委員長様じゃなくて、雲雀サン。

まだ言い慣れないけれど、心の中でも彼の存在を信用している
自分がいたの。

それは、好きって感情になってしまったけれど。


今日もあたしはあの人のところへ行くの。

ただ、今日ばっかりは応接室じゃないみたい。


一ヶ月前、体育祭の日にあたしはどうやら風邪を雲雀サンに
移してしまっていた(らしい)。
そのときは風邪気味で終わったらしいんだけど、昨日は風が冷たかったから、
ぶり返してしまったみたいで。

なんか責任を感じるので、お見舞いに行ってきます。




06:自覚、その後。





今日は日曜で、学校はお休み。
だけど、風紀委員は日曜日も仕事があって、いつも家に電話で雲雀サンに呼び出されるから、
(てかなんで家電番号知ってるんだろう)(あれか、あの人資料とか管理してそうだもんね)
今日は呼び出される前に行っとこうと思って応接室に向かう。

なのに…

応接室には雲雀サンはいなくて、あれ?て思って、屋上行ったりいろいろ学校中探し回ったけど
やっぱりいなくて、仕方ないから帰ろうと思ったら校門のところで草壁さんに会って、

「委員長は今病院にいます。入院しているんです」

って、言われて。
最初はものっすごくびっくりした。けど風邪だって聞いたらなんかホッとした(ひどいなあたし)。
昨日早速喉使っちゃったし、診てもらいたかったからちょうどいい、と思って、
あたしは病院に行くことにした。


一度家に戻り、私服に着替えて(なんで学校って制服じゃないとダメなんだろ)
とりあえず軽めに荷物を持って(診察券とか財布とか携帯とか)家を出る。

そういえば、喉使えるし電話も多少なら出来るんじゃ?

もう少し良くなったら、今度お母さんに電話してみよう。
久しぶりだな。今頃どこの国にいるんだろ?


実は、あたしは両親の仕事の内容をよく知らない。
いろいろな国を飛び回るお仕事だとは、聞いてるけど…。

5歳までイタリアで一緒に暮らしてたけど、日本に来てからはあたしが10歳になるまで…
5年しか一緒にいられなくて、その間も両親は帰りが遅かったり長期出張に出ていた。
昔から家事の手伝いなんかはよくやってたし、別に困るものでもないけど、
やっぱり、それなりにさみしい思いだってあるのです。

お母さんは、日本人。お父さんは、イタリアと日本人のハーフ。
二人とも結婚する前から同業者みたいだったらしいんだけど、
今ほど忙しくはなかったようで、時々送られてくる手紙には
いつも「一緒に居られなくてごめんね」って書いてあって。

お父さん方のおじいちゃんは、イタリアの人で、両親が所属する会社(であってるのかな)の
結構上司のほうだったんだって。あたしが生まれるころにはもう引退してて、
小さいころはよく両親の代わりに絵本読んでくれたり、お話してくれたり、したっけ。
イタリア語も、おじいちゃんに習ったな、そういえば。

優しくて大好きなおじいちゃん、今はもうここ何年も連絡していない。
元気かな、おじいちゃん。


回想に浸っていた自分を、はっと現実に引き戻す。
そうだ、病院行かなくちゃ。

あたしは玄関を出て扉を閉めると、鍵をしてマンションを出た。
今更ながらあたしの住まいは、極々普通の3LDKである。
両親がもう2、3年くらい帰ってないから、一人だけど。

そろそろ本格的に冷える季節なんだなぁ、と服の袖を握り締めた。



***





今日は昨日に引き続き、冷えるな、なんて。

そんなことを思う自分の体はまだやや火照っているのだけど。


トンファーを軽く振るう。血がほんの少し飛んで、白い床の上にポタタッ、と落ちた。
まったく、これだから弱い草食動物は嫌いだよ。群れるだけ群れて、能力は無いんだから。
ま、ここは病院だし、多めに見るけど、弱いものは所詮弱いにすぎないね。

ゴロン、と転がっているさっきまで同室だった奴等。
こんなところ南に見られたら嫌われてしまう。彼女は暴力が嫌いなのだから。

ついこの間だ、彼女に抱く感情に気づいたのは。
でも、まだ理解しかねることもあって。…自分のことなのにね。
ただ、ほんの少しだけ分かったのは、あの子といると何故だか胸の内が温かくなること。
世間一般には、これを恋と呼ぶんだそうだ。
別にまだ「彼女もそうであってほしい」とまでは思わないけど、
もしもそうだったなら、きっともっと僕は温かいなと感じられるんだろう。


ベッドに腰掛けて、枕元に置いておいた本を手に取る。
まったく、退屈以外の何者でもない。
暇だから仕事をしようと思ってさっき草壁に電話をしたら、

『委員長はいつも頑張っていらっしゃいます、こういうときほど後のために
休息をとっておくのも大切かと』

と、生意気なことを言われた。
でも、僕が咬み殺すよと言う前に

『それに、昨日ので委員長の職務は終わりです、
今日の分も全て昨日南さんが済ませてしまいましたので。』

と言われてしまった。
これならば仕方が無い。不本意ながら、奴の言うことを聞くしかないようだ。

窓からびゅう、と冷たい風が吹き抜ける。
思わずくしゃみをしてしまった。身震いがする。
窓を閉めようか、と顔を上げたそのときだった。

「やぁ」

「ヒバリさん!!」

いつぞやの草食動物、沢田綱吉だっけ…
が、視界に映った。
そっか、さっき彼がいるのを聞いて同室にしてもらうよう言っておいたんだった。
どうやら、僕の脳内は風紀の仕事のことと風邪のこと、
南のことしか入っていなかったらしい。

ちょっと笑えるね。



─────………



相変わらずよく叫ぶ草食動物だ。
僕が入院していることに随分驚いているらしい。
読もうと思って開いた本をまた閉じて、もとあった枕元に戻す。

そう、僕はゲームをしていた。
暇つぶしという、ゲーム。

同室の奴らが僕の睡眠を邪魔したら、咬み殺す、っていう、ね。
そう説明すれば、沢田綱吉はサーッと顔を青ざめて部屋を出ようとする。

「あ、あの僕もうすっかりよくなったんで!たっ…退院します!!」

「だめだよ、医師の許可がなくちゃ」

「やぁ、院長」

「え゛!!!いんちょー!!?」

そんな彼の後ろから現れたのは、僕の息のかかったこの病院の院長。
日頃の御礼なんて言われても特に何も感じないけど、
とりあえず奴は獲物の調達に役立つから、使える方なんじゃないかと思う。

ペコリと深く頭を下げると、院長は部屋から出て行った。
僕はそれと同時か早いか、ベッドに潜りこんだ。
まったく、体が少し重たいのは不愉快だ。
大きなあくびが、僕を眠りへと誘う。
葉の落ちる音でも目が覚める僕の隣に、もしもあの子が居たら。
どんなにぐっすりと眠れるんだろうか。

ほんの少しの夢見心地で、僕は枕に頭を預け、意識を手放した。

そのあと、すぐに目を覚ますことになったんだけど。



***



とりあえず、雲雀サンの病室に行く前に自分の診察を済ませてしまおうかと思って、
あたしはいま診察の順番待ちである。

「南さん、お次どうぞ」

受付からのアナウンスで自分の番だと分かると、席を立つ。
と、急ぎ足で向かってきていたのか横から急に人影が現れ、あたしはぶつかってしまった。
う、と声が出そうになったけど、今までどおり息を留めてなんとか声が出ないようにする。
まったく、少ししゃべれるようになってからというもの、気が緩んできているみたいだ。

「悪い、大丈夫か?急いでてぶつかっちまったな」

顔を上げると、金髪の外国人さんがあたしに向かって申し訳なさそうな表情をしている。
それにしては、日本語上手なんだな。普通の日本人みたい。
よく顔を見れば、けっこうかっこいい顔をしている。
ま、別にだから何ってわけじゃないけどね。

いえいえ、と顔をやんわりと横に振って、あたしは診察室に向かうべく向きを変えた。

「…!  あ、お前、もしかして…」

再度声をかけられた気がして振り向くと、「なんでもねぇ、わりぃ、じゃーな」と外人さんは行ってしまった。
きょとん、としていると、診察室から先生が顔を出して「羽無ちゃん?」と言って待っていたので、
あたしは踵を返して診察室へと歩を進めた。


「ボス?どうしたんだ、あの子タイプだったのか?」

「バッ…ちげーよ、ロマーリオ。昔ちらっと話に聞いてた子と似てたんだ」

キャバッローネファミリー10代目ディーノは、ちらりとぶつかった少女を振り返り、
また視線を前へと戻す。

「たしか写真も見せられたような…まぁ、でも大分昔だからな、容姿くらい変わってんだろ」

「そうか。なら気にすることはねぇ、急ぐぞボス」

「あぁ、そうだった。あいつらは無事なんだろうな」

「簡単にやられるような奴等じゃねぇ。だからこそ、だ」

「分かってら」

先ほど部下からかかってきた緊急事態の電話を思い出すと、ディーノは病院のゲートを出て走り出した。
それと同時に、診察室のドアが閉まった。



***




「え、もう声出したの?まったく…程々に、って昨日言ったばかりでしょう」

すいません、とスケッチブックを見せる。
どうやらスケブにはまだしばらくお世話になりそうだ。

「一応炎症は起きてないし、大丈夫なんじゃないかな。もう、無理しちゃだめよ。
あなた、自分が思う以上に弱い体しているんだから」

先生にでこピンされる。けっこう痛い。
この先生は女の人で、あたしが日本に来てからというものずっとお世話になっている。
名前は水湖一海(すいこひとみ)先生。あたしの愛称はうみ先生である。

「はい、診察終わり。のど飴はまだ足りてる?」

こくん、とうなずく。

「じゃぁ今日は出さないでおくね。もう戻っていいよ」

【あの、うみ先生】

「ん?」

【雲雀サンってひとの病室知ってます?】

「!!!」

ガタッ、っと先生が椅子ごと後ずさる。ひどい。

「や、やだ羽無ちゃん…まさかだけど、ひばりさんってあの雲雀恭弥さんのことかしら?」

これまたこくんとうなずく。先生が冷や汗を流す。失礼だ。

「……あえて詳細は聞かないわ、えっと…たしか…」

病院内でも彼がいることは有名というか脅威というか。
先生は彼の病室を教えてくれた。なんか、近づいちゃいけない病室として話が回っているらしい。
うみ先生は額に手をあてて、ため息をひとつ。

「まったく、あなたも大変な人と仲良くなったものね…まぁいいわ、出来る限りで私も相談聞いてあげる」

【はい!ありがとうございます!】

にこっと笑えば、先生もつられて笑顔。この人、美人なのに独身なんだって。

診察室を出て教えてもらった病室へと急ぐ。
とりあえず具合の確認だけでもしたいな。

弱ったあの人なんて見たこと無いから、少しだけ不安を心に抱えて、あたしは廊下を小走りした。

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