此処日本は、10年前の大災厄で変わり果てた。と先日派遣されてきた部隊の軍人が囁くのを、彼女は聴いていた。
2029年、ロストクリスマスと呼ばれたエピデミックは、観光大国だった日本を変えた。外国人で溢れていた東京は、日本人とアメリカから配備された軍人ばかりが目につくようになった。年間云万人と観光客を受け入れていた空港は閉鎖され、外からはおろか国内から出ることすら叶わなくなった。日本人は、このちっぽけな島国に閉じ込められたのだ。
「いつか家族旅行で訪れるはずだった国が、ウイルスの巣窟になっちまうなんて」と皮肉を混じえて笑う男達。あの日、この国の人々を結晶にして空気中の塵に変えてしまった鉱皮病は、アポカリプスウイルスという近年発見されたばかりのウイルスのせいだった。
幸いワクチンが開発されたものの、その頃には既に感染者は島国全体に広がっていた。二次災害も伴って、日本は国の中枢と要人を失った。ほんの一昔前の戦後のように、アメリカは再びGHQを組織し派遣した。臨時政府の指揮下に置かれ、他国からの援助なしでは国民を養えないこの国は、もう本当の意味で“日本国”とは名乗れない。
聖書を愛読する宗教家らは、黙示録のラッパが吹かれたとか、神の啓示とか、装飾掛かった言葉で日本を形容したがった。挙句多神教などという冒涜的な文化があるから罰が降った、なんて批判する輩も少なくなかった。神を信じない彼女にそのあたりの事情はよく理解できなかったが、そういう奴らの言葉がなんとなく不快だとは思っていた。

昼休憩で賑わい始めたラウンジは、襟のついた白い軍服を纏う軍人ばかりだ。まるで病院みたい、と彼女は思った。潔白を装ったって、誰もが身の内にウイルスを潜伏させているのに。皆、白を着ることで安心したがっているし、白を着た奴らに統制された日本人も安心した気でいる。
アメリカ人だから感染しないわけじゃない。派遣されたGHQの軍人らもワクチンの定期接種を強制された。セフィラゲノミクス社は日本の製薬会社だけど、GHQと協力体制にある。おかげで開発された効果の高い新薬は、まず日本人の罹患者で実験を経てから、アメリカ人が接種することになっていた。
今日が自分のワクチンの割り当て日だと思い出した彼女は、昼食のサンドイッチの最後の一口を頬張って、椅子の背にかけていたグレーのジャケットを羽織る。軍人としての身分を証明する必要がある場合を除いて、彼女は好んで白服を着ることはしなかった。それが、せめてもの島国の人々に対する誠実な姿だと思うから。




1/2

[prev] [next]
back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -