勘違い




俺は王子だ。




いつだって高貴で上品で天才で完璧でそこらへんの人間とは違っていて、俺は特別なんだ。


かといって俺もいつまでもガキじゃねーし、ジョーシキってやつは大体理解してるつもり。
だけど時々王子的にジョーシキでも庶民的にはヒジョーシキだったりで色々めんどくせぇことに気付いたのも最近だ。



そう、選ばれた人間で特別な俺。

特別だからなんでも許される。なにやったって王子なんだもん、勿論オールオッケー。

そうやって、生きてきたんだけど。



「なぁ」



最近、そんな選ばれた存在である俺を、王子である俺を無視するやつがいる。
違う、最初は無視なんかしなかった、ムカつくくらいきらきらした笑顔を向けてきて、ヒヨコみてーに俺の後ろをくっついてきてた。
鬱陶しかったけどこいつだけはこの自由人ばかりの暗殺部隊で唯一俺の存在の偉大さを理解していて、俺を尊敬して憧れて付いて回ってきてた。
王子には付き人みたいなのがいないとさ、カッコつかないじゃん?別におっちょこちょいで何やっても何やらしても色々危なっかしいから傍で見ててやりたいとかそんなんじゃねぇから。ホントにそういうのちげーから。


…で。俺の周りや後ろをちょろちょろしてるそいつに慣れてきて、俺も不覚ながらそいつを気に入り出して、時々遠ざけたり逆に近付けたりしてる間に、俺とあいつはいつの間にかコイナカってやつになっていた。
一生懸命なあいつが好きだった。いつもうざいくらい明るくて、なんもないとこで転んで、俺が手を差し出してやる度に馬鹿みたいなふざけた笑顔で「ありがとう」って言うあいつが好きだった。
あんなおっちょこちょいだから、任務を完遂しても自分は怪我ばっかりして、いっつも真っ直ぐ自室戻らねーで医務室寄って。
こんな仕事なんだから怪我が軽いモンで済まねぇことだって何回もあった、どうしてあいつがヴァリアーにいつまでもいられてんのかは王子で天才の俺にもよくわかんないけど、そういうあいつのこといつの間にか心配ばっかしてる自分がいた。

あいつが傍にいることが多すぎて、いないと落ち着かなかった。あのうざい笑顔に慣れてしまった。何しても何言っても懲りずに追い掛けてくるあいつが、いつからか当たり前になっていた。


「なぁ、聞こえてんだろ」

「……」

「おい」


あれは確かに事実で幻覚でもなんでもなくて、あいつは確かに俺の傍にいて微笑い掛けてきて、何しても何言っても馬鹿みたいに俺のこと追い掛けてきて、それを諦めろよってからかう俺に「無理!だってあたしベルのこと大好きだもん」って微笑うあいつは、他の誰でもない今ここで俺を無視して視界にさえ入れようとしないお前なんだ。そんなことわかってる。


「聞こえてんだろ。返事しろよ」

「……なに」


苛々して腹が立ってそいつの左耳スレスレにナイフを飛ばした。びくりともしないそいつは無愛想な声で返事だけした。ナイフはそいつの髪を数本切ってそのまま壁に真っ直ぐ突き刺さった。

いつだって俺は追い掛けられる側だった。こいつはいつも俺の後ろを付いて回って、いつからか隣を歩くようになったけど、気が付いたら俺はこいつの背中しか見ないようになっていた。
だってこいつは振り向かない。俺を見ない。目を合わせようとしない。微笑い掛けることもない、声音さえもあの頃に比べたら冷徹そのものだ。


「なんで、俺に背向けんの」

「………」

「こっち向けよ。そんなに王子のこと嫌い?」


返事がなくて急に不安になった。あんなに好き好き言ってたのに?と付け足した。不安は消えない。
あの頃は突き放しても離れないこいつに、そんなに王子のこと好き?と聞いたものだった。
間をおかずに好き!と言われることは当たり前だった。だとしたらこの不安感はなんなのだろう。


「………ベルは、あたしのこと好き?」


質問に質問で返されたのは初めてだった。
答えろよ、と言う余裕もなく、かといってこいつのように間をおかずに好きと答えられる俺でもなかった。

飄々とした自分を装って、「嫌いじゃねーけど?」と顔を見られてないのを良いことに曖昧に返した。


「そう」

「…なんだよ」

「あたしもだよ。ベルのこと、嫌いじゃない」

「………」

「でももう、好きでもないや」


言葉の最後が、微笑っているように聞こえた。
強がって出した声音だったんだろうか。それとも、呆れた嘲笑いだったんだろうか。



あたしベルのこと好きだよ

ふーん

ベルは?

嫌いじゃねーけど

嫌われてない!良かった!

ししっ、なにそれ

いいの。ベルのぶんもあたしがベルを好きだから

ふーん…そ、



いつからだろう、好きと言わなくなったのは。
いつからも何もない、最初からだ。

いつからだろう、こいつの名前を呼ばなくなったのは。
いつからも何もない、ずっと呼んでた、心の中で。

いつからだろう、お前の笑顔からうざいくらいのきらきらがなくなったのは。
いつからも何もない、決まって俺が嫌いじゃないと言ったあとだった。


いつからだろう、お前が俺から離れていったのは。

そんなの決まってる、俺が女遊びを始めた日からだ。



何をしても何を言っても俺を好きだと言うお前に安心してた。
逆にいつも微笑うこいつをちょっと怒らせてみようと他の興味もない言い寄ってくるだけの女に手を出した。
こいつは微笑うだけだった。怒りもしなければ、泣きもしなかった。
だから、ずっと変わらないんだと思った。俺が何をしても何を言っても、きっとずっとこいつは俺を好きだと言い続けるんだと、傍に居続けるんだと思った。



なぁ、お前って馬鹿なの?

なんで?

俺のことずっと好きだよね

うん!

俺がお前のことずっと好きかはわかんねーのにさ、よくずっと好き好き言ってられるよなー

……うん、好きだよ

飽きない?

好きだもん

へー

………ベルは、

あん、なに?

………ううん、なんでもない



あん時お前が何を言おうとしてたのか、今でも俺には分からない。
ただひとつ分かるとしたら、俺はふざけすぎたのかもしれない。好きだけど、こいつは馬鹿だからずっと俺が好きなんだと思って嘗めてかかってた。何をしても平気だと思ってた。


んなわけねーじゃんな、まともに好きとも言ってくれねーのにさ。



「ベルはあたしのこと、嫌いじゃないんだよね。でもそれって、好きでもないんだよね」

「……は?何言ってんの、お前」

「だってそうじゃない。好きなら好きって言ってくれるでしょ。名前も呼んでくれるでしょ。ベルは何もしてくれなかった」

「………」

「ごめんなさい、あたし自惚れてた。最初こそ好いてもらえてると思った、だけど違ったね。思えばもっと早くに気づけば良かった、ベルは最初から一度もあたしに好きだなんて言ってなかった。毎晩ベルが抱いてる日替わりの女の子とあたしはなんら変わらなかったってこと、どうして気付かなかったんだろう」

「何、言ってんの」

「ベルは、あたしのこと好きなの?」

「…………」

「………うん、わかった。もういい」

「……待てよ」

「待ったよ、たくさん。でももう待てない」

「………」

「あたし、疲れた」



そう言って止まっていた足を動かし、俺から遠ざかっていく。
談話室の扉に手をかけ、今にも出ていきそうなそいつに、思わず声をかけた。


「名前、」

「…………なに」

「俺、……お前が、好きだよ」

「………うん、」

「………名前は?」








「好きだった。」





勘違い
その想いは、過去形だった


気付くのが、遅すぎた。

だって名前は、いつだって俺に好き?とは聞かなかった。
好き、を強要しなかった。俺が言うのを、ずっと待っていた。

名前は俺が思うほど馬鹿でも強くもなかった。
付き合ってるのかも曖昧で分からないまま、浮気されてぞんざいに扱われて。
そんなんで、ずっと好きでいられるわけ、ないじゃんな。


でも頼むからさ、

もう一回言ってくれよ


最初から、ずっとお前のこと好きなんだよ




fin.


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