不器用王子の約束

深夜01:27。バイト先の飲み会からの帰り道。


最近はこの辺りに通り魔が出るらしいから、あまり夜道を歩きたくなくて、飲み会は参加せずに上がるつもりだったのに、断りきれず行く羽目になってしまった。
お酒だってそんなに強くないのに。アルコールが入って饒舌になる先輩の横で一人チューハイを舐めることの寂しさったらない。


(……う…クラクラする)


ブロック塀に手をついて体重をかけながら、足を引きずるようにして前へ進む。
しんと静まりかえった住宅街は不気味さすら漂わせていた。

早く帰らなきゃ。


ほぅと吐く息は白く、頬を霞める空気も刺さるように冷たいのに、無理して飲んだ酒のせいで体の内側は熱るばかり。風邪をひいたときみたいだ。

電柱から差す外灯はちかちかと頼りなく点滅していて、ほんのりとしか路を照らせていない。

とそのとき、不意にその外灯の明かりに影が差した。
ゆらりと此方に近付いてくる足取りに、身を引く。

もしかして、通り魔…?


「ひぃっ…!」

「おい、王子にそりゃないだろ」

「……え…、」


見ると其処には、ほんのりとした外灯の明かりさえ反射させてきらりと輝くティアラと撥ねた金髪があった。
イタリアにいるはずの、あたしの彼氏、ベルフェゴールだ。

長い前髪の下でいつも半月形に歯を見せて笑う唇は、今への字に形を変えていた。


「べ、ベル…」

「お前こんな時間に何してんの?」

「あたしは…ほら、バイト先の誘いで…ちょっとね。ベルこそ…なんで日本にいんのよ」

「オレは任務。ボンゴレの日本支部にちょっと用事ついでに殺し屋殺しを楽しんだ帰り♪」

「相変わらず趣味悪いのね」

「そのオレに惚れちゃってるお前もジューブン趣味悪りぃよな」


返す言葉がない…。

実際、遠距離でもいいからベルの恋人でいたい、なんて恥ずかしいことをほざいたのはあたし自身だ。


「直でイタリア帰るのタルいからお前んち寄ろうと思って」

「来るなら来るって連絡くれれば良かったのに」

「どうせすぐ帰んなきゃなんねーのに、メンドいだろ」


そう言いながらもあたしの肩を抱いて歩き始めるベル。
懐かしい彼の香りに、頬が緩んでしまう。


いつもそう。
遠回しな言い方しかしないけど、本当は優しいの。

たくさんお仕事があって忙しいのに、イタリアに帰るのをわざわざ遅らせてまであたしの顔を見に家に寄ろうとしてくれたことも、
連絡しても一緒にいられる時間は一日すらないから、わざと連絡せずに、あたしの知らない時にふらっとやって来てあたしの知らない時にふらっと帰ってしまうことも、
全部全部知ってる。


「何ニヤけてんだよ」

「ふふ…なんでもなーい」

「キモいぜそのニヤケ顔」

「なっ…仮にも彼女に向かって、キモいはないでしょバカ王子っ」

「バカつけんなバーカ」

「何よ〜っ…人の気も知らないで」


ぷいと顔を背けて大袈裟に拗ねてみる。
すると左の頬に柔らかくてあったかい感触がした。
これもいつもの通り。あたしが拗ねると、言い過ぎたと思ったベルがキスをして誤魔化そうとするの。


「こんくらいで拗ねんなよなー」

「じゃあたまには連絡寄越しなさいよ。電話どころかメールの返事もないんだから」

「暗殺部隊は毎日忙しーんだよ」

「あっそ!」


本当は分かってるよ。
こんなワガママ言っても、ベルを困らせるだけだって。
でもさ、やっぱり寂しいんだよ。
あたしが寝てる時に、合鍵使ってたまに家に寄ってくれてることも知ってる。
だって頭を撫でてくれる感触が起きた後も残ってるから。

だけどね、そんなことするくらいなら起こして欲しい。
連絡出来ないなら、その一瞬だけでも彼方に触れたいから。
ちゃんと愛されてるって、そういう自信が欲しいの。


叶わないワガママだって、頭では分かってるのにね。


家に着いて、あたしが鍵を開ける。あたしが玄関に入ってもベルは其処に立ち尽くしたまま。


「入らないの?」

「ん、もう行く」

「そっか」


寂しい気持ちは表に出しちゃいけない。明るく見送るくらいの心持ちでないと、この人の恋人なんてやってられない。
困らせるのは、嫌だから。

今度来るときこそ連絡してよね、無器用な作り笑顔で小さく呟く。
自称王子さまの彼のことだから、嘘なんてバレるの分かってる。
分かってる、けど。


「なぁ」

「うん?」

「お前さ、イタリア来ねぇ?」

「………え?」


ベルが、玄関に入ってきて、後ろ手にドアを閉める。
身長の高い彼を見上げてキョトンとしていたら、突然抱きしめられた。
不意打ちだ。


「だからさ」

「………うん、」

「……王子と居ろよ」


いちいちお前んち寄るのメンドくせーから、
お前がオレんとこ来ればいいだろ。


何処か自信なさげに呟くベルがらしくなくて、なのに言ってることはいつもみたいに遠回しな優しさで。
自分でもよく分からないけど、涙が溢れてきた。きっと今日飲んだチューハイのせいだ。


「……いいの?」

「何が」

「お仕事の、邪魔になるかもしれないよ」

「いんだよ、お前はそういうこと考えなくて。オレが言ったことはもう決定事項なんだから」

「何様よ、バカ」

「ししし」


だってオレ、王子だもん。


今日初めて見た、その笑顔にホッとして、もう涙が止まらなかった。


不器用王子の約束


(ニヤケ顔より泣き顔のが余っ程キモいぜ、お前)

それは、泣き顔より笑った顔の方が可愛いぜ、ってこと。




fin.




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