あたしの心の闇を食べてくれた君が、
いまは行く宛を見失って彷徨っているんだとしたら。

次は、君の手をとって、


あたしが、君を闇の中から連れ出してあげたいと思うんだ。



16:ディアマイヒーロー



薄暗い廃屋を突如照らし出した光源は、いまもなおその輝きを失うことはなく、眩しく劇場内を照らしている。
粘着質な糸のようなものが、顔、肩、腕、お腹、足…身体中にへばりついた感触。犬くんの身体にいる骸は、それを引きちぎるようにして剥がし、リボーンくんを睨み付けた。


「そうか…アルコバレーノ、君の仕業だな」

「ちげーぞ。こいつは形状記憶カメレオンのレオン。

オレの生徒が成長すると羽化するオレの相棒だぞ。
どういうわけか、生徒に試練が訪れるのを予知すると繭になるんだ」

「そ…そーだったの!?」


緑の球体になったレオンちゃんが少しずつ光を弱めていく。眩しかった空間に、徐々にもとの暗闇が戻っていった。
千種くん、獄寺くん、ビアンキさんたちも、犬くんと同じようにぶちぶちと音をたてて糸を剥がしていく。
あたしは、剥がしていいものかと少し悩んで、結局そのままにしておいた。レオンちゃんの羽化を邪魔しちゃいけない。


「クフフ…それは面白い」

「最後に何を見せられるかと思えば、ペットの羽化ですか」

「まったく君たちはユニークですね、クハハハハハ」


「笑われてんじゃん!なんだよこれ!!これとディーノさんが跳ね馬になるのとどう関係あるんだよ!」

「見てみろ」

「…あ…、」

「膨らんでる?」

「ニューアイテムを吐き出すぞ。オレの生徒である…ツナ、お前専用のな」

「ええ!?アイテム…?」


仄かな光を残したレオンちゃんは、まるでガムを噛むような音を立てて咀嚼を繰り返している。さっきより、一、二回り大きく膨らんでいるようだった。
ディーノさんのときはムチとエンツィオくんを吐き出したらしい。エンツィオくんとは、あの雪の日学校の校庭で冬眠していたカメのことだとツナくんが説明してくれた。正しくはスッポンなんだって。
…レオンちゃんは何でできているんだろうと今更ながらに思った。


「いつまでも君たちの遊びに付き合っていられません。小休止はこれくらいにして…仕上げです」


三叉槍を握り締めた犬くんが、あたしの手首を放して駆け出した。リボーンくんが、ツナくんを離すために蹴り飛ばす。
「では、目障りなこちらから」骸が三叉槍を振り仰ぐ。レオンちゃんは真っ二つに裂けて、何か固いものが弾かれる音が鳴り響く。

「レ…レオン!」

「心配ねーぞ。レオンは形状記憶カメレオンだからな」

べしゃっと床に落ちたレオンちゃんは、スライムのように形を変えて徐々にくっついてひとつになっていく。そのときに、あたしの身体にくっついていた糸もぷつぷつと剥がれていった。

「上だよ!」

「あ!!」

「無事みてーだな。あれがニューアイテムだ」

「?」

「あれが…ん?」

ツナくんの頭の上に落ちてきたそれに、誰もが目を見開いただろう。
ぽふんと柔らかい感触で、音もなく着地したそれを握り締めながらツナくんは、わなわなと肩を震わせて大きな声をあげる。


毛糸の手袋ぉぉおお!?
こんなんでどーやって戦うんだよ!?エンツィオとか武器出るんじゃないのかよ!?手の血行良くしてどーすんだよ!!」

「…………さーな。とりあえずつけとけ」

「なっ!?」

「クフフ…最後まで面白かったですよ、君達は!」

「ひいっ!!」

「ツナくんっ!!」


勢いよく振り上げられた槍が、重くツナくんに向かって突き刺さる。
手袋をした手のひらでとっさに防ごうとしたツナくんが、何故かそのまま勢いに押されて後ろに転んだ。背中が床を滑る。
骸も、今の感触に首を傾げながらツナくんを見つめていた。

「攻撃を弾かれたのか…?」

「た、助かった〜…

ん?中に何か詰まってるぞ」


外された手袋から転がり落ちてきたもの。
それは、鈍色に輝く銃弾だった。
骸が犬くんを介して目を見張り、リボーンくんが意味深ににやりと口角をあげる。

「よこせツナ」

「えっ」

「撃たせるわけにはいきませんよ」

攻撃の対象がリボーンくんに移る。槍を振るう骸、リボーンくんはそれを軽々と高く跳び上がってかわす。
不意に、後ろからビアンキさんがリボーンくんの腕を掴む。けど、その腕は千切れて形を変えた。レオンちゃんだったんだ。

骸が歯噛みしている間に、リボーンくんは宙返りを決めながらツナくんの手から弾を取り上げる。
着地するなりじっと弾を見つめて難しい顔をした。


「見た事ねー弾だな。ぶっつけで試すしかねーか」

「え───!!?ぶっ…ぶっつけ───!!?」

「させませんよ。
君の身体を無傷で手に入れるのはあきらめました」

「そんな!!うわあああ!!!」

「ツナくん逃げて!!」


叫ぶも時既に遅し、獄寺くんが放ったダイナマイトは導火線を縮めながらツナくんの頭上に降り注ぐ。
リボーンくんが隣で弾を目に求まらぬ早さで銃に装填する。骸は、間に合うものかと不敵に微笑んだ。

刹那、目の前で大きな大きな爆炎が噴き上がる。
熱風が吹き荒んで、壁を焼いていく。
顔を庇った腕の隙間からそうっと覗き見て、煙の中にツナくんを探すけど、もうもうと立ち込めるそれの中に彼を見つけたとき、あたしは息を止めた。


「……っ、」

「ボムをまともに食らいましたね」

「おやおや、これは重傷だ」


引いていく煙、まだ爆発の余韻が残る生温い空気の中、あたしの体温は底冷えしていくようだった。

ひどい火傷で、血を流しながら横たわり瞼を閉じている彼を見て、思わず身体が小刻みに震えるのを感じる。

「…っそんな、」

「何の効果も表れないところを見ると、特殊弾もはずしたようですね」

「………」

「万事休す───…呆気ない幕切れでした。

さぁ、虫の息のその身体を引き取りましょう」


ツナくんが、そんな。

声は出ても、言葉がでない。


んまあこの服っ!!


「……え…」

夢の中から聞こえるような、遠くて近い距離から直接頭の奥に響いてくる声に吐息を洩らす。

ツナったらまたちらかしたまま出掛けて〜っ、
自分の事は自分でしなさいって言ってるのに〜!


この声。ツナくんのお母さんだ。
え、なんで、どうしてツナくんのお母さんの声が…

次に流れてきた声に、あたしは瞳を大きく見開いた。


なんだよこれ?

日直日誌に沢田のテストまぎれてんじゃん!
しかも…2点!!!



花だ…

もう暫く顔を合わせるどころか連絡さえ取っていなかった親友の声が、頭に…心に響いてくる。

あいつマジでダメツナだな〜っ、
京子モノにしたいんならもーちょっとしっかりしろよ〜〜っ


「つーかなんで黒川の悪口が…」

目の前でツナくんが掠れた声を出す。
無事だった安堵と、話の内容に図らずも微笑んだ。


特殊弾の効果みてーだな

「ん…!?」

お前が感じてんのは、リアルタイムで届くみんなからお前への…
小言だ



どうやら心の声が通じるようになっているらしく、リボーンくんの声も頭の奥に響いてくる。
ツナくんは倒れた姿勢のまま苦笑いを浮かべるしかない。

次に聞こえたのは、一緒にバレンタインにチョコを作った…ハルの声。


はひーっ!何やってるんですか!?
犯人のアジトに乗り込むなんて正気じゃありません!!

ガハハ!ハル泣いてるもんね!

な…泣いてませんっ!
ハルはマフィアのボスの妻になるんです、こんなことで泣きませんよっ!

ツナさん、がんばってください!


ふわり、あたたかくなる心の内。
小言だなんて。

これは、皆のツナくんを思う気持ちだ。


落ち着け京子

だって…シャマル先生がツナ君達がのりこんだって…

心配するな

…でも

あいつはオレが手を合わせたなかで最も強い男だ
負けて帰ってきたら、オレが許さん



京子…
京子のお兄ちゃん…


ツナ君…

元気で帰ってきてね



祈るような、それ以上に、信じているというぬくもりが、ぽか、と胸の内側をあたためていく。


オレと同じ過ちを繰り返すな
仲間を守れ

お前がその手で、ファミリーを守るんだ



「オレの小言は言うまでもねーな」


ツナくんが、拳を握り締めた。

あたしも、目を閉じて、そっと、心の中で呟いた。


ツナくん

お願い、力を貸して…───



目を開くと、力強い眼差しの彼と目が合う。
君になら、出来るかもしれない。ううん、できるよ。きっと。


「ほう…この期に及んでそんな目をしますか。ですがもう幕引きにしましょう…

このまま死なれても困りますからね」


千種くんが振り下ろした槍を、寸でのところで掴み、止めた。
その手に填められた手袋から、あたたかいオレンジの光が放たれる。

その光の中で手袋は溶けるように形を変え、彼の手に馴染んでいく。
手の甲に]の紋章が入った、不思議な形の黒いグローブだった。

握った三叉槍のうちの一本をへし折ると、ゆっくり起き上がりながら、彼は言う。


「骸……お前をたおさなければ……


死んでも死に切れねぇ」


開かれた瞳は、さっきの光と同じ…あたたかいオレンジの色を、宿していた。




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