「………今日も何もなし、か」


私は、日課のポスト確認をし、いつもと同じように肩を落として家へ入った。


今日こそ、何かあると思ってたのに。


恋人だったアラウディが、私に何も告げずに姿を消してもう3年になる。

行方はおろか目的も期間も何も知らされていない私から連絡が取れる筈もなく。
ただ、毎日を憂鬱に過ごすばかりだった。


浮気の線も考えた。
彼は、物事にあまり執着しないから。私にも、飽きてしまったのかな、なんて。
もしそうなら、すっかり彼のことを忘れて次の恋を探すのもアリかもしれない。
…だからといって、簡単に彼と過ごした日々を、彼の存在を私の中から消すことも出来なくて。

何度繰り返し考えても、彼が再び私の元に帰って来てくれる理由は浮かばなかった。
恋人だから、という理由に自信を持てないのは、彼の性格と、もう遠く朧気になってしまった満たされた日々に、私が彼を愛していたという過去を見出だせなくなってきたからだった。
要するに、今会ったとして、私は以前のように彼を愛せるのだろうかという不安、だ。

何年も放置されたお陰で、自分の中にも諦めがある。
好きという形がどこまで変わって退化してしまったのかも分からないまま、彼を待つことに段々疲弊してきてしまっているのだ。


だから、せめてけじめがつけられるように。
たった一言、別れを告げるだけでもいい、何か連絡してくれればいいのに。



「……所詮無い物ねだりね」



好きだったのは、私だけだったのかな。
あなたがいなくなって、泣きに泣いて食事も出来なかったんだよ。
すごく寂しかった、つらかった。
その気持ちはきっと、好き≠ェ大きかった分だけ強く感じただろうから。




今でも心のどこかで、再会を願っているのは、


私だけなんだろうか。




ガチャリ。

玄関口の扉の鍵を閉める音が、悲しげに響いた。




***



その翌日。



ピンポーン……


「はーい。今出ます」


インターホンの無機質な音が鳴り響く。

今日は来客の予定はなかった筈。宅急便だろうか。
押し売りじゃないといいな、私断るの苦手だから押し切られてしまうのよね。

…一緒に住んでた頃は、押し売りなんてあなたがあっさり撃退してくれてたんだけどな。



ふと余計なことまで考えてしまって、いけないと頭を振る。
玄関扉の向こうの方をお待たせしてしまう。早く出なくちゃ。


しっかりと施錠していた扉。カチャリと音を立てて鍵を解錠すると、ゆっくり扉を開いた。



「……どちら様でしょうか?」



扉を開くと、黒ずくめの背の高い男の人が立っていた。
黒いコートに黒いスラックス、黒い手袋をして、黒いフードを被った黒いブーツの本当に真っ黒な人だった。

私は彼を見上げたのち、彼の手元に小さな箱があるのを見つけて、「宅配便ですか?」と問うてみた。
こくりと頷くでもなく、ずいと突き出されたその小箱を受け取ると、その真っ黒な人はぺこりと一礼してさっさと門の前に停められていた車に乗って行ってしまった。


「(なんだったんだろ…危険物じゃなきゃいいけど)」



私は受け取った小箱を抱えたまま扉を閉めると、暫く玄関でその箱の様子を伺った。
なにが入ってるんだろう?雑貨?服…にしては箱が小さすぎるわね。動く音はしないからましてや動物でもないだろうし…、適当に食べ物とかならいいんだけど…


とりあえず眺めていても埒が明かないので、私は箱を持ったままリビングへ戻る。
カッターナイフを使い丁寧に包装を解くと、慎重に箱を開いた。

…中には、





「………なぁに、これ?」



トランシーバーに似たような、それとはボタンの数もスピーカー部分の大きさも違う、へんてこな機械が入っていた。
そうっと取り出してみると、やけに軽い。裏返して蓋のようなものを取ってみると、バッテリーが入っていなかった。
小箱の中を探してみると、クッション材に包まれたバッテリーを発見。取り付けようとしてふと考える。



「はっ…、もしこれが時限装置型の小型爆弾だったらどうしよう…っ!!」


このバッテリーっぽいのが爆弾で、取り付けるとカウントが始まるとか…
見たところ電話機のようでもあるから、耳に当ててる時に爆発されたら頭が粉々に…、

そこまで考えた途端寒気がしてきて、冷や汗が溢れ出してきた。
いや、やっぱりやめとこう。見知らぬ人から送り付けられたものを無闇にいじるもんじゃないわ。


恋人が恋人だったものだから、いつ私に矛先が向くか分かったものじゃない。
もしかしたら爆弾持たせたことで人質扱いされてるんじゃ…、いやいや人質にされても私彼の居場所も連絡先も知らないし!!
はっ、まさかとは思うけど…そういう面倒事になる前に私を消した方が手っ取り早いって寸法!?あの男連絡してくるどころか爆弾送り付けてくるなんてどういう神経してるのよ!!

そこまで考えて腹立たしくなった私は、バッテリー(とおぼしきもの)と電話機(のようなもの)を元通り箱に戻し、リビングの隅に追いやった。



馬鹿馬鹿しい、今までもいまいちよく分からなかったけれど余計にここ3年貴方を待ち続けた意味が分からないじゃない。
さっさと帰らない男なんて切り捨てて新しい出会いを探せば良かったわ。


私は勢いに任せて、自分以外誰もいない家の中で憤りを吐き捨てた。
そうして、彼に私はもうとっくのとうに切り捨てられていたのかもしれないと、必要なんてされていなかったのではとぽつり、胸中で呟く。


一年ぶりか、それよりもずっと前からか。



私は、久しぶりに少しだけ泣いた。







***






あれから一週間が経った。


相変わらずアラウディからの連絡は一切なし。
寂しげに白い檜製の小箱がリビングの隅で控えめに存在を主張するばかりだ。

私はアフタヌーンティータイムに、美味しいアッサムミルクティーを淹れながら手作りのシフォンケーキを切り分けていた。
きちんとミルクで煮出したから茶葉の豊かな香りも仄かな甘みもして我ながら上手に出来たと微笑む。
切り分けて皿に盛ったシフォンケーキにシュガーパウダーとホイップクリームを絞っておしゃれにトッピングすると、ミルクティーの入ったカップと一緒にテーブルにつく。

友達も誘ったのだけど、皆男男男って…、私がほぼフリーの身なのを知っていながら大好きな彼と約束があるからーって断られたわ。
全く、一人くらい彼より私を優先してくれる子がいてもいいのに。…何よ、別に友達が少ないとかそんなんじゃないんだから!


友情よりも恋情を優先した友達に悪態をつきながら、今日のシフォンは上手く焼けたわと頬を緩ませる。
何でも出来ちゃうアラウディとは違って、私の唯一の特技は料理なんだもの。
まぁ、料理は唯一私がアラウディを凌駕できる分野でもあるんだけどね!
(あの人、料理に関してだけは何故か要領悪かったのよ)


ホイップをつけたシフォンを頬張っていると、ふと視界にあの小箱が。

そのままミルクティーに口をつけながら冷静になって考えてみた。



「(…別にあれが小型時限爆弾だとは決まってないのよね)」


私が勝手にそう予想しただけで。


…せっかく送ってくれてるんだし、使うだけ使ってみても…
危ない音とか、予感がしたら家の外に投げ捨てればいいわ、うんうん。

私はそう納得すると、ティーカップを置いて小箱に近付き、蓋を開いて中のものを取り出した。






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