それは、食堂から自室に戻る途中に起きた出来事だった。
やっぱりタルトは美味しかった。
しかも思った通り手作り感満載、ここに込められてるのはきっと雲雀さんへの…、そう思いながら食べるのはなんだか申し訳なかった。
とは言いつつしっかり完食したんだけども。
「あ、」
ふと、見やる先には件の女性が。まだお屋敷の中に居たんだ、迷っちゃったのかな?
そう思って話し掛けようとしたら、向こう様が私に気付いて駆け寄ってきた。
そして、
パシンッ
「………っ、…ぇ…?」
「あんたね!?あたしから恭弥さんを奪ったのは!!」
声が掠れた。
金切り声を上げてヒステリックに叫ぶ女の人。名前は知らない。
頬を叩かれたんだと気付くのに、相当時間がかかった。
何の話、と言おうとして、また叩かれた。唇が切れて、血の味が滲む。
よろけて壁に手をつく。恐る恐る女の人を見ると、鬼と見間違うくらいに肩を震わせて怒っていた。
「あんたのせいで、あんたのせいで…っ!!」
「ま、待って下さい、私が何かしたんですか?」
「あんたがいるせいで、恭弥さんはあたしに振り向いてくれないのよ!」
「えぇ…?」
何やら彼女は勘違いをしているらしい。
雲雀さんが、私のせいで?どんな冗談だろう。
「マリーさん!」
するとそこに慌てて草壁さんが駆け付けてきた。
私と女の人の間に割って入ると、「彼女が何か直接貴女にしましたか?」と問うた。
マリー、さん。金髪に似合う綺麗な碧の瞳。こんな綺麗な人が、どうして?
「恭弥さんは私が作ったお菓子も食べてくれないのに!何回好きって告白しても僕には想う人がいるから≠チてその一点張りよ!!なのに、なのに…あんたは恭弥さんの何なのよ!!」
「私は…」
「なんだい、騒々しいね」
「っ!!」
「恭さん、」
そこに渦中の人、雲雀さんが落ち着いた歩調で歩み寄ってくる。どうやらマリーさんの甲高い声は大分遠方にまで響いていたらしい。
雲雀さんは、私の頬が異常なまでに赤みを帯びて、…要するに腫れているのを見ると、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情でマリーさんを見やった。
マリーさんは雲雀さんを見るなり、ひくりと息を洩らして肩を縮こませる。
「どういうこと。説明して」雲雀さんのいつになく低い声。マリーさんは怯えるように体を震わせる。
「だ、だって…この子が悪いのよ、あたしはこんなにも貴方に好きって言ってるのにあしらわれて、それなのにこの子はへらへら笑いながら貴方にくっついて…っ、憎たらしいのよ、腹立つの!!」
「君のそういう嫉妬深い所が嫌いなんだよ。大体たかだか任務で関わったって言ったってたった一度だろ、しつこいんだよ」
「任務…?」
「マリーさんは恭さんが以前遠征の任務に行った際に情報提供してくれた方だ」
成る程、私が綱吉様勅命の任務に出ていて雲雀さんに着いて行けなかった、あのときの。
草壁さんが小さく私にだけ聞こえるように教えてくれた。つまり、その一度関わった中でマリーさんが雲雀さんに片想いして、任務を終えた今もアタックし続けてる、そういうわけか。
「あたしが側に居ればこんな子いなくてもいいじゃない!!いくらだって情報あげるわよ!」
「この子がいれば十分だ。君と取り換える必要はない」
「…っでも!」
この状況下で私に出来ることなんてあるんだろうか。
ぼんやりと、泣き出しているマリーさんとそれを睨み付ける雲雀さんの二人を交互に眺めていた。
そう、ぼんやり、していたはずなんだ。
「いい、ですよ」
唇は勝手に動いていて。
「私、綱吉様直属の諜報員に戻るだけです、し。それに、お二人、お似合いです、から。その方が、任務でも、都合いい、ですよ」
「………名前?」
草壁さんが不思議そうに私を見る。
マリーさんも雲雀さんも話すのをやめて私を見た。
「雲雀さんの思い人って、誰なんですか。マリーさんじゃ、ないんですか…?」
「…違うって言ってるでしょ」
「でも、あの。どっちにしろ、私とマリーさんが入れ換わることに、支障はないじゃないですか」
「……っ、そうよ、この子とあたしが代わったところで貴方には何の支障もないはずよ!
だって、貴方がこんな子好きなはずないもの!!」
マリーさんが声高々に、嬉しそうに叫ぶ。
あたしがこんな子に勝っても劣るところなんてないに決まってる、だからあたしを貴方の側に。
間違ったことは言ってない。
実際私よりマリーさんの方が都合良いことたくさんある。
諜報だって、ボンゴレに所属する以上いつも一緒にお仕事出来る訳ではないし。
白人のマリーさんの方が、潜入調査にも向いてる。何処のパーティーにも東洋の容姿は不向きなのだ。
マリーさんが、雲雀さんと居るべき。
そう、
私なんかより、
「…………っ、」
ほろり。
ほろほろ、頬を生温い滴が伝う。
あれ?
私、どうして泣いてるの?
「っすみませ…、頬が、…ちょっと、痛くて、」
嘘をついた。
痛かったのは、
心。
へたくそな作り笑いを浮かべて、格好悪く逃げ出した。
「……っ恭さん、自分はあいつを!」
哲がそう言葉だけ残して彼女の後を追っていく。
残された僕の前には、呆けた顔のマリー。
それから、嬉しそうに笑い出す。
「ふふっ、ふ、あはは、泣き虫ねぇあの子!貴方のこと好きだったのに、無理したんじゃなくて?」
僕は、
ドガッ
「…っ!?」
胸糞の悪くなるその吊り上がった白い頬を殴り付けてやる。
勢いよく殴ったせいでマリーは壁に倒れ込んだ。
「………名前の分だよ」
たった一回で済ませてやったのは、仮にも一度情報を提供された借りを返す意味合いだ。
僕は、女にだって容赦しない。
足早にそこを立ち去った。
***
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bkm