「…………、」


さっきまで話せていたのに、もう声は出なくて。

振り返ると、目に色をなくした骸がそこに立っていて。
あたしは状況を把握できなくて、大きく瞬いた。


「何を、言ってるんですか」


表情が抜け落ちていた。


「ねぇ、いまの、どういう意味ですか。羽無、説明してくださいよ、ねぇ、」


槍をあたしの喉元に突き付けながら、ねぇ、と骸が壊れたように繰り返す。
いつものあたたかい火の瞳は、凍りついていて──いつだったか、彼が夢の中で言っていたように、血の色をしていた。


「もう、だめなんでしょ?この世界じゃ、痛くて生きていけないから、だから、世界を綺麗に作り替えて一緒に生きるんじゃ、無かったんですか。
ねぇ、何を急に、どうしたんですか。僕と一緒にいてくれるんじゃ無かったんですか。ひとりで答えを出して、じゃあ、今までのは、なしになるんですか」

「………」

「ぼく、は……君がいるから、生きていこうと、君のために、全部、全部…羽無は、違うんですか。僕じゃ無かったんですか」


歪んだ笑みを浮かべる、骸。
ぎり、と得物を持つ手に力が込められる。切っ先が、威圧感が、喉に刺さるようで。
首筋をかすったそれに、眉をひそめる。


「なんてことだ…ああ、そうなんですか。やっぱり、ああ、君もそうなんだ、ああ、ああ……」

「………、…っ」

「ねぇ、羽無は、僕を利用したんですか。僕は、君だけには偽らないで、心から接して、ほんとうに、ほんとうに大切にしていたのに…きみがぼくにくれた世界は、にせものだったんですか?ねぇ、答えてくださいよ、ねぇ、」

「……!」

「何故喋らないんですか!!答えろ羽無っ!!」

「………、……っ、…」


声が、出ない


「……そうなんだ、そうでしたか。…ああ、もう、これだから……

マフィアの人間なんか、信じなきゃ良かった」


うらぎりもの、と

彼の目が、憎悪に燃える紅い眼が、あたしを睨み付けて、とらえて、放さない。


からん、と槍を放り投げた骸。

真っ暗な瞳であたしを見つめたまま、懐に手を差し入れ…
拳銃を取り出した。


「骸!!待て、撃つな!!」

「はっ。勘違いしないでください。こんな女、殺す価値もない…」


骸、骸。そんなこと、言わないで。
あたしだって、骸に嘘なんてついてないよ。甘えて依存してしまったから、ひとりで立ち上がろうとして…
だから、信じなきゃ良かったなんて。そんなこと、言わないでよ。

かちゃりと、彼はそれを、自分のこめかみに当てた。撃鉄を下ろし、引き金に指をかける。

待って、待って。それだけは、やめて。

お願い、それを、下ろして。引かないで。


「arrivederci」


発砲音が、頭蓋の奥で木霊する。

イタリア語で、また会いましょうと言って。骸は、優しく笑んで、引き金を引いた。


どさりと彼の身体が、床に落ちた。


ずく、と首筋が疼く。


嗚呼、嗚呼。

一番つらいときに一番そばにいてくれたのは、他の誰でもない、骸だったのに。
なんで。なんで、ねぇ、ああ、あたしの答えは間違っていたの?


貧血で視界が明滅するように、あたしの意識はちかりと瞬いて、ブラックアウトした。



***



「………っ」

「や…やりやがった」

「そんな…」


南の身体から、桜色の仄かな淡い光が放たれて、何が起こったのかと目をぱちくりさせていたら。
事態は、急展開を迎えていて。

これで終わりだなんて、呆気ないどころか気分が悪すぎる。
家に帰れる、なんて楽観的に考える間もなかった。


目の前で骸が自殺するのを見ていた南は、呆然とそこに座り込んだまま動かない。
二人は顔見知りなんかよりずっともっと深い関係のようだったし、ショックだって…計り知れないだろう。


「生きたまま捕獲はできなかったが仕方ねーな」


リボーンが、ぽつりと呟いた。
嫌に静かな映画館にそれはよく響いた。この後味の悪さと死を目の当たりにしたショックからか、すごく嫌な悪寒が背筋を這い上がってきた。


「……ついに…骸を倒したのね」

「!」

「アネキ!」

「よかった!ビアンキの意識が戻った!」

「無理すんなよ」


むくりと起き上がったビアンキが、苦笑いを浮かべながら「肩貸してくれない…?」と手を伸ばす。
何処と無く感じる違和感に、自分の中でも疑問符を浮かべていると、青白い顔をした獄寺君が「今日だけだからな」とそばに寄る。

「っ!!獄寺君!!いっちゃだめだ!!」

「え?」

「ん?」

「どうかしたの?ツナも肩を貸して…」

「え…!?あ…うん…」

自分でも咄嗟の叫びで、何故そう言ったのかあやふやだった。
これくらいの怪我なら自分ひとりで大丈夫だ、とビアンキに手を差し出す獄寺君。
ビアンキが出したのは、手ではなく…


あの三叉槍≠セった。


「なっ何しやがんだ!!」

「えぇ!?」

「まぁ!私ったら…!」

「ビアン…!」


ビアンキはほんとうに驚いているようだった。自覚がないらしい。
やっぱり変だ、なにかちがう。そんな漠然とした違和感を抱いているオレの横からリボーンが飛び出して、ビアンキの目の前にいく。


「しっかりしろ。刺したのは弟だぞ」

「私、なんてことを……


したのかしら」

床に突き立てられる槍。宙返りで避けるリボーン。
ビアンキの意識はあるようなのに、槍を持った左手は何処までも追ってくるようで怖かった。


「まさか…マインドコントロール……!?」

「ちげーな。何かに憑かれてるみてーだ」

「それって呪いスか?」

「そんなことが…」

「だが事実だ」

「何言ってるの、私よ…」


ビアンキなのに、ビアンキじゃない。この気持ち悪い不自然な感じ、前にも…
はた、と記憶に蘇る、朱と蒼の双眸。


「ろくどう…むくろ…?」

「クフフ」


ビアンキが、あの特徴ある笑い声を上げながら目を見開く。
右目は朱に染まり、六の文字を刻んでいた。


「また会えましたね」

「でっでたー!」

「!」

「祟りだー!!」

「そんなバカなことあるわけねーぞ」

「でも…!」


振り返れば、骸自身の体は血を流して銃を持ったまま横たわっている。
南が、ふらりと立ち上がりこちらに歩いてきた。

目の前のビアンキが、ビアンキの声で違う人間の話しをする。奇妙で気味が悪くて、オレは後ずさった。


「クフフ…まだ僕にはやるべきことがありましてね…地獄の底から舞い戻ってきましたよ」

「や…やはり…」

「そんなことが…」

「あと考えられるのは…まさかな…」


すると、ビアンキがいきなり倒れた。びっくりして、おそるおそる座り込んで様子を見ていると、後ろからTシャツを引かれる感触がして。振り返ると、すぐそこに南がいた。

「南…、


……骸!」

彼女の右目も紅く染まっていて、六の文字が宿っていた。
いつの間に手にしたのか、三叉槍を勢いよく突き刺してくる。横に転がってすれすれでそれを避けると、くすくすと笑いながら肩を震わせる南がこちらを向いた。
普段温厚な彼女が武器を手にする違和感が、更に恐怖を煽る。


「ほう…まぐれではないようですね。
初めてですよ、憑依した僕を一目で見抜いた人間は…つくづく君は面白い」

「な…!!」

「お前、どうやって喋って…!」

「簡単ですよ。幻覚で声帯を作ったんです。健全で健康な声帯をね」

「…なんだって…!?」

「どうです?可愛らしい声でしょう、クハハハハハッ」


ころころと鈴を転がすような声で笑う骸。あいつが言ってた、南の声を取り戻すひとつだけの方法とは、これのことだったのか。


「そんな…どーなってんの───!?」

「間違いねーな。自殺と見せかけて撃ったのはあの弾だな…


憑依弾は禁弾のはずだぞ。どこで手に入れやがった」


憑依弾。なんのことだろう。
隣で獄寺君が「特殊弾による憑依か、」と呟いた。死ぬ気弾や嘆き弾のこと…だったよね。
なんでも、憑依弾は他人の肉体にとりついて自在に操る弾らしい。エストラーネオファミリーが開発したと言われていて、使いこなすには強い精神力だけじゃなく弾との相性の良さが必要だとか…
でも、リボーンが言うには、使用法があまらにも惨かったためマフィア界で禁断とされ、弾も製法も葬られたはずらしい。じゃあ、なぜいま骸が持ってるんだ?


「マインドコントロールの比ではありませんよ。操るのではなくのっとるのです…そして頭のてっぺんから爪先まで支配する。
つまりこの体は僕のものだ」

「ランチア程の男を前後不覚に陥れたのもその弾だな。だがなんでお前がもってんだ?」

「僕のものだから─…とだけ言っておきましょう」


「んん、やっぱりこの身体は居心地がいいですねぇ」と、後ろ髪をばっさり切り落とされた南が、自分を優しく抱き締めるように腕を抱く。


「あぁ…やっと…ほんとうに、ひとつになれた」


かすれた、泣きそうな声だった。

羽無、羽無、と小さな声で、南のなかの骸が繰り返す。
ふ、と顔をあげて、唇を歪めるように微笑う。いつもの南とは違う笑い方が、そこにいるのは骸なんだと主張する。

そこにはもう、優しくて明るい南はいなかった。
…いないはずなのに、まるっきり骸とすり変わってしまっている感覚ではなくて。
骸の向こうに、あいつがいるような。そんな気がした。





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