「…げほっ…けほっ、」
咳き込む音がする。
痰が絡んで息苦しそうだ。
立て続けに暫くその音は続き、やがて静まった頃、ひゅーひゅーと風の吹くような音がした。
「……っ、はぁ…、……っ、ふぅ…っ、…。」
呼吸を整えた少女は、未だ若干辛そうな面持ちで胸元を擦った。
息苦しさから生理的に溢れた涙を左手の甲で拭うと、ベッドを降りて近くの戸棚を漁り始める。
すると、数回のノックの後、重たい扉を開く音がして金髪の少年が入ってきた。
「名前ー暇だから王子とゲームでもやんねー?…って、何また発作?」
「…………、あ、ベル」
「お前そんなんで大丈夫なわけ?来週から復帰すんだろ?」
「うん。今朝内服薬が切れてていつもより薬少ないせいだと思う。大丈夫、気にしないで」
「薬ねぇの?ちゃんとメイドに調達させとけよ」
「ん…、ありがと」
少女は棚から取り出した吸引器に薬のカセットを差し込むと、先端部分を唇に当てて勢いよく吸い込んだ。
終わると、それに蓋をして再び戸棚に仕舞い込む。振り向くと思ったより近くに少年が居て吃驚したものの、真顔で覗き込んでくる彼に小首を傾げた。
「?…なぁに?」
「……お前さ、やっぱ止めといた方がいいんじゃねぇの?」
「何を」
「復帰。無理そーじゃん」
「えぇ?大丈夫だってばー、ベルこそそんな心配性だったっけ?」
「ちげーよ、任務中に発作起こされたら足手まといだから言ってんの」
「あーはいはい、そうですか」
少女はベッドに腰掛けると、ふぅとひとつため息をついた。
少年はその隣に腰掛けるなり、少女をきゅうと抱き締める。突然の行為に少女は目を丸くしたが、抵抗はしなかった。
「嘘。お前今にも死んじゃいそうですっげー心配だよ」
「縁起悪いこと言わないでよねー、確かに前よか弱ったけどさ…」
少年と少女は所謂恋仲にあった。それも随分前から。少年は少女が大好きで大切で堪らない、故に以前よりずっと弱って見える彼女が心配で心配で堪らなかった。
少女は2ヶ月前の任務で深傷を負っていた。戦闘中に斬り付けられたことで気管支に異常を来したのだ。無事任務を完了させ屋敷に戻ったは良いものの、暫くの間呼吸困難に陥り、人工呼吸器を付けての入院生活を余儀なくされた。
1ヶ月後退院し傷も塞がった彼女は平常通り任務に出ようとした。が、後遺症として気管支喘息になってしまい、1ヶ月の休養を取る羽目になってしまったのだった。
「あー…体力落ちたかも…」
「ししっ、リハビリ付き合ってやろーか?夜の運動ってことで♪」
「結構ですー、ていうか必要以上の激しい運動はまだ控えろって言われてるの!」
「まだっていつまでー?俺いい加減我慢出来ないんだけど」
「そこをなんとか。任務で体力が戻ってくれば段々発作も起こさなくなるんだって。だからもう暫くは深いキスもおあずけー」
「えぇー?ちょ、お前どんだけだよ王子に我慢させすぎ。キスくらいいーじゃん」
「ダメなもんはだーめ」
「ちぇー…」
ちゅ、小さなリップ音を立てて離れる唇。
普段少女の方からキスをしてくることがないため突然の唇の感触に慣れず硬直している少年に、少女は柔らかく笑いかけた。
「ふふ、タダのちゅーなら幾らでもしてあげるよ」
「………っ…、……あんさ、」
「うん?」
「あんま可愛いことしてっとダメでも襲うぜ?理性利かなくなんだけど」
「やだ、ベルのえっち」
「うししっ、元気になったら覚悟しとけよ、寝かさねーから」
それから、どちらともなく唇を重ねて甘い瞬間を味わった。
それまで辛抱
早く好くなれよ、ばーか
「あ、ねぇ今日から一緒に寝て?ベルといると落ち着くから夜中に発作起こさなくなるかも」
「……マジ無自覚なとこ悪りぃんだけどさ、それ王子生殺しじゃん…無事に朝まで自制出来るかわかんねーんだけど」
fin.
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bkm