セフィラから重要機密が盗まれた、と報告が入ったのはその日の深夜。異常事態を知らせるサイレンで起こされた彼女は、がばりと身を起こすとベッドの下に隠しておいた拳銃M9を2丁取り出して腰元のホルスターベルトに挿し込んだ。
枕元に常備している目薬を差しながらアナウンスに耳を澄ます。実行犯は一人、現在逃亡中。現場近くに配備されていた部隊が追跡しており、人型装甲車両エンドレイヴも出撃するらしい。
たった一人の泥棒に随分贅沢だと思ったが、どうやらここ数年暗躍しているテロ組織が関わっている可能性があるらしい。治安維持のために武装を許されたGHQが対峙するのは、何もチンピラの喧嘩だけではない。臨時政府に統治された現状に批判的な人々が暴動を起こすことも、あまり取り沙汰されないだけで日常茶飯事だ。
タクティカルスーツの上から防弾装備を羽織り、腰元のバックルを留めて固定する。黒の革手袋を咥えながらベルトポーチに予備の弾薬を補充した。最後にサバイバルナイフをポーチ横のホルダーに収めて、手袋に指を通す。ヘルメット代わりのバイザーをベルトに引っ掛けて出撃用意を整えた彼女は、駆け足で寮室を出ると、Bハッチへと向かった。彼女の今の所属は第三中隊だ。“今は”。


***


見つけた。オレンジ色の鮮やかな衣装を翻して走る華奢な背中を見て、彼女はそう思った。腕から滴る血が、犯人の足跡のように残っていく。
盗まれた重要機密を確実に取り返すまでは殺すな。それが犯人の捜索を任された第三中隊への命令だった。後ろから見ても分かる丸みのある骨格や体型で、犯人が少女であると気付いた。弾を掠めて血を流しても真っ直ぐ振り切らんと走る姿は、やはりただの悪戯で盗みを働いたわけではないことを窺わせる。
殺さなければいい。威嚇射撃程度ではおそらく怯みもしないだろう。彼女は左腰脇のホルスターから銃を抜くと、構えると同時に発砲した。弾は少女の右脚を掠めた。痛みと衝撃でがくりと膝を折る少女。左腕と右脚で両側を負傷したためか、傷を庇いながらではうまく立ち上がれない様子。それもまた彼女の計算のうちだった。
捕縛するため駆け寄る彼女の足元を銃撃が襲う。寸でのところで後方へと跳躍し躱した。

「カバーするわ。あなたはそれを早く涯に!」

光学迷彩でカモフラージュし潜んでいたエンドレイヴが姿を現す。彼女と少女の間を阻むように、旧型エンドレイヴのジュモウが立ちはだかる。歩兵単身でエンドレイヴに立ち向かうには、装備が不十分だ。人型戦車と対峙しても、彼女に動揺や焦りの色は微塵もなかった。
すると後方から砲撃。彼女は身を伏せる。少女に直撃していないか確認すると、少女もまたオートインセクトを守るように抱えて伏せていた。
量産型機ゴーチェ。米軍が開発した軍用エンドレイヴだ。パーツを展開し二足歩行になると、ゴーチェはジュモウを押さえ込むように掴みかかった。好機とばかりに実行犯捕縛に向かおうとする彼女を邪魔するように、ゴーチェが誘導弾を撃った。衝撃と爆風が襲う。間一髪彼女は大橋の欄干に掴まれたが、視界の端でオレンジの裾をはためかせ落ちていく少女の姿があった。

作戦失敗だ。敵のジュモウも素早く引き返していった。
手摺りからよじ登りなんとか東京湾への落下は免れたが、珍しい桃色の髪を揺らす少女の姿は、もう何処にも見つからなかった。


一時体制を立て直すため、撤退を命じられた。ゴーチェは沈黙したまま踵を返す。彼女はオペレーターに心当たりがあった。第三中隊に配属された時少しいざこざのあった男だろう。他人に好かれないことには慣れているが、そんな私情でミッションの遂行を邪魔されたことが気に食わなかった。

彼女にとって軍人として働くことは、日本の若者が学生として学び舎に通うことと同じくらい当たり前の感覚だった。それ以外の生き方は知らない。だからこそ、功績を上げることは学生が成績を気にかけるのと同じくらい大切だった。どちらかというと、彼女自身への評価や他人の目を気にするわけではなく、それで恩人からの評価を上げたい下心があった。
彼女はきちんと士官学校を卒業して入軍したわけではなかった。落ち着いた風貌と寡黙な性格から、日本人の目から見れば成人に思われたが、実のところは17歳と未成年である。恩人に拾われ、今の生活がある。10歳より幼い頃の記憶はない。自分がまともではない自覚こそあれど、人生の意味を自らに問う余裕はなかった。常日頃のミッションをこなし、恩人に喜ばれることだけが生き甲斐だった。そんな浮き世離れした孤独な彼女を理解する者は少ない。

華奢な体躯に見合わぬ常人離れした身体能力。寡黙且つ表情を変えないまま引鉄を引く冷徹さ。エンドレイヴが戦場を駆る中、歩兵の身でありながら人型戦車と然程変わらぬ戦力を誇るその強さ。彼女を知る者は敵味方問わず、「まるで人を殺すためだけに生まれてきたようだ」と言った。

死神サーシェ。彼女は、そう呼ばれている。

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