どんより、空を暗くする梅雨の季節も終わりを告げて、
眩しいほどの太陽が照りつける。


もう夏休みかぁ。
時間が経つのなんてあっという間だ。



だけど、

あたしの中の、彼に対するもやもやした気持ちは、
そう簡単に過ぎ去ってくれませんでした。


まぁいいや、今日はお祭り!
一夏の思い出として楽しまなくちゃね!



11:夜空に咲く大輪




「羽無いらっしゃい!」

【お邪魔しまーす】


夏休みのある日。
あたしはいま京子の家にお邪魔しています。

「持ってきた?」

京子の言葉にこくり、頷く。
彼女が持ってきた?、と言ったのは、

そう、浴衣のこと。




「着替えたら神社の前でハルちゃんと待ち合わせなの」

【皆で出かけるなんて久しぶりだね】


手提げ袋から浴衣と帯と、帯板と、色々出す。
財布と携帯の入った巾着も、ついでに転がり出た。

今日は並盛の夏祭り。
雲雀サンから特に連絡もないし、今日をエンジョイする気だ。
浴衣に着替えて女の子三人組で廻る約束をしていた。
花は家族旅行で来れなかった。ちょっと残念。

「雲雀に浴衣姿お披露目してやったら?」と悪戯な笑顔で言われたけど、
あたしは首を左右にブンブン振って全否定。
京子とか皆スタイル良い子の隣に居て比べられたらあたし生きてけない。
お祭りなんて皆が皆浴衣で来るんだし、お披露目も何もないだろう。


浴衣に着替えて帯を巻く。届かないところは京子に手伝ってもらった。
(うわやだ、あたしもしかして腕短い?)(袖の丈余っちゃってるんだけど、)
飾り帯も巻いて、飾り紐を適当なところに結びつける。
最後に長くて夏には鬱陶しい髪をポニーテールにして、簪を挿す。

「羽無は何着ても似合うからいいなぁ。将来モデルさんとかやらないの?」

【無理無理、恥ずかしいよっ】

「もったいない!せっかくクォーターで美人さんなのに」

【自分で言うのもアレだけど…あたし童顔だから…】

「そんなことないよー。…っと、出来た!」


京子の準備が出来たところで、巾着片手に玄関へと向かう。
履き慣れない下駄にほんの少しよろめいたら、京子がふふって笑った。
歩くとからんころん、まるで飴玉を転がすような独特の音がした。



時間的にすぐ暗くなっちゃうだろうからスケブは置いてきた。
昨日うみ先生に追加で処方してもらったのど飴を口に放り込む。
美味しいとはいえない味だけど、もう慣れてしまった。
あ、あー…と声を出してみる。掠れた空気が口から零れた。
京子が「早く歌歌えるようになりたいね」って微笑んだ。








「ハルちゃん!」

「はひ!京子ちゃんと羽無ちゃんです!」

小走りで寄ると、これまた浴衣姿のハル。
やっぱり人間着るものでイメージ変わるよなぁ。

もうお祭り始まってますよー、なんてハルが笑って言う。
ちょっと遅れちゃったね、京子があたしに言って、ゆっくりと頷いた。
まだ始まったばかりですからいっぱい見て廻れますよ!ってハルが明るく言ったから、
あたしたちは神社の中、人で賑わう空間へ足を進めた。








「わぁ、ヨーヨー釣りだって」

「定番ですねぇー」

小さい子たちが並んでヨーヨーを釣っている。
小さい頃あたしたちもやったよね、顔を見合わせて笑う。


少し進んだ先に屋台があって、カキ氷屋さんだった。
京子は苺、ハルはレモン、あたしは限定の桃を買った。
一口交換をして、三種類のカキ氷を堪能した。
ひんやりとしていて、頭にすうと風が流れ込むよう。
京子がそのうち頭キンキンする、って言って、
食べすぎは禁物ですね…とハルがこめかみを押さえて言った。





「見つけた、」

「はひっ」

「あれ、あの人…」

「?」


ラムネの瓶を持って次はどこ廻ろうか、なんて話をしていたら、どこからか聞きなれた
声がした気がして、そしたら京子もハルも立ち止まって、ハルが青褪めて、京子が
小首を傾げて呟くものだから、ついつい二人の間に首を伸ばしてそちらを見てしまった。


「南、」

「!!!!;;」

雲雀サンその人でした。

半袖のシャツにネクタイ、左袖にはやはり腕章をつけていて。
どうして彼がこんな群れの中にいてしかもあたしの前に居るのか、
暑さで呆ける頭でぼんやり考えていたらいつの間にかハルと京子を押しのけて(ちょっ、何して…)
あたしの腕を掴んだ。二人がビックリしたような表情であたしと雲雀サンを見て、
そんな二人を一瞥してからあたしのがビックリしたよ馬鹿委員長という念を込めた視線を彼に向けた。

「やっぱり君が居ないと駄目だ」

「はひ?」

「今日はせっかくの祭りだから休みにしてやってたけど、今から仕事ね」

「……へ、」

「声は使うな」

「…………、」

「えっと…、羽無、お仕事…ですか?」

「そ。だから連れて行くけどいいでしょ」

「あ、あの…」

「じゃあね。行くよ南」


ビックリしたあまり声が洩れた。したら睨まれた。怖い。
京子が確認するように声をかけるとそっけなく受け答えする雲雀サン。
急に予定がぶち壊しになって困惑しているハルを他所に雲雀サンはあたしの腕を強く
掴んだまま歩き出した。痛たたた、そんなに力こめなくても!

なんとかして振り向くと京子が微笑んで手を振っていた。
くそう、時々可愛い顔して憎らしいことしてくれるな!我が親友よ!

雲雀サンがしばらく歩いてから立ち止まる。あたしも立ち止まる。
下駄で早歩き(いやむしろ走ってるに近いが)すると足の親指と人差し指の付け根が痛い。
雲雀サンがじとっとあたしを頭のてっぺんから爪先まで見つめるものだから、
なんだか急に恥ずかしくなってきた。何が面白くてそんなに見るんだ。

途端彼の視線がある場所で止まる。


…………胸?


カッと顔中に熱が集まる。馬鹿か、本当に馬鹿なのか!!
それともあれですか、委員長様もお年頃の男の子ですか!!!!
気にしてるんだよあんまり見るなよぺたんこで悪かったな!!!!!!
腕を胸の前で交差するようにして胸を隠す。なんて恥ずかしいことしてくれるかな。
ふいっと顔を進行方向に戻す雲雀サン。何がしたいんだ。


「浴衣、」


ぴくり、肩が揺れる。はい浴衣ですが何か問題で「悪くないんじゃない」…………。

…………………………、

褒められた!!!!!


いや待て待て落ち着くんだあたしこの人確実にあたしの胸見たからな惑わされるなよ。
自分に心の中で言い聞かせていると雲雀サンが当たり前のように腕を掴んだ。
ちょっと痛いな、そう思ったら雲雀サンが「あ、痛かった?」なんて言って、
一度手を離して今度はあたしの手を握った。


…………握った?

握られた握られてるえ、嘘しかもこれ俗に言う恋人繋ぎなんじゃ無自覚かそれともワザとか
あたしの反応見て楽しむためにワザとやってるんでしょそうなんでしょ恥ずかしいけどどうしよう嬉しい!!!

道が混雑してるから逸れたら面倒、言い訳染みたことを言う彼。
嫌でも離してくれなさそう、でも強引ながらも結果としては彼と手を繋げている。
嬉しくて嬉しくてでも落ち着かなくてこの変な心拍数とかも伝わっちゃうのかなとか思ったら
余計緊張してきて顔がまた赤くなるのを見られないように下を向いたらまだ痛い?って聞かれて
ふるふる首を横に振ったら機嫌良さそうな声でそう、と返されて頭の中がぐらぐらした。



【え、徴収…?】

「そう。今から屋台廻って5万受け取るんだ」


ご、ごま…。


飄々とそんな大金を言ってのけないで欲しいです。
しかもそれ屋台ひとつにつき、の額でしょ?

この人の金銭感覚って…、嗚呼、だから会計の仕事するとき有り得ない金額なのね。
だから多すぎるから計算ミスかと思ってもどこにもミス見当たらなくて仕方なくそのまま提出しても何も言わないんですね。

「君は受け取った金を管理してくれればそれでいいから」

【そんな大金、管理なんて…】

「出来るでしょ?」

【はい……】

もやだ。泣きそう。
一々睨まないで欲しい。


「全部徴収し終わったら屋台廻っていいから」

「え、」

「声」

【ごめんなさい】


うう、なんで驚く度に出ちゃうんだあたしの声!!
怖いんだぞ、睨まれると結構怖いんだぞ!

でも群れの中にいる割に今日の雲雀サンは上機嫌な気がする。
意外とお祭りとか好きなのか「こういう騒ぎに便乗して違反者が増えるからね」…………。

【しゃべって、ました?】

「いや、顔に出てる」

「……………」




くそぅ、なんなんだこの人!いやあたしか!

まぁようするに、違反者いっぱい咬み殺せるから今日はいつもより上機嫌、ってことね。
あれ?要訳できてない?…まぁいいや。





「じゃー端の屋台から行くよ」


また手を繋がれる。
どくどく、血が流れてるのがよく分かる。
皮膚越しに緊張が伝わるとか、やだな。

だんだん落ちてくる陽。
夜の花火はもしかして一人?
うわっ、それすっごい嫌。終わったら京子たちと合流しなきゃなぁ。

ひとりブツブツ胸中で呟いていると、ふと額に衝撃。…いったぁぁぁあああぁぁぁ!!!

「ボーっとしてる奴に金の管理は任せられないね」


涙目です。
繋いでないほうの手でデコピンされた。超痛い。

ていうか勝手に連れてきて仕事しろって言ったの雲雀サンなのに。
理不尽すぎる。あ、また涙出てきた。

ぐいぐい手を引かれて、あっという間に最初の屋台。
店主…っていうのかな?は、さっと青ざめた顔をして、シャキッと姿勢を正す。
あー、ここ林檎飴のお店だ。甘くていい香りすると思ったよ。

「5万」

「ひぃ!は、はい!」


ごそごそと店主さんは大慌てでお金の入った箱を漁り始める。
束で万札を掴み取って、そこから5枚、震える手で雲雀サンに手渡す。

「1、2、3……確かに受け取った」

「い、いえ!」

「じゃ、南。はいこれ」

【いえいえはいこれじゃなくて】

「あ、封筒渡してなかったね。これから受け取った金は全部コレに入れといて」

【封筒…。】



渡された封筒はA4サイズのもの。そ、想像してたやつよりでかい…。

手渡された万札5枚、とりあえずその封筒に入れる。
絶対落とすことないように両腕で抱えるようにして持つ。
雲雀サンといえばすでにさくさく歩いていらっしゃって、小走りで追いかける羽目に…。

下駄で走るの痛いのに!



それから順調に徴収を進める雲雀サンとあたし。
けど彼はひとつひとつの徴収を終える度にすぐ歩いていってしまうから、
あたしはお金を丁寧に入れては走る、の繰り返し。
もー、ほんとーに、何をそんなに急ぐのか…。

途中、やっぱり人込み(別名:群れ)が嫌なのかすっごい店主さん睨んで
徴収したりもしてた。後ろにいたから見えなかったけど、すっごい
怖い顔してたらしくて店主さん真っ青になってた。


「……………っ、〜」

「………南?」


走っては止まり走っては止まりの繰り返しで呼吸がままならなくなってくる。
そのうち相手は歩いているというのに追いつけなくなってきて、片腕で
封筒を抱き、もう片手は膝について、肩で息をするような感じになってしまった。

優しいんだか意地悪なんだかよく分からないけれど、深呼吸をするあたしに
気が付いた雲雀サンは足を止めてこちらを振り返る。
だんだん落ち着いてきた頃に彼がすぐ傍まで戻ってきて、すぐメモ帳が出ないことに
多少焦りを感じつつ、とりあえず膝についていた手で彼のシャツの袖(といっても半袖だけど)
の裾をつまんでちょいちょい引いてみる。
(ちなみに、スケブは大きすぎて荷物になるので代わりにメモ帳だ)
(浴衣と帯の間に挟んでいるので引っかかってすぐ出てこない)

「なんで息切らしてるの」

「………っ、は、」

「…別に急いでないから。ちゃんと呼吸して」

「……〜、ーっ、は、」


貴方のせいで息切らしてるって分かってください。

どくどくいっていた心臓も静かになった頃、一度ゆっくり瞬きをして、それから
少し見上げるような形で彼を見据える。

「も、少し、」

あたしが声を使うことに眉間を寄せた雲雀サンだけど、今度はちゃんと聞いてくれた。

「ゆっくり、歩いて、」

ください。

全部言い終わらないうちに、雲雀サンがぷいと前を向いてしまって。
なんなの。聞きたくないならゆっくり呼吸してーなんて言わなくていいのに。

そういう中途半端な貴方の優しさにあたしが困ってることも、知らないで。





「きみが、」


急に彼の低音の声が聞こえて目を丸く見開く。
え、あたしが?なにかした?


「両手でソレ、持つから」


ついとこちらを見ないまま雲雀サンはあたしの腕の中の封筒を指差して。
…………あー、封筒渡されるまで手を繋いで、誘導してくれてたのに、かな。

なんとなくだが彼の言いたいことを理解したような気分になった時、
さっきの今まで手の中にあった重みがするりとなくなって、気が付けば封筒は彼の腕の中。


それから状況を脳みそが理解する前に、彼はあたしの手を引いて歩き出した。





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