「……っむくろ、むくろ…っ」 視界に、目にいっぱいを溜めた君が遠く映って、僕の傍らに座り込んだことでその距離が近くなった。 嗚呼、髪、短くなってしまいましたね。僕、結構好きだったんですよ、君の、腰まで届きそうな綺麗な栗色。 僕が槍でつけた首筋の傷から僅かに血が流れている。それだけじゃない。かすり傷や切り傷だらけだ。 守るといったのに、君はぼろぼろじゃないか。 「むくろ、むくろ…?」 「…………、」 「むくろ……っ、ごめん、ごめんね…」 「………いいですよ」 「…っ!」 「………もう、いいです。謝らないで」 謝らなきゃいけないのは、僕の方だ 「……あのね、あたしね、骸を嫌いになったんじゃないよ…もういらなくなったんじゃない…違うんだよ、信じて…」 「…………羽無…」 「いたくて、つらくて、もういやだって、たしかに言った。だから骸は、一緒にいようって、言ってくれたよね」 「………ええ」 「あのね、それって、あたし、何も変われないって気付いたの。確かに痛いよ、つらいよ、苦しくなるけど、でも、それでも、このままにして逃げたほうが、もっともっとつらい」 「…………」 「骸にね、甘えるのが申し訳なくてね…っ、あたし、逃げてばっかりで、そのせいで骸に負担ばっかりかけて、そのくせ自分は何も出来ないって…思い込んで、また塞ぎこんでね、」 「…………はい」 「守ってもらってばっかりでね…っ、骸に、何も出来てないのに…っ、こんなのいやだって思って…っ」 何も出来てないなんてそんなことない 君は僕に世界をくれました 生きる理由になってくれました 君がいたから生きられたなんて、それこそ君の重荷になってしまうから今まで言わなかったけれど 僕、本当はすごく感謝してるんです 「骸がいなかったら、あたし進めなかった。一歩も、踏み出せないままでうずくまってた…骸がいてくれたから、頑張ろうって思えたんだよ。本当だよ。だから、だからね、骸…っ、」 「……羽無、」 「っ、」 手を伸ばして、君の頬に触れた あたたかい、やわらかい君の感触 君の手が重ねられて、その指先から桜色の燐光が溢れて、僕の手から人間道特有の痣と色が消えていく 一緒に、どろどろ、暗くて重い気持ちも、抜けていく 溶けるというよりも、気化するような、ふわふわ薄まっていくような 君の瞳から溢れた一滴の光が、僕の手を伝う やっぱり、君はきれいだ 「ぼくは…きみにとっての、なんですか…?」 不安だった 君が、僕なしで生きていけるって 僕は君なしに生きれないくらい、依存しているのに 「大切だよ。いなくなっちゃ嫌なくらい」 「……ほんとうですか、」 「絶対」 「……いちばん、たいせつ?」 「……みんなと同じくらい、」 「それじゃいやです」 「…………」 「ぼくが、きみのいちばんがいい…」 「…………っ」 「ぼくには、きみしかいない…きみが、きみだけがいちばんなんです…」 光が、溢れてやまない 「君が、僕に光をくれた…。真っ暗闇で独りの僕に、君の世界を教えてくれた。君といた時間は、本当に幸せだった…」 「……むくろ、」 「けど、だめなんです。僕には、この世界は暗すぎて。君がいなくなってしまったら、もう立てない」 「……っあのね、むくろ、君が気付いてないだけでね、世界はまだまだたくさん綺麗なんだよ」 「僕には、わからない…」 「わかるよ!わからないなら、知ればいい。見ればいいもん!」 「見えませんよ……暗闇で、何を見ろと言うんですか…」 「なら、あたしに憑依すればいい」 「っ!」 「あたしの目を貸してあげる。あたしに見える世界を教えてあげる。もったいないよ、きっと知ったら、骸はこの世界を好きになる」 「………っ、」 「だって、だってね、この世界は…っ、 あたしと骸が出会えた世界なんだから…っ」 泣きながら微笑う君が綺麗で、眩しすぎて、 僕は空いた手で目を塞ぐ。 唇を噛まないと堪えられない 目と、鼻の奥がつきりと痛んで、目頭が熱くなる。 そうか、君と出会えた世界、 「あとね、冷たくてひどいだけの人間だなんて、自分を決めつけないで。骸は昔もそう、脱獄囚を信用するなだとか、自分はそんな人間じゃないだとか…否定しすぎなの」 「…お説教ですか?」 「お説教だよ、こんな…だって骸、あたしに絆創膏貼ってくれた。頭撫でてくれた。抱きしめてくれた…あたし、全部全部、嬉しかった。あったかくなれた…」 「そんなの…君だけです、」 「今はそれでもいい、……ううん、骸は、千種くんや犬くんにも優しい。だから、冷たくなんか、ひどくなんかないよ。やさしくてあったかい自分から、目をそらさないであげてよ……」 ほら、 君はまたそうやって、僕の代わりに泣いてくれる 優しい子 「幸せを、保証するなんて大それたことは、言えないけどさ、」 「………はい…、」 「あたしが、君の幸せを願ったら、だめかな、」 「………っ!」 「君がいつの日か、大切な人にたくさん出会えて、たくさん思い出を作って…っ、生まれてきて良かったって、生きてきて良かったって、そう思える日がくるように…っ、願っちゃだめ…?」 願っても、いいんですか、 僕は、今の僕は、君がいなければ生を諦めてしまうほどに、自分の命に自信がないけれど いつか、君のような人にまた出会えるって、 そして君もまた、ずっと一緒にいてくれるって そんな未来がきますようにって、 願ってもいいですか 僕は、 生きていていい人間ですか 「むくろは、生きなきゃだめだよ」 手をどけた視界にぼんやり映る君は、真っ直ぐ僕を見つめていて ぼやけているのは、涙の膜が張って邪魔をしているからだ 「今まで傷つけてきた人たちに謝って、反省して、それで、生きよう。ちゃんと、骸だけの人生、見つけよう?」 復讐なんかじゃなくて。 君が、誰かと一緒に幸せになれる人生を。 「あたしは、ずっと君の味方だよ。骸」 光の粒をぱたりと溢して、向日葵のように笑った君を最後に視界がぐちゃぐちゃに歪んだ。 泣き顔なんて格好悪い、 僕はどこまでも欠けていて、君の言葉で心を解放して、知らなかった感情が込み上げてきて、そうしないと、こうやって泣くことさえ出来なくて。 手の甲でまた目を隠し、唇を血が滲むほど噛む。 それでも、隙間から洩れる嗚咽は抑えきれなくて。 「……っ、……ぅ、…く…っ、」 「むくろは、ひとりぼっちなんかじゃないよ。あたしに教えてくれたのは、むくろじゃない」 優しく、覆い被さるように抱きしめてくれる君に安心して、 僕はちゃんと、ここにいるんですね。 ここにいていいんですね。 君とひとつにはなれなかったけど、それは君と僕が違うからで、でもそれは拒絶なんかじゃなくて、 違うからこそ隣にいてくれるって、独りじゃないって。 「ありがとう、むくろ。君がいてくれて本当によかった」 君が必要で、君に必要とされたくて、 「あたしは、ずっとずっと、君のそばにいるよ」 一緒にいてほしかった。 「……むくろ…… むくろは、あったかいね……」 微睡むようにそう言って、彼女は瞼を閉じる。 規則正しい呼吸が聞こえてきて、僕は涙を拭ってから彼女を抱き返す。 あたたかい、やさしい僕の味方。 君は、神様でもただの他人でもない。 僕の、大切な大切な、英雄。 大好きですよ、羽無。 ありがとう。 ありがとう 僕は、彼女のひだまりのようなぬくもりに包まれながら、視界を、そして意識を閉じた。 [prev] [next] back |