だということをつい先程知ったばかりだ。
間近で見たい気持ちを押さえつつ離れようとシュタイナーが向く方角から逸れた方へ向きを変えると、シュタイナーの外部スピーカーから少尉のご機嫌な声が漏れた。
『あんまりでしゃばらないでよね。邪魔するならお前もぶち抜くから』
「………」
『ああ、それより先に踏んじゃうかも?僕から見てお前、アリんこみたいだからさ』
さすがにカチンときた。普段は寄るだけの眉間に、しっかりと皺が刻まれたのが自分でも分かるほど。
闘争心なんて生憎持ち合わせてない。けど、なんか、こう…
そう。見返してやりたい。
「間違って的に入るほどへなちょこじゃない。人型戦車のくせに、味方を轢くなんてそれこそ操縦の腕がまだまだ甘いって証拠なんじゃないの」
『ッお前!!』
いつも通りの小さな声でも、私の立ち位置がちょうどシュタイナーの耳元のあたりだったからか、きちんとマイクが私の声を拾って少尉に嫌みを伝えてくれた。
いらない喧嘩まで売ってしまった上、オペレーターでもない私が操縦の腕云々を述べるのはお門違いだったかもしれない。…でもいいんだ、頭にきたのはこっちだって同じ。先に喧嘩売ってきたのはあっち。
また文句を喚くのかと思いきや、静かな睨み合いが続く。
半ば忘れそうではあるが、勿論他の配置では戦闘が始まっているだろう。ミサイルをビーム光線で迎撃する際の爆発音も遠くに聞こえる。
と、そこに狙ったかのようにしてバギーが一台躍り出てきた。よそで攻撃を仕掛けた後だったのか、他の配置の筈のゴーチェ達も引き連れている。
私とシュタイナー…を介したダリル少尉は、標的を見付けたことで全く同じ思考に陥る。同時に、走り出した。
『あれは僕の獲物だ!!』
「それはこっちの台詞」
スピードでは機械のシュタイナーには明らかに劣る。私は生身の単身であることを逆手に、シュタイナーでは入れない小道や瓦礫の隙間を縫うように走る。
バギーの行く方向はエンジン音で分かるし、それを追うシュタイナーがよく目立つから遠巻きから攻めてもなんら問題はない。
ひらりと軽々しくシュタイナーが宙返りをする。いくらシュタイナーの関節が人間に近いからとはいえ、あんな身軽な動きをするエンドレイヴは今まで見たことがない。
『ははははッ!ほらほら、踏んじゃうよ〜!?』
「焦らしてると貰うよ」
『なっ、お前まだ居たのかよ!?ったく邪魔だなぁ!!』
照準を合わせにくいように蛇行運転をするバギー。シュタイナーは大型レールガンだから一発撃ち込めばそれでおしまいだが、私は今そんな威力のある武器を装備していない。
バギーを追う最中に持ち変えた大口径リボルバーの拳銃を両手に一丁ずつ構え、まず動きを止めるためにタイヤを狙う。
動きさえ止まってしまえばバギーもただの箱。ガラス窓から中の人間を狙えばいい。
そのためにはよく的を絞らなければならなかった。失敗して無駄に弾を使いたくないし、そもそも少尉に失敗を見られたくない。絶対イイ気になってまた嫌みを言われる。
『なんだよ、そっちこそ撃たないのか?』
「…うるさい」
『僕が貰っちゃうからね!…これで、ゲィム、オーバーだ…!』
ガシャン、とレールガンが構えられる。あ、まずい。
少尉が狙いを定めたと同時に、私も照準を合わせる。
引き金に添えた指に力を込めた。
その刹那、
『ッ中止!攻撃中止っ!!』
『はぁ!?』
イヤホンから流れる命令に一瞬の動揺が走り、せっかく撃ち込んだ弾も僅かに標的から逸れ、バギーが走り去ったあとのアスファルトを抉った。
ダリル少尉も、大きな声を上げて驚き…──いや、今まさに撃とうというときに止めさせられて不満と苛立ちが一緒に声になった感じだ。
そしてダリル少尉と同じように辺りを仰ぎ見てから気付く。
しまった、オペレート車から引き離された。ここからじゃ車を守れない。
少尉がつまらなそうにシュタイナーの肩を落としている横を猛スピードで逆戻りする。後ろから『おい、何処に行くんだよ!』という声がしたけど、取り合っている場合ではない。
「ローワン、どうしたの」
『…指揮車に、レーザーポインタが多数当てられた。迎撃可能数を大きく上回ってる。…やられたよ』
「罠…」
ほぼオペレート車と正反対側まで誘導され、まんまと引き離されたことに悔しさを覚えながら疾走する。
すっかりやる気をなくしたらしい少尉は、その場から動く様子がない。でも他のエンドレイヴは皆、指揮車の護衛に回ったようだった。
エンドレイヴは遠隔操作だから、最悪ベイルアウトしてしまえばオペレーターの身の安全は確保される。けど、指揮車にはアンチボディズの特殊防疫部隊を率いる主格、あのグエン少佐がいる。
少佐だけじゃない、有能な管制官もあそこで一緒に指揮をしている。そして彼らは生身だ。レーザー光線を一気に当てられでもしたら、ひとたまりもない。
「あーあ…」
何が理由で、というわけではないけれど、ため息が零れた。
攻め込むはずが、逆に身動きとれないような状況にされている。ローワンとたまにやるチェスを思い出した。
私はまだまだ下手で、よくキングに真っ向勝負をかけるのだけど、ビショップでもナイトでもなく、隙をついて前進してくるポーンにチェックメイトされてしまうことがしばしばだった。
目立って守っていると、逆にオペレート車の位置を知らせてしまう。私は、瓦礫の影からオペレート車全体とその周囲を見張ることにした。
繋げっぱなしの通信機と、遠くに聞こえる拡声器からグエン少佐とテロリストの交渉が漏れてくる。耳を澄ましそれを聞きながら、怪しい人間はいまいかと目を凝らす。
葬儀社。それが彼らの名前。
死神の名を持つ私だけど、彼らは似たようで全くの別物だった。
高い志に、屈することのない自信。組織としての統率が非常に高く取れている。
私は、ただ命令のままに鉛玉を撃ち込むだけだ。そこに、私の意思は関係無い。
真っ直ぐな自分を持つ彼らに、少しだけ、かっこいいなぁと、思った。
すると、視界に昼間でも眩しい白光の螺旋がちらついた。
「っ、しまった」
やっぱり狙いはこっちか。
そして、単身大剣片手に飛び込んでくるのは、昨夜始末し損ねたあの少年。
絶対に外さないように、大口径リボルバーの拳銃を両手でブレないように構える。
廃車のフロントを踏んづけて高く飛び上がる彼に照準を合わせ、引き金を引いた。
────邪魔しないで「ッ!!」
魔方陣の様な光のシールドが発動し、彼を守る。狙い通り撃ち込んだ弾は見事に跳ね返された。
血のような深紅の瞳に射抜かれた、ような気がした。
瞬く瞬間、瞼を閉じたその暗闇に大きな大きな瞳がこちらをぎょろりと見つめてくる、そんな光景がなんの前触れもなくフラッシュして、連続射撃出来なかった。しても、シールドに跳ね返されただろうけど。
「……誰…?」
少女のような、声だった。
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