例えようのない虚無感に襲われた。


一緒にいてくれるんじゃなかったのか。
痛みを、共有してくれたんじゃなかったのか。
ぬくもりを、分け与えてくれたんじゃなかったのか。


世界に色をくれたんじゃ、なかったのか。


極彩色に輝く世界が、途端に色を失っていく。
目の前の彼女が、真っ黒に染まっていくように見えた。



彼女の瞳から見た世界は、僕が見る世界とはほんの少し違って見えた。
着心地のいい毛布を全身に纏うような、そんな安心感が僕を包み込んだ。

ああ、これでもう、羽無が他の人間のもとへ行ってしまわなくて済む。
ずっと僕と一緒にいてくれる。かちりと、足りないパーツがはまったような安堵で肩の力が抜けた。

ずっと離ればなれだった片割れとようやくひとつになれた。
僕は君、君は僕。ほら、やっぱり一緒だ。さっきのは嘘だったんでしょう?

君だけ前を向いて、離れていくなんて。
そんなの、許さない。


「さぁ、次は君に憑依する番ですよ…ボンゴレ10代目」

「なっ…オ、オレ!!?」

「やはりお前の目的は…」

「クフフフ。目的ではなく手段ですよ…
若きマフィアのボスを手中に納めてから僕の復讐は始まる」


僕を、こんなにした奴らマフィアに。
羽無を変えようとするマフィアに。

都合のいいときばかり彼女の立場に目をつけて、いつもはほったらかしにしているくせに何が愛娘だ。今更ながら自分の吐いた台詞にヘドが出る。
どこにだって行かせるもんか、君は僕なのに、僕を置いて先にいくなんて、許されるはずがない。

羽無は、僕なんだ。
羽無は僕のものだ。
だれにも、渡しはしない。


二人で作るんだ。精神世界のように、綺麗な色で包まれた世界を。
こんな、醜くて痛い世界、壊してしまえばいいんだ。



──────骸

「っ!!羽無!?」



不意に、りんと彼女の声が鳴り響く。
そんなはずはない。何故?僕がいま憑依しているのに。

どうやら僕にしか聞こえていないらしいそれは、耳元で囁かれているようで、それでいて頭の奥から響いてくるものだった。


骸、お願い…聞いて…


いやだ、と。拒絶しても響く声はやまない。
これ以上離れていこうとする君のことばなんて、聞きたくありません。
ずっと君とって、だから頑張ってきたのに。君がいるから、生きてきたのに。


世界は、思ったよりずっと、ずっと綺麗だったよ

「うるさい!!」

ねぇ、骸…お願い、ちゃんと聞いて…

「うるさい、うるさい…っ!!聞きたくない!!」


頭を抱えて振るけれど、声がやまない。羽無の声が、どこまでも追いかけてくるようで。


「君は僕でしょう!やめろ、僕の邪魔をするな…っ」

あたし、言ったよね。
骸が、悪いことするなら止めるって


「うるさい…っ」

骸お願い。聞いて、もうやめようこんなこと

「僕のすべてを…っ否定した君に、何がわかるんだ!!」


叫んだ瞬間、声はやんで、じわじわと指先から冷えていくのを感じる。
心臓のぬくもりが際立って感じられて、身体中の体温と一緒に意識が引き抜かれていくような感覚が僕を襲う。
引き剥がされるのではなく、そっと距離をおかれるようなそれが、更に僕の恐怖感を煽った。


聞いて…お願いだから…

「っやめろ…!」


哀の色に身体が染まっていくような感覚。僕は、引き剥がされる前にと自分から羽無の身体を抜けた。


あたたかくて、どこかさびしげな何かに、僕は憑依を阻まれたのだ。


***


南の手から、からりと抜け落ちた三叉槍。膝からくずおれて、南は意識を失ったかのように倒れこんだ。


「え…っ、南…?」

「あの剣に気を付けろ」

「え!?」

「あの剣で傷つけられると憑依を許すことになるぞ」

「そ、そんな!」

「よくご存知で」

「っわあ!!」


嫌な気配を感じて振り返ると、そこにいたのは獄寺君…に憑依した骸だった。そういえば、獄寺君ビアンキにあれで頬を引っ掻かれてたような…!
なんか様子がおかしかった南から離脱したらしい骸は、次に獄寺君の身体に入り込んだらしい。


「クフ…思わぬ計算ミスでした。一番攻撃力がない代わり一番君たちが攻撃しにくい彼女の身体を借りて始末してしまうつもりだったんですが…まぁ仕方無いですね」

「…っあ!獄寺君!!」

「アルコバレーノの言った通りですよ。もっとも僕はこの行為を契約する≠ニ言っていますがね」

今度は獄寺君が床に倒れ込む。
また振り返ると、ビアンキが南の手元から三叉槍を拾い上げて、それを素早くヒバリさんの頬に掠める。
ビアンキはそのまま力をなくしたように床に沈み、一瞬の静寂が空間を支配した。

いま、ヒバリさんに傷をつけたから…ま、まさか…

俯いた姿勢のままゆらりと立ち上がったヒバリさん。
オレは後退るも間に合わず、トンファーで右頬を勢いよく殴り付けられた。普段何かと咬み殺されてたのもあってまだ我慢できる痛みだったから良かったものの、このままヒバリさん(に憑依した骸)との戦いに持ち込まれたら勝ち目なんてない。
ところが、オレが殴られた勢いでぶっ倒れたのと同時か、ヒバリさんの身体も足から力が抜けるようにして前のめりに崩れ落ちていく。


「おや?この身体は使い物になりませんね。
これで戦っていたとは、恐ろしい男だ…雲雀恭弥…」

「ああっヒバリさん!!…骸の気配が消えた…!」


力が入らないのを無理するようにして、震える腕で身体を支えながら起き上がる骸。
これ以上は無理だと分かるとまた離脱したらしく、ヒバリさんの身体は力なくうつ伏せに倒れ込んだ。


「気をつけろよ、また獄寺かビアンキに憑依するぞ」

「ひいい!そ…そんな…!」


すると獄寺君が立ち上がった。だけど、ビアンキも立ち上がった。
出入口の扉が無理矢理開けられる音が響いて、そっちを見やればヨーヨー使い…柿本千種と城島犬が道を塞ぐように立っていて。
二人とも右目は赤に六の文字、骸が憑依している証拠だ。

「奴らもだな」

「んな──!!?骸が4人…!?」

「同時に4人憑依するなんて聞いたことねーぞ」

「それだけでは…ありませんよ!」


獄寺君に憑依した骸が、まるで獄寺君本人のようにダイナマイトを放り投げる。
思わず伏せて爆発に巻き込まれないようにとするけど、逆に爆炎と爆煙で周囲の視界を塞がれてしまった。
その間にも、骸の攻撃がリボーンに向かっている音と気配がする。
爆発に爆発を重ねるようにして更に被害を拡大していくそこから、文字通り頭を抱えて駆け出す。


「第二の道餓鬼道は──…

技を奪い取る能力」

「乗っ取った上に、前世に刻まれたという能力も使えるのか」

「クフフフ」


投げられたダイナマイトの爆発に足をとられて転ぶと、床の手をついた場所から火柱が上がって転がるようにして避ける。
それを始まりの合図にしたかのように、辺りからいくつも火柱が上がって、その根元から床には亀裂が入っていく。
パニック状態に陥っていたオレは、とにかく頭を抱えながら叫ぶしか出来なかった。


「できれば君は無傷で手に入れたい」

「降伏してくれていいんですよ」


「ひいいい!!!もーダメだあ!!」

「学習しねー奴だな、これは幻覚だぞ」

「おっと、君は…自分の心配をした方がいい」

「!」

「リ…リボーン!!!」


オレのそばまで来ようとしたリボーン目掛けてダイナマイトが投げられる。
「こんなものではないはずだ、アルコバレーノ」という骸の言葉通り、煙から飛び出してきたボルサリーノ。しかしそれも、城島の手に握られた三叉槍で串刺しにされてしまう。
ところが刺さっていたのはボルサリーノだけで、それも一瞬のうちに城島の手元から消える。
「久々に感じる実戦の空気だな」声がするほうを見やれば、ボルサリーノを手に砂埃を払うリボーンの姿。

「オレは手ぇ出せねーんだ。ツナ、早くなんとかしやがれ」

「なっ!?無茶言うなよ!!ひいいっ!!
オレのなんとか出来るレベル超えてるよ!!」

「オレの教え子なら超えられるはずだぞ」

「そんなムチャクチャな理屈ってあるかよ!?」

「クフフフ、焦っているんですよ先生は。生徒の絶対絶命の危機に支離滅裂になっている」

「ウソじゃねーぞ。おまえの兄貴分ディーノも超えてきた道だぞ」


え、ディーノさん!?
そう思った瞬間でさえ、攻撃は止むことなく、また足元から燃え盛る赤が立ち上る。
嵐のような攻撃の雨の中会話するリボーンたち。リボーンはそのまま、攻撃をかわしつつディーノさんの昔の話をする。

へなちょこディーノ≠ゥら跳ね馬ディーノ≠ノなった…って意味わかんないし!
大体オレはディーノさんとは違って、根っからのダメダメで…

突如降ってきたダイナマイト、爆風に吹っ飛ばされて、背中からもろに叩きつけられて息が詰まる。
ここまでだ、と言わんばかりに柿本が三叉槍を構えて、右目に修羅道の炎を点らせると、勢いよく駆け出してきた。


───駆け出して、つんのめったように倒れ込んだ。


驚いているオレとリボーンを他所に、柿本の手から離れた三叉槍を拾い上げた城島が口を開く。


「なぁに、よくあることです。
いくら乗っ取って全身を支配したといっても、肉体が壊れてしまっていては動きませんからねぇ」

「……それって…、

ケガで動かない体を無理矢理に動かしてるってこと……?」

「それでヒバリには憑依しなかったんだな」

「クフフフ…


千種はもう少し…いけそうですね」


無理矢理起こした体から、大量の血が溢れ出る。怪我が酷くなってしまう。下手したら、助からなくなるかもしれないのに。
骸は微笑いながら、自分は痛みを感じないから平気だと言う。

そんなのってない。
だって、だって


「何言ってんの!!?仲間の体なんだろ!!?」

「違いますよ。憑依したら僕の体です。壊れようが息絶えようが僕の勝手だ」

「…………な、……そんな…、」


「そんなのおかしい!!」


オレが言おうとした言葉の続きを、叫ぶ声がして。

振り向くと、そこには、骸に体を明け渡して気を失っていたはずの南が立っていた。あいつ自身の、意思を持って。


さっきの酷い攻撃に少し巻き添えを食らったのか、また出血箇所が増えている。
彼女の足元には、避難するように、そして呼吸しやすいようにと、ステージの真下に移動させられた仰向けのヒバリさんの姿があった。

まただ。また、南は喋れている。
不思議だった。だけど、普段聞き慣れないその声は、どこまでも透き通った、芯のある強さを持ってして、再び叫ぶのだった。



「そんなの、おかしいよ!!!!」





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