***



あれから一ヶ月が経った。



「みんな、遅れてごめん!」

「あっ羽無姉!」

「お疲れさまー、長かったんだ?」

「うん、ちょっと病院混んでてさ」


念のため、月一で定期検査をすることになっているので、今日もまた並盛中央病院へ足を運んでからこっちへ来た。
フゥ太くんに手を引かれて皆のところまで行くと、京子が隣の席を空けてくれて、そこに座る。


「フゥ太くんちょっと久しぶりだねぇ。背伸びた?」

「分かる!?1センチ伸びたんだよ!!」

「そっかぁ、男の子にしては成長期早いね!」

「武兄みたいにおっきくなって、羽無姉のこと追い越しちゃうんだから!」

「ふふ、楽しみー。お、」


不意にカキン、と気持ちのいい打球音が響いて、球場を見下ろすと、外野を飛び越えてボールはフェンスに当たり、落っこちた。
途端、球場を歓声が包み込む。


「わ────っ!!」

「ホームランです!!」

「さすが山本!!すごすぎ!!」


そう、今日は野球部秋の大会。
あれからすっかり怪我も治った野球部きってのエース、山本くんの晴れ試合ということで、皆で応援に来ていたのだ。

かといってただの応援で終わらないのがナミモリーズ。つまらなそうに見ていた獄寺くんがダイナマイト片手に立ち上がった。


「てめーらしっかりやんねーと暴動起こすぞ!!!」

「何しにきたの───!?」

「違うぞタコヘッド、スポーツ観戦では他にやるべきことがあるだろ」

「お兄ちゃん?」

「野球などやめてボクシングやらんか───!!」

「それもまちがい──!!」


ハルと京子がわたわたして、ツナくんが青ざめながらツッコミを入れている光景をちびっこたちと一緒に笑いながら眺めていると、不意に下の方から響いた声。


「ファールいったぞー!」


ファールボールが飛んでくる!と皆が身体を屈めたそのとき、パシッとそれをキャッチする音がして、全員で顔を上げると、そこにはビアンキさんがいた。


「お弁当持ってきたわよ」

「で────っ」

「ああー獄寺君がっ」

「はひーっ獄寺さん、大丈夫ですかー!?」

「情けない子ね、姉を目にして倒れるなんて」

「む、タコヘッドのやつピクピクしとるぞ、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないです誰かーっ!!」


わらわらと立ち上がって賑やかになるあたしたちの席。
くすくすと肩を震わせるようにして笑いながら、獄寺くんをとりあえず何処か休めるところまで運ぼうと身体を起こさせる皆の後ろ、小さな男の子の手を引いて歩いていくお母さんをふと何気無く見た。


「みー君、お兄ちゃん頑張ってたねー。ごほうびにお夕飯何にしてあげよーか?」

「うんとねぇ…ハンバーグ!」


「一人はさみしそーだな。
またいつでも相手になってやるぞ」


ぽつりと呟いたリボーンくんを振り返って、あたしははっとなった。
まさか。そう思ってもう一度男の子とお母さんを振り返る。


「ハンバーグは昨日食べたでしょ?また今度にしよーね」

「うん!



また…いずれ…」


「…………骸……?」


あれきり精神世界へ行くこともなく、ずっと姿を見ることの無かった大切なひとの背中が、二重に重なるように見えて、思わずそうこぼした。
ふ、と微笑うと、男の子はお母さんに手を引かれるがままに行ってしまった。


「南ーっちょっと手伝って!」

「え、うん…」


ツナくんに声をかけられてそっちを見やれば、手伝う間もなく京子のお兄ちゃんが獄寺くんを担いで走って行ってしまった。
様子を見てくるわと追い掛けていったビアンキさんに、ツナくんと二人であーあと肩を落として顔を見合わせる。

なんだか、おかしくなってきて、二人揃って吹き出した。


「あははっ」

「ふふふ…っ」


「あー、羽無ちゃんとツナさん、二人で笑っちゃって仲良しさんですー!」

「なになにー?」

「なっなんでもないよ!」

「ちょっと思い出し笑いしてただけ」


ね、とツナくんを見れば、少し照れくさそうに微笑んだ。
またホームランだ!とフゥ太くんが言ったのを聞いて、皆そっちを見る。
ツナくんが、視線だけ球場の方を見て言った。


「なんかさ…この間の戦いが、嘘みたいに平和だよな」

「……そうだね。

でも、確かに色々変わったと思わない?」


ツナくんが、今度はあたしの顔を見て、ゆるりと微笑う。


「良かったな、話せるようになって」

「うん」

「髪も短くなって、まるで別人みたいだ」

「そこまで言う?」

「だってオレ、南とこんなふうにたくさん話す仲になると思わなかったし…」

「まぁ、ただのクラスメイトだったもんね」


膝を抱えるように座り直したツナくんが、地面へ視線をついと移して、また口を開く。



「骸の話、聞いたよ」

「骸の…?」

「うん。南と骸が、本当は知り合いだったって」

「…………そうだね」

「あいつ、なんであんなことしてまで南のこと、巻き込んだんだろ…」

「………骸はさ、


自分のファミリーに、人体実験のモルモットにされてたんだって」


ばっ、と顔を上げたツナくんと目が合って、少しの間、目が離せなくなる。

膝の上に作った握り拳を見つめながら、あたしはとつとつと語り出した。


「多分、犬くんたちもそう。だから、骸は、この世界が…マフィアが許せないって、言ってた」

「それで、あいつ───…」

「でも、だからどうってわけじゃなかった。あたしには優しくしてくれたし、直に会ってからもよく分かった。犬くんや千種くんには、骸は優しかったもの。

確かに、骸たちがやってきたことは、許されるような簡単なことじゃないよ。一生懸けて償うべきだと、あたしも思う。
ただね、骸たちの、全部が悪かったんだって、そうは思わないでほしいの」


本当は、優しいひとだから。

勝手に怪我したあたしに、絆創膏を貼ってくれるような、普通の優しさを持ってるひとなんだよ。


「知ってるよ。だってあいつ、南は関係ないって、言ってたから。
お前のこと、連れてかれるまでずっと大事そうに抱えてたから」


ツナくんの真っ直ぐな瞳が、何処を見ているのかは分からない。
だけど、少なくとも、あたしの気持ちは通じたんだって分かって、嬉しくなった。


「ねぇ、綱吉って呼んでもいい?」

「っえ?」

「あたしのことも、羽無って呼んでよ」

「どうしたの、いきなり」

「せっかく仲良くなれたんだもん、もっと仲良くなれるように。信頼の証だよ」


ね、ともう一度笑えば、ツナくん──もとい綱吉は、少し困ったように頬を掻いて、また優しく笑った。


「……うん。
これからもよろしく、羽無」

「よろしくねっ」


「羽無姉!攻守交代だって!」

「次は山本さんピッチャーですよぉっ!」


あたしたちは、席を降りると、観覧席の縁まで行って皆と一緒に大きな声援を送った。


***



目が覚めると、少し懐かしい場所に立っていた。


「漸く波長が合いましたね、」

「わぶっ」

「会いたかった……羽無」


骸の声がしたかと思ったら、視界が白く染まって、変な声を出してしまった。
きゅうと抱きついてくる大きな背中をぽふぽふと手でやりながら抱き返せば、嬉しそうに首筋に頬擦りをしてきた。


「すっかり切ってしまったんですね…」

「骸が後ろ髪ばっさりやっちゃったからね」

「すみませんでした」

「いいよ、ちょうどいい気分転換になったから」


少し身体を離して、髪の毛先を撫でてくる骸。しょげて頭のヘタがしおれてる。
頭を撫でてあげると、少し嬉しそうに微笑って、あたしの手を取り歩き出した。


「どこいくの?」

「どこかそのへんです」

「どこよ」


すると、一度骸と喧嘩して走り回った草原に出た。
そこに座り込んだ骸に倣うようにしてぺたりと座る。


「ここは良いですねぇ。現実世界は退屈でつまらない」

「…怪我はもう、いいの?」

「そっくりそのまま返しますよ。もう包帯は取れましたか?」

「ん」

「そうですか、良かった。いくらお転婆だからといって生傷が絶えないなんてやめてくださいよ」

「しないよーそんなこと」

「どうだか?まぁ、そのあかつきには僕が羽無を嫁に貰いますんで構いませんけど」

「そういうの冗談で言うの良くないよ」

「(冗談じゃないんですけどね…)」


ころんと寝転がって、ふぅと瞼を閉じる。すぐ近くで「もう寝るんですか?」と不満げな声がして、ちらと片目を開けると端正な顔がすぐそこであたしを見下ろしていた。

間近で見た朱と蒼の異色虹彩は、やっぱり綺麗だと思った。


「骸の目、綺麗だねぇ」

「フ…、沢田綱吉はこの目を見て悲鳴を上げましたよ?」

「あたしは綺麗だと思うなぁ。
だって、炎と海が隣り合ってるように見えるよ」

「ほぅ」

「あたしの知ってる骸の瞳だ」


人間道を使っているときの金色の瞳も骸の一部だと頭では分かっているけど、あたしはやっぱりこっちの瞳の方が落ち着くな。

骸が不意に微笑んで、あたしのおでこに小さくキスを落とした。


「ん!?」

「僕も、安心しました。僕の知ってる羽無で」

「……なんでちゅーしたの」

「なんとなく?」

「もー」


勢いをつけて起き上がると、くすくすと微笑う骸が、優しい眼差しであたしを見るから、なんだか少し照れてしまった。


「時々、君の身体をお借りしてもいいですか?」

「ん?」

「言ったでしょう?あたしの目を貸してあげる≠ニ」

「言った!」

「だから、ね」


あたしは、嬉しくなって骸に抱きついた。
骸が、世界をちゃんと見つめようとしてくれている。

伝わってた。あたしの気持ち、ちゃんと届いてた。


「きっとびっくりするよ。目を背けてただけで、こんなにも気付かなかったことがあったのかって」

「君はびっくりしたんですか?」

「うん!素敵なものでいっぱいで、気付けて良かったって思うよ。骸も、絶対」

「それは楽しみだ」


今まであたしたちは、ひとの醜さだとか、汚い心とか、悲しいものばかりに囚われていた。
だけど、例えばそれは、友達との絆だとか、今こうしてあたしと骸が一緒にいられる時間にだとか、少しずつ隠れて、見つけてもらえるのを待ってるんだよ。


だから、一緒に探していこうね。


あたしたちだけの、幸せを。




ディアマイヒーロー
知らないことがあるなら、
これから知っていけばいい。





あとがき→

8/9

[prev] [next]



 back
×