ねぇ、羽無。

頼りないかもしれない。
まだ信用出来ないのかもしれない。

でも、だからこそ私は言うよ。


もっと頼って、って。

もっと、信じて、って。


15:えたいこと





「なんだったわけ?あのオッサン」

「でも、…なんか、助けてくれた風だったよね。変態だったけど」


突然現れた怖いお人形みたいな人をシャマル先生がやっつけてくれた、らしい…けど。
なんか、あっという間すぎて何が何だか…花と有香ちゃんの二人に背中を押されてその場をあとにしてしまった。


「変な奴らしかこの辺彷徨いてないんじゃないの?さっさと病院行くわよ京子!」

「え、あ、うんっ」

「…本当に並盛って変わっちゃったんだね…色々な意味で…。」


病院への道を急ぎ足で進む。というか、早歩きする二人を私が追いかけている感じ。
辺りを窺うようにキョロキョロする二人の間に挟まるようにして歩いていると、病院が見えてきた。


「…うみ先生は、嘘ついてたのかな」


私がぽつりと呟くと、花が私を振り返る。
有香ちゃんはうみ先生と会ったことがないだろうから誰?と言いたげな表情だったけれど、黙って私を見ていた。
花が、少し考える風な動きをしてから、はっきりと言った。


「嘘はついてた」

「………やっぱり」

「でもそれは、」

「え?」

「羽無を思ってついた嘘だったんじゃない?」


羽無の名前が出たことで、有香ちゃんはぴくりと眉を動かした。


「あたしはあの先生とついさっき知り合ったばっかりだからよくは知らないけど、羽無のこと大事に思ってるのは分かった。
羽無の行方を黙っていたのは、羽無があたしたちに行方を知らせたくなかったから、じゃないの?」

「…………、」

「京子。あんたは小学校からの知り合いなんでしょ。あの先生が羽無をどう思ってるのかは、あんたが一番よく分かってるんじゃない?」


花の大人っぽい、それでいて優しさを含んだ微笑みに、目を見開いた。


羽無ちゃんは、心の病気になっちゃったのよ
ちょっとだけ、誰も信じられなくなっちゃった。それだけなの
けっしてあなたを嫌いになったわけじゃないわ

信じてあげて

羽無ちゃんが信じられない分、あなたが


あなたが、羽無ちゃんを信じてあげて




うみ先生が、3年前、お見舞いに行ったのに面会拒絶されて肩を落としていた私にかけてくれた言葉。
優しい目をしてた。転校してきてからの羽無を、ずっと見守ってきたうみ先生。
雰囲気は、羽無のお母さんそのもので。

羽無のお母さんは別にいるけれど。うみ先生が羽無に向ける眼差しも、思いも、全部全部、お母さんのそれによく似ていた。
羽無の友達です、って言った私にも、一緒にお見舞いについてきてくれたお兄ちゃんにも優しくしてくれた。

意地悪で嘘ついたんじゃないってことは、分かる。



不思議な関係で繋がってる羽無の周囲の人たち。
事情はなにもわからないけれど、皆に羽無は大切にされてる。それだけはわかるよ。



「行こう、うみ先生のところ」

「うん」



うみ先生、教えてください。
羽無が、どこにいるのか。


羽無は、私たちの大切な、親友です。





***






「フゥ太──!どこ──!?」


様子のおかしいフゥ太を追いかけて茂みの中を疾走する。
途中途中で躓きつつも、小さな背中を探して走るけど、どうも見当たらない。


「やっぱさっきんとこ右だったかな…」


大きく2つに分かれていた茂みの隙間を、左に曲がって走ってきた。
フゥ太を見かけるどころかあいつの走る足音やガサガサ言う茂みの音もしない。
見失った、ということになんとなく納得してくる。と、気を抜いていたせいか目の前の茂みに気付かず突っ込んでしまった。


「! おっとっと、」


なんとか踏み分けて道に出ることができた。木とかじゃなくて良かった、むしろ転けて転がり落ちなくて良かった。
すると視界に人影。左を見やると、

オレより背の高い、黒曜生が立っていた。



「おや?」

「ひいっ!!黒曜生───!!」

「助けに来てくれたんですね!」

「え!?」



また六道骸の刺客かと思ってビビるオレに、ニコッと笑みを浮かべて近寄ってくるその人。
パァッと効果音のつきそうなくらいの満面の笑みをオレに向けてくる。


「いやあ助かったー!一生ここから出られないかと思いましたよー!」

「え───!?」


もしかしてこの人、黒曜中の人質…?そっか…黒曜中も骸に征服されたよーなもんだもんなー…
にしても、ますます訳がわからない。骸の目的ってなんなんだ?

期待の目でオレを見るその人に気が付いて、苦笑いで返す。


「あの…期待してるとこ悪いんですが…まだ…助け出す途中っていうか…」

「あっすっすいません!一人で先走ってしまって…でも助けにきてくれたという行為に本当に感激してるんですよ。ありがとう」

「いや…そんな〜」


ここにきて初めてまともな人と出会えた気がする。なんか素直に安心して脱力しちゃうな。


「すごいな〜、やはり選りすぐりの強いお仲間とこられたんですか?」

「いや…あの…女の人と赤ん坊もいたりするんですけどね…」


あ。つい口が滑って言っちゃった。
「え…赤ん坊?こんな危険な場所にですか?」「ええ…まああいつは例外っていうか」
普通の反応…!日常的にリボーンの存在が受け入れられてて当たり前みたくなってたから、赤ん坊って事実に驚いてくれるとかものすごく新鮮でついペラペラと舌が回ってしまう。


「へえーすごい赤ちゃんだなー!まさか戦うとすごく強いとか?」

「まっまさかー!赤ん坊が戦うわけないじゃないですか……

いや実際今回直接戦ってくれたらどんなにいいかとは思うんですけどね…」

思わず呟いた本音に、ぴくりと肩を揺らす黒曜生さん。
「というと、間接的になにかするんですか?」「え…まあ…くわしくは言えないんですが…」
死ぬ気弾を撃たれる、なんて言っても分かんないよな。
ふと、こんなところで喋ってる場合じゃないことを思い出して、黒曜生さんに問うた。


「あ…そーだ、それよりヒバリさんって並中生知りませんか?」

「ここのどこかの建物に幽閉されています」

「やっぱりここにー!どこの建物かわかりませんか?」

「今質問してるのは僕ですよ」

「え?」

「その赤ん坊は、


間接的に何をするんですか?」


とたんに口調がキツくなったその人に戸惑いの声をあげる。
と、前髪で隠れていた彼の右目が覗く。

真っ赤な瞳に六の文字。


「ひっ!」


目、が。赤く燃えるようにしてオレを見つめてくる。
変な感覚だ。さっきまで普通に話せていたのに。何か感じが変わった。
オレは気味が悪くなって、得体の知れないものへの恐怖からか早口で捲し立てるように告げた。


「そーだ!はぐれちゃったんでみんなの所に戻らなきゃ…友達とまたきます!

じゃあまた!」



何だったんだろう。外国人?
でもそれにしても左目は青かったはず。左目と右目で瞳の色が違うなんて、そうそうない。
もともとの雰囲気もなんだか不思議で違和感があった。初対面な筈なのに、どんどん話してしまう、感覚。

気持ち悪い。オレは知らないのに、あの人はオレを知ってるみたいだった。


一刻も早くみんなの所に戻ろうと、山道に躓きながら前だけを見て走った。

当然、帰り道は分からない。

でも、走った。






「クフフフ」

木陰からするりと姿を現した側近の一人、柿本千種。
彼は、僕があの場所≠ノいた頃からの付き合いだ。


「やはり、あの赤ん坊はアルコバレーノ」

「そのようですね…
そして戦列には加わらないが何か手の内をかくしている…ボンゴレ10代目に手をかけるのはそれを解明してからにしましょう」


クスクスと、笑みが溢れる。
こんな状況で、目を細めて笑う僕の様子に、千種がそっと言う。


「……嬉しそうですね…」

「実際に対面してみて呆気にとられているんですよ。
神の采配と謳われ人を見抜く力に優れているボンゴレ9代目が後継者に選んだのは、僕の予想を遥かに越えて弱く小さな男だった…
なんだろうね彼は…」


笑いが溢れて止まらない。
見るからに脆弱で臆病そうな彼が、現在のマフィアの中枢を司っていると言っても過言ではないあの大きなファミリーを受け継ぐ?笑い話も良いところだ。
逆にそんな彼に何が隠れているのかと思うと興味を惹かれる。何かを持っていればいるだけ乗っ取ったあと役に立つからだ。


だがあの様子では、彼自身が持つものなどたかが知れている。期待しすぎず待つとしよう。


「まあどちらにせよ、あのアルコバレーノの手の内はすぐに見れますよ。
彼らの手には負えないでしょうからね、

あちらの六道骸は」


茂みの向こうから破壊音が聞こえる。
文句なしに強いあの男を、あの程度の少年の仲間で倒すだなんて総出で掛かっても無理だろう。

でも実際にM.Mもバーズもしっかり奴らにやられている。
彼らが僕のもとへやってくるのも時間の問題だ。もともとあの男の精神は大分弱くなってきていた。すぐに彼らに同調してしまうだろう。



「千種。あとは頼みましたよ」

「はい、骸様」



建物に戻る道を歩きながら、また笑う。
彼が、僕の眼を見たときの反応を思い返していた。


ひっ!


途端に恐怖を形にしたような表情をして、短い悲鳴を洩らして。
気味が悪い、と言いたげに去っていった。

もう、慣れた。慣れたからこそ、あの子のあの言葉が忘れられない。


綺麗な火の色だよ
真っ赤に燃える炎の赤だよ



君くらいのものですよ。
望んで手に入れたわけではない、この力を宿した瞳。
畏怖の念で見られることや、珍しいと好奇心で見られることはたくさんあった。

でも、


綺麗だと、あたたかい色だと言ってくれたのは、君だけだ。



むくろは、やさしくてあったかくてかっこいい男の子の名前なんだっ



この僕を、



笑顔で受け入れてくれるのは



世界で、たった一人、君だけだ。






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