無表情。でも、その頬には冷や汗が流れる。









「センパイ、冗談はナシですー」

「冗談なんかじゃねーし」



自分でも知らないうちに殺気が出ていた。
ナイフを握る手に力が入る。力を込めすぎて僅かに震えていた。


「このままお前の首飛ばしたら面白そーだよな」

「マジ止めてくださいー王子(仮)」

「冗談じゃなくて飛ばすぞ」


喉の奥が震える。
今こいつがしたこと、俺にとっては嬉しくもなんともねえ。



むしろ、哀しくなってくる。




「名前は、もういねーんだよ」







10年も経ってたら、その哀しみも忘れられてると思ってた。

でも、その事実を自分で言葉にするのは、とても苦しくて。




「あいつは、もう、いねーんだよ」



クソ蛙。そんな、静かに俺のこと見んな。
冷や汗もどっかに行っちまってるし、ナイフ向けてても全然面白くない。
けど、勝手に唇は動いて、悲しい哀しい現実を紡いでいく。




「名前には、会えねーんだよ」



会いたい、会いたい。

それでも、叶うことはない。



「てめえがあいつとどういう関係なのかなんて王子には知ったこっちゃねーけどな」

「…………」

「てめえに名前の命をオモチャにする資格も権利もねえよ」

「……………、」

「次同じことやったら、」

「やったらー?」

「………、ボスがなんて言おうと切り刻んでやる」


たとえ俺がかっ消されようとな。






ナイフを首筋から離す。

そのまま自室の扉の前まで来て、ノブに手をかけて、言う。


「あいつは、死んだんだから」












辛いだとか、哀しいだとか、苦しいなんて気持ちは知らなかった。
クソ兄貴に負けても、腹立って今度こそ殺してやるって、それしかなかった。

俺にたくさんの感情を教えてくれたのも、会いたいと思わせてくれたのも、


名前だけ、だった。




「ミーはお参り駄目ですかねー」

「……一回限り、な」

「うっわー、センパイがミーのこと許すなんてー気色悪いですー」

「そう言いつつナイフ抜いて捨てんじゃねーよ」



てめーはどっちなんだ。
許しを請うくせに許してやったら気色悪いとか。


まあ、でも。

あいつ、喜ぶもんな。
誰かが来てくれると、多分。


俺以外の奴なんて、もう何年も行ってないわけだし。











パタン、扉の閉まる音。
隊服のジャケットを床に脱ぎ捨てて、つかつかとベッドに向かう。

ぼふり、ふかふかのベッドに埋もれても、心の奥のもやもやは決して晴れることはなく。





「……ししっ、自分で言っといてなーに傷ついてんだか」



乾いた笑いしか、出てこない。




「名前ー………、」



枕に顔を埋める。うつ伏せだから少し息苦しいけど、いまは何も見たくない。

髪からティアラが抜け落ちて、ベッドの上を転がる。そのまま床の上へと落下した。
カシャン、壊れてはいないだろうけど、そんな儚くて脆い音が響く。起き上がって拾う気にはなれなかった。




「会いてー……、」


会ったら、抱きしめたい。
何年も離れていた分、その距離を埋めるようにして、抱きしめて離さない。

でもそれは、幻覚なんかじゃいけねんだ。
あいつ自身を抱きしめなくちゃ、意味がないんだ。

もう一度あいつに会うのは、きっと、




「……おーじ、はやくしなねーかなー…」




この世界じゃない、ところ。






分かってんだ。

あいつに置いてかれたんじゃなくて、あいつがフライングしたってこと。

ホントなら今頃、ずっと一緒にいて、暗殺部隊なのに幸せで満たされた時間を過ごしてるはず、なんだ。


なんで先急ぐかなー。王子のペースには合わなかったか?




「どうせ向こう行ったって、また俺が来るの待ってるだけなんだろ…」

じゃあなんで俺と居なかったの。
待ってるだけなんて、さびしー、じゃん。


「追っかけんの、すげー大変なんだぜ…」






俺は、さ、名前。


仕方ねーから生きてやるよ。
お前の残した時間も、きっと全部使い切るまで。



俺がそっち行って、やり残したことなんてなーんもないようになるまで、生きてやる。



寂しくて、辛くて、苦しくて、哀しいけど、俺までフライングしたらお前文句言うだろ?

だから、生きてやるよ。











そうだな、お前に会うのは、まあずっとずっと後ってコトにしといて、


今は、








(明日作る花冠の花、考えとくか)


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