「イクスグローブは死ぬ気弾と同じ素材でできていて、死ぬ気の炎を灯すことができるんだぞ」


救急箱を抱えて千種たちに駆け寄った少女を横目に、アルコバレーノの言葉に耳をそばたてた。
今更何をしようというのか。興味も失せて、静かに目をそらした。


「フッ…まるで毛を逆立てて身体を大きく見せようとする猫ですね。
だがいくら闘気の見てくれを変えたところで無意味だ」

「死ぬ気の炎は闘気じゃない」

「ほう…面白いことを言う。ならば見せて…もらいましょうか!?」


人間道を発動させたことによって飛躍的に上がった身体能力。僕が駆け出せば、床がへこむ。一瞬でボンゴレの前に躍り出ると、叩き落とすように柄を降り下ろす。
力に押されてやや屈んだ姿勢になる奴に笑えば、奴のグローブの炎が一際大きく燃え上がって、受け止めるように掴まれたそこが、ぐにゃりと熱で形を変えた。
慌てて距離を取ろうと身を引いたとき、奴の手の炎が眼前を掠めた。熱特有の突き刺すような痛みに、僕は目を瞑る。

闘気が熱を帯びているだと?それでは本物の炎じゃないか。聞いたことない。


「死ぬ気の炎と闘気ではエネルギーの密度が違うからな。限られた人間の目に見えるだけの闘気と違って、死ぬ気の炎はそれ自体が破壊力をもった超圧縮エネルギーだ」

「そのグローブは焼きゴテというわけか…」

「それだけじゃない」


前方に突っ込んできたボンゴレ目掛けて柄を振るう。しかし目の前には、炎の欠片がちりちりと残るだけで、ボンゴレはそこにいなかった。
気配を感じて背後を見やれば、そこに奴はいて。バカな、いつの間に。奴は僕のような幻覚を扱えなかったはず、ならば何故奴は一瞬で背後に回った?
振り返りきる前にボンゴレの拳が僕を殴り付ける。咄嗟に柄で防ぐも、予想以上に力が強く吹き飛ばされた。背中で床を滑る。奴に殴り付けられた箇所は、やはり熱で形を変え歪んでいた。


「何だ今のは…?奴は何をしたんだ……?」

「ウォーミングアップはまだ終わらないのか」

「くっ………、………クフフ……クハハハハハハッ!!

ここまでとは嬉しい誤算だ。君の肉体を手に入れれば、知略を張り巡らさずとも直接ファミリーに殴り込み、マフィア間の抗争を起こせそうだ…」

「!」

「マフィア間の抗争がお前の目的か」

「クフフ…まさか…僕はそんなちっぽけな男ではありませんよ。
僕はこれから世界中の用心の身体を乗っ取るつもりです。そして彼らを操り、この醜い俗界を純粋で美しい血の海に変える。
世界大戦…なんて、ベタすぎますかねぇ。

だが手始めはやはりマフィア───…マフィアの殲滅からだ」


じっと僕を見つめてくるボンゴレとアルコバレーノ。その向こうに見える、あの少女も、僕をひたむきな目で見返してくる。
僕は、自分のために目的を成す男だったはず。彼女のためにだなんて、何処の偽善者だろう。

よく考えれば分かったことだ。
世界を消し去れば、一番悲しい顔をするのは彼女だろうに。

だから決めた。僕はもう自分の望みを、彼女のためだと押し付けるのを、やめると。
悲しませたかったんじゃない。笑って欲しかった。つらくてつらくて、僕がそばにいないと泣くことも出来なかった君に、ずっとそばで、笑顔でいてほしかった。
だけど、違ったんだ。彼女はもう、独りで泣けるし、僕じゃない誰かのそばでも笑っていられる。

僕はただ、己の復讐に生きよう。
誰かのためにだなんて、元来向いてなかったのだから。


「なぜマフィアにこだわる」

「恨みか」

「おっと、これ以上話すつもりはない。君は僕の最終形態によって僕のものになるのだから…

見るがいい!!」


黒炎に包まれた僕の輪郭をした幻覚につぶてを潜ませ、ボンゴレに向かって放つ。案の定ただの幻覚だと避けることをしなかった奴は左目をやられ蹲った。

もらった、

上から襲い掛かる僕に、よろよろと立ち上がったボンゴレは拳を握りしめて、そして……また背後に回られた。
一瞬だ。目の前にいなくなったと思うと背後に気配を感じる。
大きく振りかぶられて、強く殴り飛ばされ床に叩きつけられる。込み上げた鉄臭さを吐き出すと、朱斑がぱたぱたと散った。


「………」

「………クフフフ、これがボンゴレ10代目…僕を倒した男か…………



殺せ。君達マフィアに捕まるぐらいなら、死を選ぶ」

「……っむくろ!!」


遠くで、あの子の声がする。

僕を必要としない、君からも。
君がいるこの世界からも。

取り残されるだけなら、消えてしまったほうがましだ。


「オレにそんなことはできない…───」

「その甘さが命取りだ」


僕に背を向けたボンゴレに、忍び寄って両腕を掴み拘束する。


「………そうやって、無為に敵に情けをかけたりするところは、あの子そっくりです」

「……っ、骸おまえ……!」

「また、傷つけられるかもしれないのは、自分なのに。何故、敵を庇うような真似をするんです」

「…………っ、」

「僕は、君たちのそういう不誠実なぬるい優しさが、一番嫌いです」


優しく見せておいて、気付けば裏切られて。


「………嫌いです」


僕は、ただひとり、君だけを信じていたのに。



「ご苦労でしたね。もう休んで…いいですよ!」

「かっ」

引き寄せたボンゴレの腹を蹴り飛ばす。
彼が飛ばされた先には、先程千種の身体で彼に殴り付けられた際に、反動で弾いた槍の先端部が刺さっている。

「クフフ…空中では受け身がとれまい。君はそのくだらぬ優しさで自分を失くすのです」

「いけツナ、今こそイクスグローブの力を見せてやれ!」


「うおおおお!!」


ボンゴレが拳を大きく開いた瞬間、

光が爆発する。

両手に灯されただけだと思っていた炎は大きく燃え盛り、それが逆噴射することでボンゴレはバランスを保ち、宙で立ち止まったのだ。


「これは!?」

「そーだぞ、さっき瞬時におまえの背後に回ったのは死ぬ気の炎の推進力を使った高速移動だ」


ボンゴレはそのまま真っ直ぐ僕に向かって直進してきて…
その手のひらが僕の視界を覆った。溶かされるように、僕のうちのどろどろとした黒い何かが無理矢理剥がされていく。


「うああああぁぁあああああ!!!!」

「やめてツナくん!!」


叫びすぎて、裏返ったかすかすの声が、刺さるように鳴り響く。
ボンゴレは驚いたように手を離し、僕の身体はそのまま崩れ落ちて、仰向けに倒れる。

中途半端にどろどろが抜けなくて、気持ち悪くて、ぼんやり映る廃屋の天井に唇を噛んだ。

僕は結局、何も果たせなかったのだ。





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