変な胸騒ぎはしてたんだ。 南が教室にいないのは大抵風紀の仕事が理由だし、いつものことだからと思ってた。 けど、あいつの親友の京子ちゃんが心配そうに南の机を見つめてたから。 まさか、無断欠席が一週間以上も続くなんて、思ってなかったんだ。 13:君だったから 今日は比較的早めに目が覚めて、寝惚けつつもいつもよりゆっくり着替えることができた。眠たい目を擦りながら階段を降りる。 「並中大丈夫なの?」 冷蔵庫から小さいパックのジュースを取り出して席につくため椅子を引いたら、母さんが突拍子もない質問をしてきた。 「また襲われたらしいじゃない」とサラダのボウルを持ちながら続ける母さん。なんのことか分からないオレは、「何それ?」とだけ返してパックにストローを挿す。 「この土日で並盛中の風紀委員8人が重傷で発見されたんだぞ。やられた奴はなぜか歯を抜かれるんだ、全部抜かれた奴もいたらしいな」 「え〜〜〜!!?マジで──!?な…、なんでそんなことするんだ?」 「さーな」 席について朝食をとりはじめる。母さんは心配そうに「ねーツナ、護身用に格闘技でも習ったら?」なんて言ってるけど、意味わかんないって! 心配になんのは分かるけど、風紀委員ばっかりやられてるんならそれは俺たち一般生徒には関係ない不良同士のケンカなんであって、わざわざ俺が護身する必要もない。 「それに男の子は強くなくっちゃね!」 「だな」 「余計なお世話だよ!オレかんけーないし!!」 「でも、いざって時に女の子の一人でも守れなきゃカッコ悪いわよ〜」 「そういやぁ、羽無はどうしたんだ?ツナ」 「ぅえ?…南?さぁ…もう一週間くらい無断欠席続いてるけど。土日挟んだし体調崩してるだけならいい加減今日にも学校来るんじゃないのか?」 「あら、羽無ちゃんまだお休み続いてたの?早く好くなるといいわねぇ。ツナお見舞い行かないの?」 「いっ行かないよ!!(ヒバリさんに殺されるし!!)」 俺がそう言うと、リボーンは途端にだんまりしてしまった。 確かに、あの南が無断で欠席っていうのはちょっと気になるけど…まぁ、いつも風紀の仕事で教室には居ても居ないようなもんだし。 京子ちゃんも心配そうにしてたし…連絡のひとつもしてやればいいのにな、あいつ。 そういえば南が欠席した日くらいから頻繁に町中でうちの風紀委員を見るようになった。あれは今回のこととは別件なんだろうか? 気が付けば、時刻はもう8時。ヤバい!せっかく起きれたのに遅刻とか冗談じゃないって!! オレはトーストの最後の一口を飲み込むと、鞄を手にリビングを飛び出した。 *** 「ったく〜、オレは関係ないって言ってるのに〜!!母さんいつの間にこんなにチラシ集めてんの? お前雇った時もチラシ見てだったよなあ」 「フゥ太がいればツナに向いた格闘技ランキング作ってもらえんのにな」 「いらないよそんなランキング!!」 家を出る直前靴を履いているとき、母さんに掴まされた格闘技教室のチラシの数々。剣道柔道空手、ムエタイにレスリング…げっ、ボクシングまである。ボクシングはお兄さんだけでいいよ… そう思った瞬間を見計らったかのようにリボーンが言った。 「それか了平のボクシング部に入ればいーじゃねーか」 「じょ…冗談じゃないよ!スパルタで殺されるよ!」 もうすぐそこに校門が見えるようになってくると、束のチラシを鞄にしまいこむ。 すると、近付くに連れて空気が重くなっていくのがわかる。なんていうか…威圧感?っていうのか? 「! 風紀委員だ!!…あそこにもいる…!」 「そりゃああんな事件が多発してるんだ、ピリピリもするぞ」 「やっぱり不良同士のケンカなのかな…」 「ちがうよ」 不意に響いた低めのテノールの声にびくり、体が跳ねる。 視線を会話していたリボーンから前方へ移すと、そこには我らが風紀委員長が立っていた。表情はいつもの仏頂面に見えるけど、若干険しい。 「ヒバリさん!!」 「ちゃおっス」 「いや…ボクは通学してるだけでして…決して悪口とかは…」 「身に覚えのないイタズラだよ……こっちはこっちで別件で取り込んでるっていうのに」 「…?」 「もちろんふりかかる火の粉は元から絶つけどね」 一瞬彼の表情に陰が差して、ぞくりと背筋が凍った。やっぱこの人こえぇ。 だけど、別件≠口にしたときどことなくヒバリさんがもの悲しそうな色の表情になったのをオレは見逃さなかった。 …あ、無断欠席。南のやつ、ヒバリさんにも連絡してないのか。なんて命知らずな… ふと、どこからかうちの校歌が聞こえてきた。キョロキョロと辺りを見回すが、歌っている人なんて見当たらない。 すると、ピッと電子音がしたのでそちらを向く。髪の色と同じ黒の携帯を耳に当てるヒバリさん。 僕だけど、その言葉に一瞬で状況理解。愛校心の強い彼らしい… 「(ヒバリさんの着うた──!!!?)」 「…うん。……南は?………そう。わかった」 南の名前が出て、ああやっぱり別件て、と思ったけど、大人しく教室に向かうことにする。 じゃあ失礼します、そう言ってくるりと彼に背を向けると、ねぇと声をかけられた。 「君の知り合いじゃなかったっけ」 「!」 「笹川了平。……やられたよ」 頭が、真っ白になった。 ─────……… 「お兄さん!大丈夫ですか!?」 「おー沢田、早いな。情けないがこのザマだ」 学校のすぐ目の前から引き返して全力疾走で病院へ向かった。 受付の看護師さんに病室を聞いて、迷惑にならないよう早足でそこまで行く。勢いよくドアをスライドさせると、呼吸器をつけて包帯でグルグルにされているお兄さんを見つけた。 あんなに強いお兄さんがこんなになるまでボコボコって…、どんなやつが犯人なんだ? 「ひいいい!!どーしてこんな目に〜!!?」 「ケガの具合はどーだ?」 「骨を6本折られて7ヶ所にヒビ…そして…… 見ろ、歯を5本持っていかれた」 「ああ!!」 「といってもボクシングで折っていてもともと差し歯なのだが」 「(笑っていいのやら!)」 呼吸器を外して口を大きく開け見せてくれたお兄さん。上下の前歯がすっかりなくなっている。 それに骨6本て…、逆にこんなにも落ち着いているこの人はある意味すごい。 「しかし襲ってきた男…油断したとはいえ恐ろしく強い男だった………」 「え?犯人見たんですか!?」 「ああ。…奴はオレの名を知っていた。あの制服は隣町の黒曜中のものだ」 「ええ!?中学生ですか!!?」 どんな凶悪犯かと思ったら、オレらと同じ中学生だなんて。予想もしていなかった犯人像に驚くオレの隣で、パイプ椅子に座っているリボーンが意味深な相槌を打つ。 「沢田も気を付けろよ」 「お兄さんまで!オレは関係ありませんって!」 「しかし…くそっ! あのパンチは我が部に欲しかったー!!」 「(こんな時でもボクシングー!!?)」 …あぁ…、成る程、なんとなく彼が落ち着いていた理由が分かった。 こんな状況でも見極めるべきところは見逃さない彼はやはりボクシングバ…げふんげふん。 すると、呼吸器をつけ直しながら今度は神妙な面持ちでお兄さんが別の話題について切り出した。 「話は変わるが、京子にはこのことを正直に話していない…。ただでさえ南の件で心配しとるんでな、あいつのことだからオレの怪我で更に心配するのも分かっている。口裏をあわせといてくれ」 「あ、はい…。あの、お兄さん、南の件って…」 「お兄ちゃん!!」 オレがつくづく気になっていた話題について尋ねようとした瞬間、ガラッと大きな音を立てて人が入ってきた。 この声は、 「どうして銭湯の煙突なんて登ったの!?」 「(どんな作り話したの───っ!!?)」 やっぱり京子ちゃんだった。 うっすら青ざめた表情でお兄さんに詰め寄る京子ちゃん、それに対し心配かけまいと無理のありすぎる作り話でやり過ごそうとするお兄さん。 「お兄ちゃん……それ、本当に捻挫なの…?」 「ああ」 「嘘!捻挫で入院なんてするの!?」 「ひどい捻挫なんだ」 「手の包帯は!?」 「手も捻挫だ!」 ここまで自信満々に語れるお兄さん…ある意味大物だ。 納得したのかそうでないのかは分からないが、質問責めをやめて目を拭う京子ちゃん。目尻から溢れんばかりの涙を溜めて、震えた声で呟く。 「でも良かった…、生きてて……」 「(京子ちゃん…)」 「な…なな…泣くなと言ってるだろ!!」 「だって…、羽無とはまだ連絡取れないし…お兄ちゃんまでいなくなっちゃったら…あたし……っ」 オレとリボーンはそうっと部屋を出た。後ろ手にドアを閉める。 京子ちゃんも相当心配してる。こんな事件、早く解決すればいいのに… そもそもどうして風紀委員でもないお兄さんがやられてんの?一体どうなってんの!? 廊下を歩いて角を曲がり、待合室へと戻ると、そこら辺り一面並中生だらけ。皆揃いも揃って青筋立てて不安の表情を浮かべている。 リボーンの言う通り、パニクってるのはオレだけじゃなかったようだ。 近くにいた同じクラスの男子が話しかけてきた。 にしても、男女問わず本当に並中生ばっかりだ。 「おお、ダメツナ。大変なことになってんな!」 「どーしたの?誰かのお見舞い?」 「ああ…部活の持田先輩が襲われた」 「ええ!?剣道部の持田先輩も〜!?」 「それだけじゃない。昨晩から3年で5人、2年で4人、1年で2人風紀じゃないやつが襲われてる」 「ええ…?風紀じゃないって………!」 「並中生が無差別に襲われてんだよ!!」 「うそ───!!なんでそんな恐ろしいことにー!!」 全く嬉しくない耳寄り情報を手にして、不安と恐怖からおどおどするオレと同級生。リボーンのやつなんて「やっぱり護身術習った方がいいな」とか呑気なこと言ってる。 そんな…じゃあまさか、南もそれに巻き込まれて…? だとしたら、この病院に運ばれているのかもしれない。…あぁ、だけどあいつが欠席しだしたのは事件が起きる一週間も前の話。 確かめようのない矛盾を胸に抱えて、似合わない思案顔をしていたら、途端にぐいっと頭を下げさせられた。なんだなんだと驚いていると、低い話し声と近付く足音。 気付けば、皆が皆頭を下げている。これって…? 「風紀副委員長の草壁さんだ」ヒソヒソ ああ、風紀の人か。だから皆頭下げてるんだ。 「では、委員長の姿が見えないのだな?」 「ええ。いつものようにおそらく敵の尻尾を掴んだかと…、これで犯人側の壊滅は時間の問題です」 「そうか。なら俺たちは南の捜索に全力を注ぐことにしよう、6丁目付近は当たったか?」 「いえ、まだかと」 「では今日は6丁目を徹底的に。早いところあいつを見つけて委員長に報告しないと、仕事に支障を来すからな」 「……聞いたか?」 「うん…、 ヒバリさん敵やっつけに行ったって!」 「ヒバリさんは無敵だぜ!!これで安心だ!!!!」 「ヒバリさんと同じ中学で良かったー!!」 「あとは頼みます!神様!ヒバリ様!!」 朗報だ。ヒバリさんは犯人の討伐へ向かったらしい。きっとこてんぱんにやっつけてくれるはずだ。 風紀の人たちの会話に一瞬南の名が出た。捜索…、つまり南が欠席した日から町中で彼らをよく見かけるようになったのは、あいつを風紀全体で探していたから。 もしかしたら、南を探していた風紀の人たちが重傷のお兄さんを発見したのかもしれない。 犯人はヒバリさんに任せるとして、本当に南のやつ何処に行ったんだろう。 オレもそろそろ学校へ向かおうか、そう思い鞄をしっかりと抱え直す。 その時だった。 出ていった筈の草壁さんが、今度は担架に乗せられて運ばれてきたのは。 *** [prev] [next] back |