雲雀恭弥には、思いを寄せる女性がいるらしい。








「あ、雲雀さん」

「ん…君か」

「ちょうどよかった、今探してたんですよ。はい、これ」

「嗚呼、この間頼んでたやつね」

「一応10年前まで遡ったものを分かりやすく纏めたつもりです」

「ワォ、10年も?そこまで言ってなかったのに」

「暇でしたから」



私は少々厚みのある書類を手に屋敷内をうろうろしていた。
するとスーツに身を包んだ見目麗しい我が上司を発見、呼び止めて接近し手にしていたそれを渡す。


雲雀さんは満足げに微笑むと「また頼むよ」と一言、無駄のない動きで私の横を通り過ぎる。
ぺこりと頭を下げてから彼の後ろ姿を見送ると、3つ目の角を曲がった。あっちの方には綱吉様のお部屋があるから、新しい任務の件ででも呼び出されてたのかな。

そういえば草壁さんに私も呼び出されてたんだった。モニタールームにいるって言ってたな、急がなきゃ。
くるりと踵を返して、先程雲雀さんがやって来た方の廊下を進んだ。






雲雀さんは私の上司だ。

ボンゴレで諜報員として仕事をこなす私を、綱吉様に直接言って引き抜いたのが2年前、それからは草壁さんとともにお側で守護者として毎日忙しく過ごす彼にお仕えし自分なりに支えてきた。
綱吉様は私と2つしか変わらないのに、ボスとしての責務を全うしていらっしゃる。尊敬に値する立派な上司の上司、最後の砦。
優しく強い彼のもとで働くのも楽しく充実していたけれど、雲雀さんのお側で働くようになってからもそれは変わらない。
それに毎日のように本部屋敷内で顔を合わせているから、寂しいとも思わないしね。引き抜かれたあとの私にもちょくちょく声をかけては心配してくださる素敵なボスだ。


あの♂_雀さんに目をつけられた、そう聞かされた時は正直生きている心地がしなかった。
ボンゴレ最強の名を欲しいままにする彼も尊敬してはいたけれど、やっぱり怖いものは怖かった。
群れを嫌い孤独を愛し使えない部下は愛用の得物でめっためたにボコる、中学生にして地元の町をシメていたという伝説すら併せ持つ驚異で脅威の人。綱吉様にそれは伝説じゃなくて事実だと教えられたとき彼の額に青筋が見えたのをよく覚えている。

だけど彼の傍で直に接するようになってからわかった。雲雀さんは怖くないし優しいし、ただ利益の有無にはちょっと厳しいけど合理的だし、綱吉様も言ってた、中学生のときよりも丸くなったって。
だから私は自信を持って言うよ、雲雀さんはとってもいい人。


そんな素敵な彼だもの、尊敬だけじゃ済まなくて恋慕を抱く女の人もたくさんいるのも訳ない。
でも最近専らの噂になっているのはその逆。雲雀さんが恋慕う女性がいるんだそうな。





「草壁さん、ご用ってなんでしょうか?」

「嗚呼名前、来たか。実はお前の意見を聞きたくてな」

「はい」

「この間の事件についてなんだが…」


モニターに幾つか画面が映し出される。
犯行現場の位置が、時系列順に赤い×印となって表示される。それを目で追いながら、草壁さんの言葉に耳を傾けた。


「…という訳だ。お前はこの関連性をどう見る?」

「そうですね…まず、…───」




草壁さんも私が尊敬する一人だ。
なんでも、一番雲雀さんが荒れていた中学時代からのお付き合いなんだそう。
誰よりも彼の傍に付き従っていて、誰よりも彼のことを知っていて。何よりも雲雀さんを優先して、言われずとも様々なことをこなして、雲雀さんをサポートしている。
昔は本当に冷たくあしらわれていたらしいけど、10年もいると信頼関係が生まれるらしい。少し恥ずかしそうに、けれど誇らしそうにはにかみながら「ここまで来るのは本当に大変だったんだぞ」と教えてくれた。

今じゃ雲雀さんは草壁さんのことを哲=A草壁さんは雲雀さんのことを恭さん≠チて呼びあってる。
いいなぁ、すごいなぁ。私、まだ雲雀さんに君≠ニしか呼ばれてないや。


そんな草壁さんでも、雲雀さんが想いを抱いている人が誰なのか知らないそうだ。
前に聞いたけれど、「さぁ…」としか言ってなかったから、多分そう。




「──…こんなところですかね」

「ふむ、流石だな。参考になった」

「少しでも助けになれたなら良かったです。私はこの事件管轄外でお手伝い出来ないので…」

「いいや、そんなことないぞ。引っ掛かっていたものが取れた気分だ。恭さん直々に引き抜かれただけはあるな」

「そんな…、でも、ありがとうございます」


このあと時間はあるか?と聞かれたので、ひとつお仕事を済ませたばかりなので大丈夫ですよ、と返すと休憩にお茶に誘われた。
草壁さんの淹れるお茶は美味しいから好き。上手く出来るようになるまで雲雀さんに何回もどつかれたって聞いた。


二人で食堂に向かう途中、雲雀さんが棟を挟んで向かいの通路に見えた。
会釈したけど、気付いてないみたい。



「あ、」



声を上げたのは私。

雲雀さんがゆったり歩いている反対側から女の人が小走りに寄ってきた。
緩いウェーブのかかったブロンドの長髪を揺らしながら可愛らしい笑顔でやって来るその人。雲雀さんは、彼女の存在に気付くと足を止めて軽く口を開く。「やぁ、」そう言ってるんだと思う。


「…あの人は、」

「え?草壁さん知ってるんですか?」

「ん?…あ、ああ。あの人は、最近恭さんのところをよく訪ねてくる人だ。来るたびに美味い茶菓子を持って来てくれる」

「そうなんですか」


あんなに美人な女の人がお茶菓子携えてやって来たら誰でも喜ぶよねぇ。

もしかしてあの人が噂の、雲雀さんの思い人かな…



「…、名前。聞いてるか?」

「あっ!?は、はいっ、すみませんボーッとしちゃって!あの、もう一度言って頂いても…?」

「いや、別にいいんだ。大したことじゃない」

「あ、そうでしたか」

「さ、行くか。確かあの人が持ってきたタルトがあったはずだ、食べるか?」

「いいんですか?」

「ああ。食べないと悪くなってしまうからな」



雲雀さんが食べるべきなんじゃ、そう言おうとして、そういえば雲雀さんは甘いものが苦手だって聞いたのを思い出す。
雲雀さんが頂かないのなら私が頂いちゃいますからね!ともう一度ガラス越しに向かいの棟を見やると、そこに雲雀さんとあの女の人はいなかった。



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