花は結構好き。

桜なんかは、散る時が一番綺麗だと思う。



ふわりふわり、桃色の柔らかい雨が降る景色。

きっと、日本に生まれて良かったと思えることのひとつ。



あたしも、自分が散る時は、

桜みたいに、美しく思い出に残る散り方がしたい、なんてね。



あたしは、最後を飾るよりも、


今を大切に生きようと思うタイプの人間ですから。


10:桜舞う、桜散る








ふわぁ。


目が覚めると未だ明け方の4時。


風紀の呼び出しで慣れてしまったからか、休みの日にまで
4時起きの日が増えてきてしまっている。
睡眠不足になりそうだ。ここのところお仕事中にも欠伸が耐えない。



まだ少し朝は肌寒い。
春を迎えたと気象予報で見たのは、2週間くらい前。
そろそろ並盛の桜も満開の期を迎える頃だろうか。


ベッドの下に置いてあるスリッパに履き替えて、(ちなみに内側がもこもこしているタイプのやつだ)
台所へと向かう。一人暮らしって、夜中目が覚めるとき一番寂しいような…。

台所の電気をつけて(うっ、眩しい…)、体が温まるようにココアを作り始める。

牛乳を電子レンジで温めている間に、カップにインスタントのココアパウダーを
入れて、ポットの熱湯で練り溶かす。
牛乳を入れる前にあらかじめ溶かしておかないと、あとで粉がダマになって浮いてくるのが
とっっっても許せない。ココアのためなら、どんな一手間も欠かさないのがあたしだ。

牛乳が温まると、少しずつ入れて、溶かして、また残りを入れる。
三回くらいに分けると全体的に均等に溶かせて美味しい、と一年半程前に知った。
ココアはあたしが5歳の頃から愛飲している。ココアを使ったお菓子レシピもお手の物だ。

全部牛乳を入れ終え溶かしきったら完成。南羽無流の、
ココアが一番美味しく飲める作り方だ。ちなみにあたしは、牛乳の量を少し少なくして
甘みを強くしたものが好み。(理由は、普通通りに牛乳を使うとすぐ切らすから、なんだけど)




ココアを入れたマグカップを片手に自室に戻る。

ベッドの下に畳んで仕舞っていた小さな低くて四角いテーブルを出して、
組み立て、そこにココアを置いた。(組み立てている間は勉強机の上に避難していた)

丸いクッションをベッドの片隅から引き寄せて、敷いて座る。足はだらんと伸ばしたままだ。
背中はベッドの側面に凭れさせた。これが羽無ちゃんの即席リラックスルーム。

ふと少し腰を浮かせて、背伸びして枕元の携帯電話に手を伸ばす。


…………………案の定、

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time:3/27 23:48
from:雲雀恭弥サン
sub:no title
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明日、並盛公園に6時集合。
仕事じゃなくて、花見だから。


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メルアド、活用してくれてるよなぁ。まったくもう。

まぁいいか、今回のは長かったほうだし。
酷いときは『明日7時並中』だけとか、ね。
、とか。がないのなんかいつもだ。

でも花見かぁ。丁度今頃、満開なんだろうな。
並盛公園広いし、いっぱい見れるかな。



画面の右端をちらと見やれば、もう5時を回っていた。
指定された時刻よりも少し早くに行けるよう、着替え始めることにした。

マグカップの中のココアは、既に無い。





























厚手のパーカーに身を包んで、桜色のスカートにハイソックスとスニーカー。
髪の毛のまとまりが悪かったものだから、ゆるく横に一本結びにした。

スカートと同じ桜色の携帯と鍵を持って家を出る。鍵をしたらマンションを出て、
並盛公園へ向かう道をゆっくりと歩き出した。

時刻は5時30分。並盛公園まで15分。
景色を見ながら歩く余裕もあるし、今日は早起きしてよかった。


道中の並木桜は満開。そよ風が吹くたびに、ふわりと花びらが舞う。
だんだんと明るくなる空に、太陽の輝きが反射する。

お花見かぁ。去年は京子と行ったかなぁ。
ちょうど卒業して中学入学の準備で忙しかったから、
あんまり遠出は出来なかったけど。

ラ・ナミモリーヌの春色タルトを買って、うちのマンションの屋上でお花見したんじゃなかったっけ。
甘酸っぱい苺が美味しかったよなぁ。今年も発売すれば良いのに。
嗚呼、でも今年は桜ケーキっていう淡いピンクのクリームに包まれたケーキでも、
いいかもしれない。なんなら作ってみようか。やっぱり苺は必須かな。



にこにこしながら道を歩いていたら、あっという間に並盛公園に到着。
そこであたしは言葉を失った。



「……………っ、!」



きれ、い。




並盛公園に広がる満開の桜。
散った花びらでピンクの絨毯。
すっかり青くなった空に、

良く映えるいくつもの花びら。



ざざ、ざざ、ざざ。
風と花びらが空高く吹き上がる。
風が止むと、花びらがひらひらとあたしの上に舞い落ちてきた。


瞬きすることも忘れて、あたしはただ、呆然と空を見上げていた。

すると、





「あれ、早いね南」


声にはっとして、振り返るとそこには、

桜色に映える漆黒。


砂利を踏みつけて、学ランをはためかせた雲雀サンが立っていた。



***





南との会話が少なくなる冬も少し前に終わって、季節は春。
(手がかじかんで書きづらいらしく、筆談の彼女は冬の間本当に無口だった)

昨日の夜、マンションのベランダから並盛公園のほうを眺めて、
明日ごろ、満開で見頃かな、と胸中で呟いた。

暗闇で月明かりに照らされ、風に揺れる桜の木。
花見、明日にしよう。


思い立つのが急なのは、いつものこと。














「あれ、早いね南」


南は呆然とした様子で満開の桜を眺めていた。
舞う花びらと同じ色のスカートが風に揺れる。
南が私服でスカートを履いているのはあまり見ないな。

瞳がきらきらと輝いていた。
栗色の髪に桜の花びらがひっかかる。
そのぼーっとした横顔、本人に見せてやりたいね。

微笑を浮かべて、未だ僕の存在に気付いていない南に話しかけた。
くるりと振り返ると、南はにこり、柔らかく微笑んだ。

「桜、満開だね。思ったとおりだ」

空、というよりも、高い位置にある桜の花に目をやる。
ざぁ、風が吹くたびに音を立てて揺れる枝。花と花が擦れ合って花びらがはがれる。
桃色の斑を空色のキャンバスに描くようなその光景は、とても綺麗だった。


ざざ、ざざ。

しばらく柔らかい、暖かな風が頬を撫で続ける。

桜の花びらは、失うことをまるで知らないように、いつまでも散り続けた。
いや、知らないか。植物だし。
でも、余すことなく風に身を委ねる桜の木々は、人で言うなら胸を張っているよう。
いくらでも持っていけ。失うことはない、とでも言うように。


木々のざわめく音が止んだ頃、並盛公園にピンクの絨毯が敷き詰められていた。


【綺麗です】


スケッチブックを持つ彼女の視線は、話しかける僕ではなく
目の前の光景に釘付けだ。……なんだろ、少し悔しい。


「良かったね、丁度いいタイミングで。
 この景色は今日一日僕らだけで独占できるしね」

目を真ん丸に見開いて、今度は僕を見る。
あ、言わなきゃ良かったかな。

「風紀委員がここは貸し切ってるから」

周りに群れが居たら、見える範囲が狭まるだろ?
広いところで、静かに見られるんだからいいじゃない。

南が反論するであろうことは分かっていた。
だから、彼女がスケッチブックに言葉を綴り始める前に僕は言った。

南はスケッチブックを抱きしめて、困惑した表情だ。
おそらく独り占めするなんて、他の人にも見せたい、とかそんなこと考えてるんだろう。
心優しい南のことだからね。あの仲の良い女子生徒のことでも思ってるんだ。


南が他の奴のこと考えてるなんて、


そう思ってふと気付く。
うわ、今僕なんて言った?正しくは言っていないが。
もしかして嫉妬深い男なの、僕?
相手女子生徒だし、大体南は僕の彼女でもないのに。
まったく、知らず知らずのうちにどんどん膨らむこの感情には、いつも悩まされてばかりだ。


はぁ、

憂鬱のあまりため息を吐いて、南が僕の様子に気付いて
景色から僕に視線をずらしたその時。


「おーラッキー!」

「これで殺されなくてすんだ〜」

「一番乗りだ!!」

……最近聞きなれてきた草食動物達の声音。

「ん?あれって…」

「あれ、南も居たの?」

「…っけ、なんだよ、一番じゃねぇし」

沢田綱吉。赤ん坊のそばに居る草食動物。
山本武、獄寺隼人。沢田と群れてる草食動物。

その声に気付いて、南が振り返ろうとした時、
見張りの風紀委員が奴らの背後から現れた。




「ここは立ち入り禁止だ」

「「「!?」」」

「この桜並木一帯の花見場所は全て占領済みだ。出てけ」

「ああ?」

「おいおいそりゃズリーぜ、私有地じゃねーんだしさー」


風紀委員の一人と沢田達が話している。
背後に立つ富貴委員のほうへ向き直った沢田たちの背中しか、
僕と南には見えていない。

途端、奴らの向こう側に見えていた長身が見えなくなる。
嗚呼、獄寺隼人にのされたの?弱いな、まったく。

仕方ないから、僕は奴らに近付くことにした。
南がぱたぱたと桜の花びらを踏み分けて追いかけてくる。


僕らの存在に気付かずその風紀委員を見下ろす群れの背後の
桜の木に寄りかかる。こんな近くに居るのに、ね。警戒心皆無というか。

南はスケッチブックを抱きしめて僕の横に並ぶ。
倒れている風紀委員に気が付いて、一歩後ずさった。
君って、そういう光景見るの嫌いだもんね。ごめん、忘れてた。


「何やら騒がしいかと思えば君達か」

「ヒバリさん!!…あ、この人風紀委員だったんだ!」


本当はもっと早くから気付いていたさ。君達がここに入ってきた時から。
南からほんの少し離れたところに立っていたから、
南を見つけても桜に隠れて僕は見えなかったかもしれないけど。

使えないと判断した風紀委員の前に立つと、震えるように起き上がるそいつ。
顔も青ざめてるし、本当に、

「弱虫は、」

トンファーを振るう。南の息が詰まる僅かな音がした。

「土にかえれよ」

心の底から思ったことを言う。
声を上げて殴り飛ばされたそいつは、血を飛ばしながら少し離れたところへ落ちていった。



「見てのとおり僕は人の上に立つのが苦手なようでね」

血のついたトンファーを振って血を掃う。
得物は南の視界に映らないよう僕の陰に隠した。



「屍の上に立ってる方が落ち着くよ」


言葉では言えないけれど、南は部下だと思っていないからね。
仕事ではよく役立ってくれてるけど、何せ僕の感情はそれだけじゃないと主張している。


ふと、聞き覚えの無い声がして、南が聞こえたほうに視線をやる。
僕もつられてそっちに目をやった。

「いやー絶景絶景!花見ってのはいいねー♪
っか〜〜〜やだねー、男ばっかっ!」

「Dr.シャマル!」

「まだ嫌がったのか!!このやぶ医者ヘンタイ!スケコマシ!」

酔っ払いか?ふらふらと桜の木に寄りかかっている男は、酒瓶を握り締めていた。

「オレが呼んだんだ」

「リボーンも!」

「おめーらかわいこちゃんつれてこい!
…ん?なーんだ居るじゃねぇか!こっちおいでそこのお嬢ちゃん!」

「!!」ビクッ

その木の上には赤ん坊。再会を喜ぶつもりが、酔っ払いの男が南に声をかける。
南はびくりと肩を震わせて、僕の背後に隠れた。
………言っちゃ悪いけど、小動物みたいで可愛い。

赤ん坊が花見を賭けて勝負、と言う。
僕は全然いいけど、この子の前でやってもいいものか。
すると南は、酔っ払いを警戒しつつ僕に話しかけてきた。

「あたしは気にしなくても、いいですよ」


にっこり、可愛らしい笑顔。
君、そんなだからああいう変な輩に目を付けられるんだってこと、自覚してる?

「へー、おめーが暴れん坊主か。
おっと隠れてないで出といでよお嬢ちゃーんV」

消えろ

僕に近寄ってきた酔っ払いは、背後の南に話しかける。
身を縮こまらせた南は、僅かながら僕の学ランにしがみついている。

怖がってるだろ、離れろよ。

トンファーを振るう。馬鹿な悲鳴を上げてそいつは近くの木の下まで吹き飛んだ。
ひっそりと安心したように息を吐き出す南。
しがみつかれていて悪い気はしなかったし、寧ろ可愛かったけど、

「南、ちょっと離れてて」


さすがの僕も南にしがみつかれたままじゃ闘えないからね。
こくりと頷いた南は、少し離れた木の陰に隠れた。
やっぱり見たくないんだね。うん、そうしていたほうがいいよ。

僕は、こいつらに加減する気は更々無いから。


銀髪の少年、もとい獄寺隼人が僕に突っ込んでくる。


さぁ、楽しい楽しいゲームの始まりだ。




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