君に言わなきゃいけないことがあるの。
でもね、
その前に、
***
「なぁ名前ー謝ってこいって!」
「やだよ。私悪くないもん」
「そうなのか…?ま、まぁ、深くは聞かないけどさ!とりあえず!とりあえずでいいから謝ってきてってば!」
「やだ」
「頼むからー…じゃないとオレ怖くて金輪際あの人に近寄れない」
「寧ろ何回か咬み殺されてあげたほうが早く直るんじゃないの、機嫌」
「既にここ一週間で3回ほど咬み殺されてるよ…」
もう散々だよ!任務渡してもやってくんないし!あの人重要戦力なのに困るって!
ツナの、男の人にしては少し高めの声がキンキンと耳に響く。
ボス直々に呼び出されたから何かと思って、手元の書類整理を手早く済ませて足早にツナの執務室を訪れてみれば、頭を下げてひたすらに謝れ頼む謝ってやってくれの繰り返し。
いくら物腰が柔らかくて優しくて腰が低くったって一応でも大マフィアボンゴレファミリーの10代目ボスなんだから、そんな簡単に部下に頭下げちゃ駄目だよ。ツナのそういうとこ大好きだけどさ。
私はといえば、真顔でやだやだやーよを繰り返している。
ツナはため息をひとつ、参ったとばかりにどっかりと立派な椅子に腰掛けた。
「あー…もういっそオレも仕事ほっぽっちゃおうかな…ヒバリさんみたく」
「リボーンが怒るんじゃない?」
「うぅ…。だってさ、ヒバリさんがやってくんない任務どんどん溜まってくしさ、オレにはやりたくもない書類業務ばっかり増えてくしさ…」
原因は簡単明瞭。あの横暴自由人な風紀財団委員長の機嫌が悪い。それだけ。
その原因は私、らしい。認めるつもりなどない。悪いのはあいつ、天上天下唯我独尊を謳歌したあの鳥頭が悪いに決まってるんだから。
それは一週間も前のこと。
「ねぇ、ウザいんだけど」
「はぁ?あんたこそベッタベタ毎日飽きもせずにくっついてくるのやめてよ、鬱陶しいから」
「それはこっちのセリフだよ、今さっきだって君が暇だからとかで部屋に来たんじゃないか」
「仕事に埋もれた可哀想且つ滑稽な雲雀くんを観察しに来たんだよ。まぁつまらなくて退屈なことに変わりはなかったけどね」
「じゃあ帰ってよ、僕君みたいに暇人じゃないから。邪魔」
(おそらく)同い年の雲雀をからかうついでにべったり甘えて邪魔してやろうと部屋に踏み込んでから早5分。案の定雲雀は私を追い出そうと私のブラウスの首元を摘まんで引っ張る。仔猫じゃないんだからやめてほしい。
「ねぇ、お仕事ばっかりでつまんなくないの?」
「疲れるけど、必要性があるからやるんだし別にどうとも思わないけど」
「ふーん…忙しいそうで何よりだよ」
「微妙に噛み合ってないよね、話」
「どうせ明日がなんの日なのかも覚えてないんでしょ?」
「……明日?」
やっぱり。
私はそう言ってむくれてみせた。雲雀は首を傾げたまま黙っている。
「明日は…スイスに飛ぶくらいだけど」
「あーっ!!?うっそ信じらんない、仕事入れたの!?ふざっけんなバカ!!鳥頭わかめパッツン!!」
「今の君の言葉こそ信じらんないだけど。何そのとりあえず単語並べてみましたみたいな脈絡のない文字の羅列。しかもパッツンて」
「有り得ない!!本当に考えらんないバッカじゃないの!?これだから脳みそまで鳥レベルは!!」
「………」
「どうせ忘れちゃうだろうからって先月からちょいちょい空けといてねって言ってたのに!!バカ!本当にバカ!!雲雀の鳥みかん〜っ!!」
「ねぇ咬み殺していい?ちょっとそこに正座しなよ、一発で眠らせてあげるよ永久にね」
雲雀のバカ。バーカ。
勿論おとなしく正座してやるはずもなく、整ったその顔の左頬に平手打ちをかましてやってから、雲雀の部屋を飛び出した。
つまり、私との約束を忘れて仕事入れやがった雲雀が悪い。
それきり私は雲雀の部屋に行かず、本部の屋敷内ですれ違ったときはとびきり鋭い眼差しで睨み付けてやっているのだ。口なんかきくわけない。
「……もう、12日か」
一週間。一週間だ。
雲雀の誕生日から、一週間。
雲雀はイタリアと日本と世界各国とを飛び回って匣兵器の研究に明け暮れている。それと並行してツナから受けとる任務もこなしているから非常に多忙だ。
あっちこっちで生じる時差のせいでまともな日付を意識出来ていない。だから「明日はなんの日?」なんて急に言われても「仕事」としか答えられないのは分かっている。
だけど、だけど。一緒にお祝い、したかった。日本を離れてれば日本の祝日なんてすっかり忘れてしまうだろうけど、5月5日はこどもの日なんだよ。GWの一部で、並中はお休みで、君の誕生日なんだよ。ねぇ、忘れちゃったの?
「ツナ、それだけ?なら私まだ書類残ってるし部屋戻りたいんだけど」
「え?あ…、うん…。分かった、書類雑務よろしくね」
重たい木製の扉を静かに閉めて、絨毯の敷かれた廊下をゆったりと歩く。
一歩一歩進む度にふかふかの絨毯に柔らかく沈むヒール。ここ一週間の私の気分もそんな感じ。
今日はたしか雲雀がスペインから帰って来る日。
いいなぁあいつ。各地行く度に美味しいお国料理食べてんだろな。スペインはタコスだっけ。タコスも美味しいよね。いいなぁ。
「…………はぁ」
多分「誕生日おめでとう」を言ってないのは私だけだ。ツナや幹部の皆は雲雀がスイスから帰った日に一人ずつ言ったらしい。
…まぁ、それも機嫌が悪かったらしい雲雀からすれば迷惑行為以外の何物でもなかったのかもしれないけれど。
知ってんだぞ、雲雀には草壁くんばりの女性研究員が付き人にいるってな。
雲雀が何処に行くにしてもくっついて歩いて、しかもそれを嫌がってないそうじゃないか。良かったね、話に聞く限りじゃ相当の美人らしいしね。お似合いだよきっと。ばか野郎。
どうせ君の誕生日もその人が一番に飛行機の中でおめでとうを言ったんだろう?いいなぁ、ホントはそれ私がやるはずだったのに。イタリアのオシャレな町で美味しいピッツァやパスタでも奢ってあげて、日頃の話なんかしながら素敵な誕生日祝い、してやろうと思ってたのに。
プレゼントなんて思い付かないから、君の仕事を手伝ってあげるのも悪くないかな、そう思ってたんだよ。
「……はは、」
乾いた笑いが零れた。
自分の部屋に入るなり、鍵をしてソファーに倒れこんだ。
ベッドは嫌。広すぎて落ち着かないし、何よりこの虚無感を倍増させるだけだろうから。
「………バッカみたい…」
泣きそうだ。我ながら恥ずかしい。
この年になって、告白もまだなんて。もっと賢い生き方出来ないのかな…。いつも君には迷惑かけて怒られてばっかりだ。
これじゃ、母親にかまってほしい小学生と一緒じゃない。カッコ悪すぎて嫌になるよ。
少し眠ってから仕事やろ。
そう胸中で呟いて、ふ、と瞼を閉じた。
目を開けると、視界は真紫だった。
いや、正確に言うなら、皺の寄った紫。
この色は、あいつのシャツの、
「起きた、」
「ッ!!」
飛び起きて状況に気付く。あれ、なんで私ベッドにいるの?
冷や汗だらだらでこうなった経緯を導きだそうと視線を忙しなく動かす。
ネクタイを解いたシャツとスーツの雲雀が、ゆっくりと身を起こす。反射的に身を引いてしまった。
くぁ、と欠伸をすると、そのきっと攣った鋭い目付きをさらに細めた。
私の服には寝転がったときの乱れしか見当たらない。どうやらそのテの展開には至ってないらしい。やや安心感を覚える。
それでも未だ平常心を取り戻せないでいることを悟られないように、表情だけでもと必死に真顔を作った。
「………何しに来たの。ていうか、いつからいるの」
「2時間前。君よく寝るんだね」
「2時間って…」
部屋の置時計に目をやると、部屋に戻ってソファーで眠ってから2時間と40分が経っていた。
寝過ぎた…まだまだ仕事はあるのに。
「どうせ寝るならベッドで寝なよ」
「…うるさい」
「ま、寝相はいいみたいだから?横で寝てて不快な思いはしなかったけどね」
「………出てけ」
「ワォ、一週間振りに言うセリフかい?」
うるさいうるさい。私、君にだけは会うまいと部屋に引きこもるつもりだったのに。君が部屋に来てどうすんだばか野郎。
それに誰のお蔭で一週間も距離を置いたと思ってんだ。腹は立つけど一緒にいると落ち着く、そんな私にとっての癒しキャラである君と暫くじゃれないだけでこんなにも疲労困憊に陥るとは…立派な依存症だなぁ。
「何しに来たの」
「君の間抜けな寝顔を拝みに」
「今すぐ出てけ」
「やだよ、部屋に戻ると哲が仕事仕事ってうるさいんだ」
「必要性があるなら忙しくてもどうも思わないんじゃなかったの?」
「面倒は嫌いでね」
そう言ってばふり、再びベッドに体を沈める雲雀。レディの部屋に不法侵入って、風紀を重んじるやつのやることとは思えないんだけど。しかも超寛いでやがる。
(レディなんて年じゃないことは承知の上よ、ツッこまないでよね!)
近くにあったクッションをばふ、雲雀の顔に叩き付けた。「…ちょっと」ってくぐもった声で怒られたけど、知るもんか。ばふばふ、クッションでひたすらに打撃。ダメージはほぼ0である。
「いい加減…っ、やめろっ」
「うるさい!黙ってやられてなさいよバカ!」
「何その…、理不尽っ、」
「雲雀のバカ!バーカ!雲雀のくせに!雲雀なのにっ!」
「だか、ら…っ、なんのこ、っ、と!」
途中クッションで口を塞がれて言葉が詰まる雲雀に容赦ない連続攻撃。相変わらず効果は皆無。
何よ、あんた機嫌悪かったんじゃなかったの?なんでそんなに、ナチュラルに話してくるの。ふざけないでよ、意地張って無理にあんたを避けてた私が余計に惨めじゃない。
気が付けば視界は滲んでいて、悔しくて恥ずかしくて、クッションを抱え込むようにして顔を隠す。
「…………、終わりかい?」
「………」
「言いたいこと、それだけで終わり?」
「………………、」
寝転んだ状態のまま、雲雀の腕が伸びてくる。くしゃり、髪を撫でられた。
「……機嫌」
「ん?」
「機嫌、…悪かったんじゃないの。………ツナが、困るから、私に謝れって」
「……調子が悪くてイラついてただけさ」
「……ね、雲雀」
「ん?」
のそりと顔を見せて、無表情なその整った顔立ちを見つめた。ちょっと気恥ずかしいけど、我慢。
「1週間前ね、君の誕生日だった」
「……らしいね。沢田とかその辺のやつらがうじゃうじゃ集まって口々に言ってたよ」
「忘れてたでしょ」
「……別に、だからって何も支障なかったでしょ」
「あったよ」
「どんな?」
知らんぷりといったふうな涼しい顔で私を見上げる雲雀。むかむかしてきて、クッションを雲雀の顔に押し付けた。息苦しそうな声がしたけど知るもんか。
「雲雀、約束破った」
「……休み、取るって、話?」
「そうだよ。…雲雀の誕生日に、なんか美味しいものご馳走するつもりだったのに」
「……和食がいいな」
「バカ」
「ねぇ、作ってよ」
「…はぁ?」
「和食。毒サソリの作ったのみたいな食べられないやつは勘弁してよ、君の手料理で食中毒死するとかこの上無く屈辱だから」
「何よそれ、人にモノ頼む態度?…知らない、今更祝ってやるつもりもないから」
すると、暫く間を開けて雲雀の声がした。クッションで押さえ付けたままだからかなりカッコ悪い。
「……悪かった」
「…………………、へ?」
わるかった?誰が?何が?
「だから。……約束、忘れてて、」
嗚呼、なんか拗ねてる。声音から分かる。不貞腐れてる。子供みたい、さすがこどもの日生まれ。
今からでいいから祝えと、雰囲気が物語る。けれど、言葉より先に引いたはずの涙が再び瞳に膜を張る。…良かった、クッションのおかげで雲雀からは見えないや。
「……やだ」
「なんで」
「一番にお祝いしたかった。…のに、これじゃ最後だもん」
「ふぅん?」
「雲雀の、ばか」
ぽろ、ぽろり。光の粒が眦を伝って落ちて、シーツに灰色の染みを作る。
歪んで映る景色に雲雀が一瞬見えて、そしたらきゅう、って切ない力加減で抱きすくめられた。
「ねぇ、」
「……っ、」
「…祝ってよ」
プレゼントより先に平手打ち食らった僕の立場ってどうなの。
親におやつをお預けされた子供みたいな拗ね方に小さくくすりと笑って、彼の頬にそっと手を添えた。
「ね、雲雀」
「うん」
「誕生日、おめでと」
「…うん」
「好きだよ」
「……、」
「これからも、お祝いさせてね」
「…うん、」
「次は一番最初がいい」
「分かった」
「ね、雲雀」
「うん?」
「……作ったげようか、和食。」
「うん」
ごめんよりも先に
(産まれてきてくれて、ありがとう)
「おいし?」
「まあまあ」
「わー、そゆこと言う?」
「嘘。…また作って」
「おいし?」
「……うん。」
「そっか」
「ね、」
「ん?」
「僕も、
好きだよ」
fin.
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bkm