風を切る音。小さく呼吸音が続く。
最近書類関係の仕事が溜っていて体が固まっている。
少しでも動かしておかないと鈍るから、トンファーで素振りをしていた。
すると、
ガチャッ
「恭くん恭くん恭くん恭くん恭くぅぅぅううん!!!!」
「っ!!!」ビクッ
つるっ ガツンンッ
「…………いッ……!!!」
「………………。」
ノックなしで入ってきた幼馴染み。吃驚して素振りしてた右手のトンファーがすっぽ抜けた。で、幼馴染みの額にクリティカルヒットした。
今幼馴染みの君は両手で額を押さえながらしゃがんで蹲ってプルプル震えてる。
僕は彼女の前に落ちている先程すっぽ抜けたトンファーを拾い上げると、痛すぎて呻くことすら出来ない彼女を上から眺めた。
「いつも入る時はノックしろって言ってるだろ」
「…………っ…だ…っ、………てぇ………っう〜………」
余程痛かったらしい。
涙目で僕を見上げる彼女の表情が痛みで酷く歪んでいる。
膝をついて額を見てみると、赤くなっていた。地味に青痣になりかけている。
「…いくらなんでも…顔にトンファー投げなくてもいいじゃんよ〜…」
「……ごめん。あれは事故。故意にやってはいない。」
「いーたーいぃ〜」
「……………。」
彼女は今年受験生だ。
今日は確か出願だった…はず。
(僕?僕はいつでも好きなときに受験生だからね)
「出願終わったの?」
「うぅ…ん。してきた…」
「……で?何故君は毎回毎回応接室に駆け込んでくるんだい…」
ぎゅう
腹と腰の辺りに重量感。そのままキツく締まるそれは、彼女と彼女の腕。
「………これは何の真似だい?」
「さぶかったのぉ……」
ぎゅうぅと力強く抱きつかれる。痛い。肋骨と内臓と色々なものが凹む。やめろやめてくれ。
でも確かに引っ付いて離れない彼女はどことなくひんやりとしていて、セーター越しに触れてくる掌や指先なんかはかじかんでいるのかぎこちない動きを見せている。
「さぶいがら…きょ…くんで、だんとりにぎだ」
「僕を暖房のように言うな」
あったかや〜、と変に抜けた言葉を放ちながら勝手に癒されてるこいつ。
僕を暖房扱いしたりノックなしで応接室に駆け込んできたりするのは並盛の何処を探したってこいつ一人だけだろう。
はぁ、と溜め息をひとつ吐いたその時だった。
もぞり、
「っぃ!!!!」
「セーターの中のがあったかや〜…」
「ちょっ…やめろっ、」
「恭くん素振りしたあとだからポカポカだねぇ」
「寒い冷たい今すぐ離れろ腕を抜け!!!」
シャツとセーターの間に彼女の腕が滑り込んでくる。
薄いシャツ越しに感じる氷のような指先がもぞもぞと僕の背中をミミズの様に這い回っている。
正直気持悪くてならない。
「恭くんのぬ・く・も・り☆」
「寒気がするからやめてくれない?キモい」
「ひどっ」
「いいからさっさと退け…ッ」
「失礼な恭くんにはお仕置きです。喰らうがいい!!!」
「っっっ……!!!!!」
ミミズの様な感触が僕の脇腹辺りで蠢きまくっている。
擽ったいのに気持悪い。そして冷たい。
声にならない悲鳴が洩れる。頼むやめてくれ。
「………ッい…いい加減にしないと……ッ、受験前の脳細胞グチャグチャに咬み殺す………ッ!!!!」
「きゃー、要するに頭を中心にしてフルボッコですね?(笑)」
「笑うな………」
何故そう言いつつやめない。馬鹿か、馬鹿なのか。
僕がもう我慢ならないと感じてしっかりとトンファーを握り締めると、彼女はあっさりと僕から離れて満面の笑みを浮かべていた。
「ふふふー、さすがにこの時期にそれは勘弁♪」
「いいから黙って咬み殺されろ………」
「わー、恭くん全身から殺気が立ち昇ってるー。あたしがくっついて寒くなったから機嫌悪くなったの?」
「咬み殺す!」
大きく一振りしたトンファーは見事に空振りして、僕の攻撃をひらりと躱した彼女は応接室の出入り口で手をひらひらとさせていた。
「ごめーん、恭くんと遊んでる場合じゃないのデスよ!」
「黙れ動くな今から速攻でグチャグチャに咬み砕く…」
「あー怖い怖いっ。でも恭くんのお陰で暖まったし!冷めないうちに帰って受験勉強しーようっと」
聞いちゃいない。
じゃーねー、そう言い残して嵐のようにやって来て嵐のように去って行った幼馴染みの彼女。
僕の首には、いつの間にか巻かれていた彼女のマフラーがあった。
雲も捉えられない風
(すり抜けていく君がもどかしい、)
思い出したようにひょっこりと応接室の入り口から顔を出して、
「寒いんなら貸してあげるからちゃっちゃと機嫌直してお仕事しなさいな!」
…………君は僕の何なんだ。
…………幼馴染みか。
fin.