まさかの捻挫で、なんとうちの学校の一大イベントに出られなくなってしまった。

運動は嫌いだからまぁ良かったけど、学校が大好きなあの人にとって風紀委員が学校のイベントに出ないのはかなりイタいことなのではないだろうか。




前日の日は資料整理に追い込まれて何も出来なかった。
出ないとはいえ、やることはあるだろう。



あぁぁ、ぶっつけ本番は向いてないのに!



04:並中体育祭



もういやだ。
眠い。寒い。足イタい。

どうしてこうまで風紀委員は朝が早いのだろう。
昨日12時に寝て4時に起こされるなんて、冗談じゃない。
おまけに6時半までに学校に集合だなんて、本当に容赦ない。


むしろ、あのひとに会いたくない!



(まだ9月なのに、マフラー欲しいなぁ…)


朝の冷え込みが半端無いのは、あたしにとって最大の敵だ。
だからいつも寝坊しないギリギリまで、あったかい布団の中ですごすのだ。
冷え性の手足に、この冷え込みようは厳しすぎる。

てかどうして今日に限ってこんなに寒いんだろう…。

ブレザーのポッケに手を入れて、学校に向かう。
お弁当作るときなんか、手ぇ震えてたんだからな!


「おはようーっす」

【おはようございます】

なんだか、心なしか風紀委員の人たちとは仲良くなれた気がする。
皆あたしが委員長様の近くにいるからってちょっとかしこまった感じなのが、嫌だけど。



あー、委員長様のこと考えちゃった!


やだやだと、腕をさすりながらとても不吉なものでも見たかのような顔で校門を通り過ぎる。
とても風紀委員の人たちに失礼な気がして、ならないのだが。

寒さから頭痛がしないように、髪を首に巻きつけてマフラー代わりにしてみる。
こういうとき、長髪は便利だと思う。
夏は暑くて仕方ないのだけれど。


弱弱しく応接室の扉をノックする。

「いいよ」

前よりかは口調が優しくなった委員長様だけど、

あたしをからかうことだけは前よりも一段とレベルUPしていると思う。


さあ、今日も大変な一日が始まる。


「南、おはよう。今日も遅刻しなかったね」

【委員会入ってからやってませんって。いつまで引きずるんですか】

「南の反応に飽きが来ない限りは」

【相変わらずひどいです】


ぽふ、とソファに座る。
鞄から資料を数枚出して、委員長様に見せる。


「あぁ、やってきてくれた?君、仕事はホントに早いから助かるよ」


一度立って、委員長様に手渡す。
さささ、っとソファに戻り、持ってきた本に目を移す。
あたしは、委員長様に言われない限り仕事が無いのだ。


「…ねぇ、なんでわざとらしく目をそらしてるの。もしかして、





こないだの、まだ気にしてるの?」


ピキーン。フリーズ状態。

そう、こないだ応接室で爆発があった日、あたしは副委員長様に委員長様との関係を誤解されてしまったのだ。
あれから、それとなく避けてしまっているのだけど、委員長様にはお見通しだったらしい。


「別に僕は面白いからいいと思ってるけど」

【…………ひどいです】

「僕とそんなにいや?恋愛的関係持つの」

【いや… 恋愛自体、苦手で】

「ふーん、女子はみんな恋とかって好きだと思ってたけど」

君みたいなやつも世の中にはいるんだね、委員長様はコーヒーをすすりながら不思議そうな視線をあたしに送る。


恋愛は苦手だ。
得るものより失うもののほうが大きいから。

ふう、と一息ついて、眠たい目をこすりながら本に視点を戻す。

少し肌寒いのもあってか、身体中が固まっている。
今朝、忙しすぎて毎朝のココア飲んでないなぁ、と思ったそのとき


「ねぇ、君いまもしかしてしゃべった?」


委員長様が驚いた目でこちらを見ている。



…………え?



***



南が、はじめて僕の前でしゃべった。

いや、本人も驚いているから、どうやら意識的にしゃべったわけではないようだ。

ふと、やわらかくて、鈴のような、一般には可愛らしいと呼ばれるような。

そんな声が、僕の耳に飛び込んできたのだ。



「…ココア、好きなんだ」

【大好きです】

ささっと筆談に切り替わる南。
もう少しちゃんと聞いていたかった、なんてのは秘密。

僕だけが今のを聞いていたと思うと、少し得をした気分だ。


【3年くらい久しぶりに声出しました】

「ワォ、そんなに使ってなかったのかい?」

【不自然じゃなかったですか?】

「うん。普通にしゃべってた」

すると彼女は微笑んで、

【もしかしたら、けっこう回復してるのかな】

なんて、嬉しそうに僕にスケッチブックを見せた。

【また普通に話せるようになるのが私の夢なんです】

「また?話せてた時期があったんだ」

【5歳くらいまでは。それからずっと筆談です】

「へぇ」

こういう人間は珍しいから、少し興味がある。
その程度だったんだけど。


【いつか、雲雀サンとも普通にお話出来るようになりたいです】


優しく、本当に優しく笑う彼女と、いつかできるのなら。
話してみたい、なんて。


「ワォ、積極的。それって君からの告白ってとっていいの?」

【ち、違いますよ!た、ただ、その方が不便じゃないし、雲雀サンにとっても楽でいいんじゃないかなって思っただけですよ!】

「ふーん。ねぇ、そこにインスタントのでよければあるんだけど。飲む?」


ココア。
そう言ってやれば、さっきまで赤くなっていた顔からうって変わって、また笑う。
なんなんだ?君はいったい何で出来てるんだ?
女なんて、扱いは面倒だし、うるさいし、ほんとに嫌いだよ。

ただ、何をしたら君みたいにやわらかく笑えるんだろう。
少しだけ思ったのは、嘘じゃない。

ちょうど朝の仕事もきりがいいところまで終わったし、僕もコーヒーのおかわりが欲しかったところだから、ついでに南のぶんもココアを作ってやることにした。
今度から場所を教えておいて、南の仕事にしてやろう。

淹れたコーヒーとココアのカップを持って給湯室から出れば、ふと南が視界に映る。
スケッチブックに何やら文字ではなさそうなものをさらさらと書いている。


「何書いてんの?」

「…っ!!」


こんなときにまで悲鳴ひとつ上げないなんて、よっぽどだね。
南の顔の横から覗き込んでみれば、反射的に彼女が隠したから一瞬しか見えなかったけれど、手書きの五線譜と音符。
何かの旋律のようだ。


「なにそれ、」


南の目の前のローテーブルにココアの入ったカップを置いてやる。
彼女はといえば急いでページを変えて筆談のメッセージを書く。


【歌です】

「歌詞、なかったけど」

【声が出せるようになったら、いっぱい歌いたいんです】


リハビリも兼ねてですけど、とはにかむように笑う南。
ここ何日かで見た彼女の笑顔は数知れず。


「これ、こないだの爆発ので壊れたものとかの。会計やっといて」

【…はい…】


ようやく出来た仕事を彼女に回す。
空気よんでください、って顔に書いてある。
だって仕方ないだろ、仕事もないのに応接室に君がいたんじゃ、まるで僕が女を連れ込んでるみたいだ。
僕にそんな気はさらさらない。彼女はただ遅刻をした罰にちょっと使ってるだけ。
能力はあるし、少し興味深い存在だから、最初の予定より長く置いてるけどね。
いつだって切り捨ててもいい奴だ。
だけど、手放す気がないのも本当だ。

ふと時計を見れば、7時過ぎ。
いつもより早いけど、行くだけ行くか。

「じゃ、僕は地域の見回りに行ってくるから」

残りのコーヒーは帰ってきてから飲もう。
コトリとカップを風紀委員長の机におく。もうこの机、僕専用って言っていいよね。

学ランを羽織って、応接室の扉に手をかける。

ガタッと音を立てて南が立ち上がる。
ペコリと一礼する彼女に、「留守の間にそれ終わらせといてね」と一言。
まったく、しゃべらないとその一礼が「いってらっしゃい」なのか「ココアありがとうございました」なのかわからないじゃないか。
はやくしゃべれるようになってほしい、確かに不便だ。

こんなにも彼女のことを考えている自分がいるのに気がついて、
フッと自嘲気味に笑う。

僕は、羽織った学ランを翻して、応接室を後にした。



***



委員長様が朝の狩りに出かけていった。

見回り、なんて優しいものじゃないだろう。
まあ、優しいものであってほしいんだけどね。

あたしは、委員長様が出て行ったのを見届けて、ポフンとソファに座った。

なんだかいつになく今日の朝の委員長様は優しいなぁ。
相変わらずからかってくるのは変わらないけど。

まだ温かいココアに口をつける。

おいしい。やっぱりモーニングココアは欠かせないよね。

と、和んでいるのもつかの間、目の前の分厚い資料が目に入る。
睨んだところでなくなるわけじゃないが、
(むしろ委員長様が帰ってくるまでに終わってないとあたしが睨まれる)
ため息をひとつ、一番上の資料を手にとってみる。


パソコンの字体の横に、訂正の部分が鉛筆で書き足されている。
やけに綺麗な字。

委員長様は、さっきこれをやってたのか。

あの人の書いた字も、少し見慣れてきた。
委員長様がわざわざあたしに仕事を作ってくれたのかな、それとも面倒な部分はあたしに任せて気分転換かな。

どっちもありそうでなんかいやだ。


なまぬるいカップをローテーブルの適当に離れたところに置いて、
あたしはため息ひとつまたついて、今日ひとつめの仕事に取り掛かった。



…………ってか、これ、委員長様が帰ってくるまでに終わる量違うでしょ。


すっかり忘れていた捻挫。
まぁ、今日これのせいで競技出られないわけだし、ゆっくりやるか。

捻挫した右の足首をそっと撫でて、あたしはなんとなく資料の委員長様の字を見つめていた。



1/2

[prev] [next]



 back