大きく後方に跳躍した千種くん。距離を取ると、感情を感じさせない表情で口を開いた。

「その頭部の闘気(オーラ)…なるほど…特殊弾が命中していたのですね。

しかしランチアと戦っていた時にはもっと荒々しかったようですが…」

「小言弾はツナの静なる闘志を引き出すんだ。死ぬ気弾とはまるで違うまったく新しい力を秘めた弾だからな」

「フッ…僕には戦意喪失し意気消沈しているようにしか見えませんがね。
どのみち僕の能力(スキル)の前では君は敵ではない」

確かに、目を覚ましたツナくんの表情は、怯え逃げていたさっきまでのものとは一変して、どこまでもやる気を無くしたようなぼんやりしたものに見えた。
彼が死ぬ気モードになると宿る額の炎と同じ色の光が、彼の男の子にしては大きめな瞳の内側で揺らめいている。


不意をつくように背後から飛び掛かった犬くんの顔を、あっさりと左手で掴んで押さえ込むと、そのまま右手で裏拳を食らわせた。
死ぬ気モード特有の超人的な力の大きさに、犬くんの身体は大きく背をそらしながら吹き飛んでいく。


「まだですよ」

「っ!ツナくん!避けてっ」

「………」

「…えっ!?」


千種くんが繰り出したヨーヨーの毒針が、霧雨のようにツナくんに降り注ぐ。
避ける素振りを一切見せない彼に動揺した瞬間、ツナくんは鋭く別方向を睨むと一直線に駆け出す。

思い切り殴り付けた空気だと思ったそこから、千種くんが殴られた衝撃で飛び出してきた。
誰もいなかったのに。ツナくんはどうしてわかったんだろう。


「バカな…」

「奴は地獄道の幻覚を見破れなかったはず」

「これこそ小言弾の効果だぞ。
ツナの内に眠るブラッド・オブ・ボンゴレ≠ェ目覚めたんだ」

「ボンゴレの…血…?」

「ああ。死ぬ気弾が危機によるプレッシャーで外部からリミッターを外すのに対し、小言弾は秘めたる意志に気づかせることにより内面から全身のリミッターを外す弾なんだ」

「…………、」

「まぁ、この話はお前にゃまだ少し難しかったな。そして同時に内面にある感覚のリミッターを解除するんだぞ」

「内面にある感覚?」

「ツナの場合、それはここにきて時折見せるようになったボンゴレの血統特有の見透かす力=c

超直感だ。まだグローブの使い方がなっちゃいねーがな」


リボーンくんの説明に、いまいち理解が追い付かなくて首を傾げていると、あたしを見てふっと微笑うリボーンくんが、ツナくんをもう一度見て続ける。
要するに、強くなった。ってことでいいのかな。

あっという間に犬くんと千種くんを倒してしまったツナくんは、次に獄寺くんとビアンキさんに向き直った。
獄寺くんはにいと口角を上げて笑った。瞳の数字が、四に変わる。


「おっと、忘れてしまったわけじゃありませんよねぇ。これはお仲間の身体ですよ。手を上げられるんですか?

クフフ…できますか?」

「がっ!!」

「できるんですか?」

「ぐはっ」


駆け出した獄寺くんの肘鉄を顔面に食らってよろけるツナくんに、ビアンキさんの膝蹴りが入る。
避けることもせず、ただ二人に攻撃されるツナくんが嘗ての自分と被って見えてしまい…また全身に震えが走るのを感じる。
それを見たリボーンくんが、安心させるようにあたしの肩に飛び乗ってきて、後ろ髪を優しく撫でてくれた。


「クフフ、やはり手も足も出ませんか」

「いいサンドバックですね」

「ちげーぞ。修羅道で強化された攻撃力だ、ガードしても避けてもビアンキたちの体に負担がかかっちまう。
ツナは今、自分の体で攻撃をいなして二人の体を守ってるんだ」


するとツナくんはタイミングを見計らったかのようにして獄寺くんの拳を受け止め、そのまま押さえ込まずに受け流した。
勢いがついて立ち止まれない彼の首の後ろを、肘でたん、と一瞬だけ打撃する。
漫画や本の中でよくある、味方を気絶させるときに用いられる技だ。でもあれは一歩間違えば心停止を招きかねない危険な技だとも聞いたことがある。ちゃんと打つ箇所をわかっていないと、逆に命を掬ってしまうようなものなのだ。


「く…っ、体が…」

「打撃で神経を麻痺させる戦い方を直感したな」

「直感しただと?ふざけたことを!」


次はビアンキさんの拳を手のひらで受け流し、彼女の体がだいぶ傾いたところで、獄寺くんにやったのと同じところを水平にした手でとん、と打った。
ビアンキさんの体からも途端に力が抜けていき、倒れ込む二人の体を両腕に抱くようにして支えたツナくん。もう意識のない二人に、静かに「待たせてごめん」と呟く声がした。

「リボーン、処置を頼む」

「急に威張んな。羽無、手伝え」

「あ、うんっ」


リボーンくんは、あたしの肩から飛び降りると、近くに置いてあった救急セットを片手にあたしを振り返る。
そっと横たえられた二人に駆け寄るあたし。傷の痛みに少し眉を寄せるような表情で眠る二人に、お疲れ様と言いたくなった。

立ち上がったツナくんは、ステージ下の方を睨み付けながら言い放つ。


「出てこい骸。生きてるんだろ?」

「クフフ…戦闘センスが格段に向上していることは認めましょう。だがこの程度で図に乗ってもらっては困りますね…


僕が持つ6つある戦闘能力のうち、まだ1つだけ発動していないことにお気付きですか?」


包帯を手際よく巻く手を止めて、リボーンくんが言う。


「第5の道、人間道だな」

「その通り。我々の生きるこの世界が人間道です。
そして実は6つの冥界のうち、最も醜く危険な世界だ」

「!」

「皮肉ではありませんよ。ゆえに僕はこの世界を嫌い、このスキルを嫌う。この世界を美しいとほざくそこの娘の目は、嘗て何を見てきたのかと疑うほどに」

「…!…骸、」

「できれば発動させたくなかった───」


そう言いつつ、右手の指先を右目に宛がう骸。「弱虫は、目を閉じていた方が身のためですよ」と皮肉げに笑んだ。
痛みから逃げない、自分に誓ったあたしは、真っ直ぐ彼を見返す。一瞬、悲しそうに笑顔の色を変えて、彼はその指を瞳に突き立てた。

悪寒が這いずり回るような、痛く気持ち悪い音が響きはじめて、あたしは手にした脱脂綿を思わず握り締める。
骸が、慣れない手つきで貼ってくれた膝の絆創膏に手が触れた。傷が、痛い、痛いと悲しく疼く。


「この人間道は最も醜く……」

「…っむく、やめて…」



「最も、危険なスキルですからね」


びくり、体が跳ねた。


「どす黒い闘気だな」

「見えますか?闘気を放出しながら戦うタイプの戦士にとって闘気の大きさがすなわち…強さ!」


暗い黒い、どこか冷たくさえ見える炎が骸の全身から噴き出した。
あたしの体に彼が入ってきたとき、あれに似た感触の何かが身体中に染み渡ったのを思い出す。

見えないスピードで駆け出した骸は素早く槍の柄をツナくんに叩きつける。
なんとか両腕を交差させてガードしたツナくんだったけど、押し負けて体勢が崩れたところに下から拳が入って、彼の体が宙に浮く。

「君と僕では力の差がありすぎる」

槍を持ち直して、柄で思い切りツナくんを殴り付けた。吹き飛ばされたツナくんはそのまま壁まで飛んでいって、壁そのものをへこませるような勢いで叩きつけられた。

「クハハハハ!脆いですね。ウォーミングアップのつもりだったのですが」

「でなくっちゃな…」

「なっ!」


もうもうと立つ埃の中から、瓦礫を崩しながらツナくんの影が立ち上がる。
さっきまで、額に揺らめく程度だった炎が、大きく燃え上がっていた。よく見れば、彼はグローブを炎にあて、その炎がグローブに燃え移り火を大きくしているようだった。


「なに!?闘気がはじけた………!?」

「わかってきたみてーだな、グローブの意味が」


「おまえの力がこんなものなら………


拍子抜けだぜ」


「クフフフフ…まったく君は、楽しませてくれる」


骸が笑う。彼の左半身には、楔型の紋様が身体を這い上がってくるように浮かび上がっていて、右目から溢れた血がそのまま黒く彼の右半身を染めていた。
瞳も、あの綺麗な朱と蒼じゃない。暗い濃紺に金。彼の鋭さを表したような。

あたしの知らない骸だった。

届かなくて、ついさっきまでそばにいたのに、すごく、すごく遠くにいってしまったようで。
あたしは、彼と同じ場所に立てない。直接訴えられなかった。


……なら、いまのあたしに出来ることをやるしか。


「おい、羽無、」

「リボーンくんちょっとこれ借りるっ」


手当てを終えた二人の横で道具を片付けていたリボーンくんの手から救急セットを取り上げて走り出す。
あたしにとって骸が大事なように、骸にとって彼らだって大事な存在のはず。
だって、知ってるもん。骸が、あったかく笑うことも、優しく撫でてくれることも。全部が全部、冷たくてひどいわけじゃないもん。

衝動的だった。やらなきゃって、そんな感じ。理由はたぶんない。


あたしは、まず、一番傷が酷いであろう千種くんに駆け寄った。




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